デンプンから生分解性高吸水性ポリマーを開発

デンプンから生分解性高吸水性ポリマーを開発

紙おむつ廃棄物のコンポスト処理を可能とする新技術

2023-10-16工学系
工学研究科教授宇山 浩

研究成果のポイント

  • 安価なバイオマスであるデンプンを自然界に豊富に存在する天然物で化学修飾し、水を高速吸収する高吸水性ポリマー(SAP)を開発。
  • 開発した化学変性デンプンは水や人工尿を迅速に吸収し、なおかつ生分解性を有する高性能SAP。
  • 廃棄量の増大から社会問題化している紙おむつ廃棄物に対し、生分解性SAPの開発によりコンポスト処理が可能になり、ごみ問題のみならず、資源循環にも貢献。

概要

大阪大学大学院工学研究科の宇山 浩 教授らは、安価なデンプンをベースとして生分解性高性能SAPを開発しました(図1、特許出願済み)。自然界に豊富に存在する天然物でデンプンを化学修飾し、多孔質粒子状に加工することで高速吸水を可能にしました。水を1分以内で迅速に吸収するため、SAP用材料として好適です。

SAPは紙おむつに多く用いられています(図2)。紙おむつ廃棄物の排出量は近年増大し、社会問題化しています。この生分解性SAPを用い、将来的にSAPのプラスチックパーツを生分解性プラスチックに置き換えることで、紙おむつ廃棄物のコンポスト処理が可能になります。従来から、SAPを生分解性にすることは困難とされていました。今回の開発技術は紙おむつ廃棄物の処理方法を大きく見直すことにつながります。

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図1. デンプンをベースに開発した生分解性高吸水性ポリマー

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図2. 紙おむつの構造と生分解性材料への置換え構想

研究の背景

高吸水性ポリマー(SAP)は紙おむつ、生理用品、尿漏れパット等のサニタリー分野で幅広く利用されており、多くはポリアクリル酸塩を基本骨格として化学架橋されています。農業用途では保水材に利用され、それ以外にも多くの用途があります。紙おむつは使用後、尿をはじめ液状排泄物を多く含むため、ごみとしての処理が社会問題化しています。特に大人(老人)用紙おむつ廃棄物は施設等で大量に発生しますが、現状は焼却処理しか方法がありません。一方、紙おむつ素材が全て生分解性素材で作れると堆肥化処理が可能となり、環境負荷が大きく低減されます。

紙おむつの国内生産量は235億枚(2018年)であり、年々増加しています。紙おむつはし尿を吸収して重量が約4倍になり、排出量は約220万トンであり、一般廃棄物の約5%を占めます(2020年、環境省資料https://www.env.go.jp/recycle/recycling/diapers/diapers_recycling.html))。2030年には約7%に増大することが予測され、紙おむつの再利用技術の開発は社会的に急務です。紙おむつは多くのポリマー、プラスチックで構成され、尿等の吸水部分はSAPとパルプです(パンツ型紙おむつの構成例:パルプ約50%、SAP約20%、プラスチック約30%)。パルプは生分解しますが、現状のSAPは生分解しません。そのため、安価かつ高性能の生分解性SAPの開発が社会的に強く望まれています。これまでに報告されている生分解性SAPは性能面、コスト面、製造方法に課題があり、実用化に至っていません。

生分解性SAPが開発できれば、紙おむつの他の多くは生分解性プラスチックに置き換えることが可能です。紙おむつの構成素材が全て生分解性になるとコンポスト処理が可能になり、社会問題化している紙おむつ廃棄物の新しい処理法として期待されます。紙おむつ廃棄物の分別処理が不要となり、そのままコンポスト設備に投入することで生分解されます。

研究の内容

宇山教授らは安価なバイオマス資源であるデンプン(数十~百円/kg、プラスチックより安価)に着目しました。デンプンは親水性で優れた生分解性を示します。今回、柑橘類等に含まれる天然物を用いてデンプンを化学変性することで生分解性SAPを開発しました。この天然物は工業的に発酵法で製造されており、比較的安価で食品添加剤として多用されています。開発した変性デンプンは吸水性に優れ、人工尿を高速で吸収するため、紙おむつ用SAPとして期待されます。

生分解性SAPという環境素材の製造を意識して、化学変性には少量の水のみを使用し(有機溶媒は未使用)、環境に優しい方法で変性デンプンを合成しました(図1)。デンプンと上述の天然物を均一に混ぜるために少量の水を用い、加熱による反応時に水を蒸発させ、固相で化学変性を行いました。

デンプン/天然物を1~2ミリ程度の粒子状に加工し、反応時に多孔質化させることで水を迅速に吸収することができました(図3)。水や人工尿を1分以内に吸収し、膨潤度は約20倍に達しました。今後、産学連携研究により実用化に向けたSAPとしての高性能化と製造方法の改良に取り組む計画です。

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図3. デンプンベースSAPの写真と吸水の様子

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、これまで困難とされてきた生分解性の高吸水性ポリマーを安価なバイオマス資源を利用して開発したものです。再利用・再資源化が困難とされてきた紙おむつ廃棄物の新規処理技術につながることが期待されます。コンポストによりし尿成分を含む堆肥が得られ、資源循環が可能となります。宇山教授らは海洋生分解性バイオマスプラスチック(MBBP)開発プラットフォームを2020年に立上げ、生分解性プラスチック製品の開発を企業40数社と既に実施しています。紙おむつは複数の素材から製造されますので、パーツ別に生分解性プラスチックに置き換えることが必要であり、MBBP開発プラットフォームはその役割を担えると考えています。

MBBP開発プラットフォームURL http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/mbbp/

特記事項

本研究の一部は、大阪大学「大阪湾プラごみゼロを目指す資源循環共創拠点」(国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)【地域共創分野・育成型】/2022 年度採択)、戦略的創造研究推進事業(JST)「環境調和型分解・劣化・安定化材料の創製」、環境研究総合推進費「プラスチック資源循環の展開とバイオ素材導入のための技術開発・政策研究」(独立行政法人環境再生保全機構)の一環として行われました。

COI-NEXTのURL:http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/coinext/

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 06 安全な水とトイレを世界中に
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を
  • 14 海の豊かさを守ろう
  • 15 陸の豊かさも守ろう

用語説明

デンプン

代表的な炭水化物(多糖類)であり、多数のα-グルコース分子がグリコシド結合によって重合した天然高分子です。デンプンは植物の光合成によって作られ、コーンやキャッサバ(タピオカ)などが安価な工業原料として用いられます。

高吸水性ポリマー(SAP)

特に高い水分保持性能を有するように設計されたポリマーであり、紙おむつや生理用ナプキンなどの吸収体に多く用いられます。非生分解性のポリアクリル酸ナトリウムを架橋したものがSAPとして工業的に多く用いられています。