ケミカルリサイクル可能な高性能ポリマーを開発
触媒と配向基を鍵とする新技術
研究成果のポイント
- 耐熱性、耐薬品性に優れ、かつケミカルリサイクル可能な高性能ポリマーを開発
- これまで、耐熱性、耐薬品性に優れる高性能ポリマーは安定していて分解できないためケミカルリサイクルが困難であったが、主鎖に配向基を導入することで触媒を用いて分解可能に
- 分解により得られる低分子化合物は数工程の処理により元のポリマーへと再生可能
- ケミカルリサイクル可能な様々な高性能高分子の開発に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生の小川敏史さん(博士後期課程)、徐 于懿准教授、宇山浩教授、鳶巣守教授らの研究グループは、ケミカルリサイクル可能な新しい高性能ポリマーを開発しました。高性能ポリマーは、高い熱安定性や化学安定性を持つ反面、モノマーへと分解し、ケミカルリサイクルすることは困難でした。これは、ポリマーの主鎖が酸や塩基などでは簡単には切断できない強い化学結合から構成されているためです。
今回、鳶巣教授らの研究グループは、高性能ポリマーに配向基とよばれる触媒と相互作用することができる置換基を導入した新しいポリマーを開発しました。配向基の導入により、ポリマーの熱的、化学的安定性を損なうことなく、触媒により選択的に分解することが可能となります。分解物は再重合により元のポリマーへと戻すことができます。ケミカルリサイクル可能な新しい高性能ポリマーの設計戦略となることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Chemical Science」に、10月7日(月)18時(日本時間)に公開されます。
図1. ケミカルリサイクル可能な新ポリマーを開発。配向基の導入により、化学的に安定な結合を、独自の触媒により切断可能に。高性能高分子のケミカルリサイクルの方法論として期待。
研究の背景
環境保全、資源循環の観点からプラスチックのリサイクル技術の確立は喫緊の課題です。プラスチックの主成分であるポリマーのリサイクル技術の中でも、ポリマーを原料モノマーに選択的に分解し再利用するケミカルリサイクルは、ポリマーをそのままの形で再利用するマテリアルリサイクルや燃焼させてその熱エネルギーを活用するサーマルリサイクルとは異なり、CO2排出量が少なく、繰り返し再利用可能であるなどのメリットがあります。しかし、モノマーへと選択的に分解可能なポリマーはPET樹脂のように主鎖が切断されやすい結合からなるポリマーに限定的であり、耐熱性や耐薬品性に優れる高性能ポリマーのモノマーへの分解は未解決課題でした。これは、高性能ポリマーの主鎖が、安定な化学結合から成っており、その切断が困難であるためです。
研究の内容
鳶巣教授らの研究グループでは、配向基とよばれる触媒と相互作用可能な官能基をPPEやPEEKに代表されるポリフェニレンエーテル型のポリマーに導入した新しいポリマーを開発しました。このポリマーは酸や塩基に対して高い安定性を示し、熱的にも安定(5%重量減少温度>400°C)であるのに対して、ニッケル触媒を用いることで主鎖の炭素-酸素結合を切断し、低分子化合物へと選択的に分解可能でした。ここで得られた分解物は数工程の化学変換を経ることにより、元のポリマーへと再重合させることができます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、ケミカルリサイクル可能な多様な高性能ポリマー開発が促進されることが期待されます。今回導入した配向基は、様々な化学構造を持つものが導入可能であるので、その分子設計によるポリマーの物性制御も可能であると考えられます。
特記事項
本研究成果は、2024年10月7日(火)18時(日本時間)に英国科学誌「Chemical Science」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Controlled Degradation of Chemically Stable Poly(aryl ethers) via Directing Group-Assisted Catalysis”
著者名:Satoshi Ogawa, Hiroki Morita, Yu-I Hsu, Hiroshi Uyama,* and Mamoru Tobisu*
DOI:https://doi.org/10.1039/d4sc04147j
なお、本研究は、JSPS科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「化学構造リプログラミングによる統合的物質合成科学の創成」およびJST戦略的創造研究推進事業(特定課題調査)研究の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- ケミカルリサイクル
廃プラスチックを化学的に分解することで分解油や合成ガス、モノマーといった化学原料に戻し、再利用可能な物質にすること。特に、モノマーへと高効率に分解することができれば、ポリマーの品質を劣化させずに繰り返し再利用することが可能となり、循環型社会の実現に貢献します。
- 主鎖
ポリマーの骨格を形成する原子が最も長くつながった鎖状の部分。ポリマーをモノマーへと分解するためには、主鎖を形成する共有結合を切断する必要がある。
- 配向基
酸素や窒素といった金属原子に配位しやすい官能基のこと。配向基を原料基質へ導入することにより、金属を含む触媒が配向基との特異的な相互作用により、原料基質に近づけられる。そのことにより、化学反応の加速や反応の位置選択性の向上が達成される。低分子化合物の触媒変換おいて配向基は広く活用されているが、高分子の主鎖切断反応で利用されている例はなかった。
- モノマー
ポリマーを合成する際の原料のことで、ポリマーの最小構成単位。例えば、ポリエチレンの場合、その原料となるエチレンがモノマーである。
- PET樹脂
ポリエチレンテレフタラート樹脂。ポリエステルの一つで、主鎖がエステル結合により構成されるポリマー。ペットボトルや衣料用の繊維として広く利用されている。
- PPE
ポリフェニレンエーテル。ベンゼン環がエーテル結合で連結した構造を持ち、耐熱性、難燃性、耐化学薬品性などの特徴を持つ高性能プラスチックの一種。自動車のエンジンや冷却系装置の部品、電子機器、家庭用品、建築材料などで広く利用されています。
- PEEK
ポリエーテルエーテルケトン。ベンゾフェノンがエーテル結合で連結した構造を持つ。耐熱性や耐薬品性のほか、機械特性にも優れており、スーパーエンジニアリングプラスチックの一種。医療機器、航空宇宙産業、自動車産業、化学産業などで広く使われている。