従来比8倍以上の強靭性、20倍の分解性・再利用性を達成! 生体触媒を利用した資源循環可能なポリマー材料
酵素反応によるポリマーの分解と再利用・アップサイクル
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院理学研究科の大学院生のLiu Jiaxiongさん(博士後期課程)、髙島 義徳 教授、以倉 崚平 特任助教(常勤)、山岡 賢司 特任助教(常勤)ら、大学院工学研究科の宇山 浩 教授、菅原 章秀 助教ら、共栄社化学株式会社の研究者らの研究グループは、生分解性ポリマーに特異な分子設計・材料設計を施し、従来の8倍もの材料の強靭性(安定性と長寿命化)を実現しました。また、得られた生分解性ポリマーにおいては、生体触媒であるリパーゼを用いた酵素触媒分解、20倍の分解速度向上、ポリマー材料の再構築を実現し、当材料を循環させることに成功しました。分解後の低分子量体が互いに結合していく再重合によるリサイクルが可能なだけでなく、別種のポリエステルや無機ポリマーを分子レベルで組み込む共重合によるアップサイクルを実現しました。
これまでに生体触媒のリパーゼを用いたポリ(ε-カプロラクトン)(PCL)の酵素触媒分解および再重合は宇山教授より報告されていました。この生体触媒技術を活用しつつ、かつ社会実装に適した分子量の高いPCLにて、分解性と強靭性、さらにはリサイクルを両立するためには、PCL自身の分子設計・材料設計を改良する必要がありました。
今回、研究グループは、「紐が輪を貫通した構造」を有する可動性架橋を生分解性ポリマーへ導入に成功し、3R(強靭性によるReduce、再成形性によるReuse、酵素触媒分解・再重合によるRecycle)に加えて、分解物に新たな価値を付与するアップサイクルを実現しました。これにより、使用後のポリマー材料が、廃棄物でなく、再利用・更なる価値の付与が可能な資源として再定義されることで、資源循環における新たな視点・価値を提供するゲームチェンジャーとなることが期待されます。
本研究成果は、Cell Press「Chem」に、10月30日(水)午前1時(日本時間)に公開されました。
図1. 生体触媒であるリパーゼを用いたポリマー材料の資源循環
研究の背景
ポリマー材料の環境負荷軽減のための3Rとして、材料破壊の抑制(強靭性)による廃棄物低減(Reduce)、再成形性(Reuse)、使用後の材料の資源としての再活用(Recycle)が望まれています。これまで、生体触媒のリパーゼを用いたポリPCLの酵素触媒分解および再重合が知られており(Uyama H., Kobayashi S. et al. Biomacromolecules 2000)、生活環境に適した温和な条件で分解・再重合ができる興味深い技術でした。
一般的にPCLを含むポリマー材料は分解性と強靭性の両立が課題でした。ポリマー鎖間の安定な結合を導入すると、材料強度は上がりますが靭性(≒伸び)が低下します。更に、しばしば分解性が低下することが知られています。
研究の内容
上記のような課題の一方、ポリマー鎖間に「紐が輪を貫通した構造」を有する可動性架橋を導入すると、靭性を向上できることが知られています。今回の挑戦として、生分解性ポリマーの強靭化と分解性の両立が材料創製のポイントです。
研究グループは、この可動性架橋のポリマー材料への導入により強靭化を実現し、生体触媒リパーゼを用いた分解性と再重合により資源循環を実現しました。可動性架橋の分解性ポリマー(PCL-PU)への導入により、通常のPCL-PUよりも分解が20倍加速しました。この分解の加速は、リング状分子であるシクロデキストリン(CD)の嵩(かさ)高さにより高分子鎖間の相互作用を弱めた結果、リパーゼが反応しやすくなったと考えられます。可動性架橋の応力分散性により、通常のPCL-PU材料よりも靭性が8倍以上に向上しました。反応条件の最適化により、分解とは逆の分子量増加による更なる強靭化を達成しました。スーパーの袋などに用いられるポリエチレン(HDPE)と比較すると1.2倍の強度と2.8倍の靭性を有しております。分解後の低分子量体は再重合によりリサイクルできました。別種のポリエステルとの共重合では、材料のヤング率(≒硬さ、変形しにくさ)が元の可動性架橋PCL-PUと比較して40%向上するアップサイクルを実現しました。さらに無機ポリマーとの共重合では、材料の安定性の向上により分解性を抑制しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、使用後のポリマー材料を、廃棄物でなく資源循環による再利用・更なる価値の付与が可能な資源に変えるゲームチェンジャーとなることが期待されます。可動性架橋による生分解性ポリマーの強靭化と分解性の向上により、これまで分解しにくかった材料に今回のPCL-PUを低重量%で複合化することにより、新たに分解性を付与することが期待できます。
可動性架橋を導入する材料設計法は他の様々なポリマー材料への応用が可能です。原料となるリング状分子のシクロデキストリン(CD)誘導体・CD修飾ポリマーは、現在、化学会社から購入することができます。混合する先のマトリックスポリマー材料に応じて、CD誘導体・CD修飾ポリマーを最適化することも可能であり、ポリマー材料メーカー・接着剤メーカー・塗料メーカーなどと協力して、この研究成果の社会実装を目指していきます。
特記事項
本研究成果は、2024年10月30日(水)午前1時(日本時間)にCell Press「Chem」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Exploring Enzymatic Degradation, Reinforcement, Recycling and Upcycling of Poly(ester)s-Poly(urethane) with Movable Crosslinks”
著者名:Jiaxiong Liu, Ryohei Ikura, Kenji Yamaoka, Akihide Sugawara, Yuya Takahashi, Bunsho Kure, Naomi Takenaka, Junsu Park, Hiroshi Uyama, and Yoshinori Takashima
DOI:https://doi.org/10.1016/j.chempr.2024.09.026
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業CREST 「分解・劣化・安定化の精密材料科学」研究領域(JPMJCR22L4)から支援を頂き、九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 高原 淳 特任教授(研究総括)の指導の下で実施しました。また、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「水圏機能材料」のプロジェクトから支援を頂き、東京大学 大学院工学系研究科 加藤 隆史 教授(領域代表)の指導の下で実施しました。基幹化合物のシクロデキストリン誘導体は共栄社化学株式会社の支援の下で可動性架橋PCL-PUを合成しました。
参考URL
髙島 義徳 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/a3b35b7b8ef4f77b.html
SDGsの目標
用語説明
- 強靭性
材料が強くて良く伸びる性質。材料が破壊するまで延伸した時の応力‐ひずみ曲線において、強度と伸びの積分値により算出した値(タフネス)が高い状態。
- 生分解性ポリマー
微生物の働きによって分子レベルまで分解され、最終的に二酸化炭素と水となって自然界へ循環していくポリマー素材のこと。PCL等が該当する。
- 酵素触媒分解
生体触媒である酵素によって触媒される分解反応。酵素とは生体内外で起こる化学反応に対して触媒として機能する分子である。
- アップサイクル
不要なものや廃棄物を、より良い品質と環境価値の新しい材料または製品にアップグレードして役立てるプロセス。
- 可動性架橋
架橋とはポリマー鎖間を連結することであり、「紐が輪を貫通した構造」により連結した場合、可動性架橋となる。ポリマー鎖上をリング状分子(例:シクロデキストリン)が滑ることにより、材料に印加された力を分散するため、可動性架橋によるポリマー鎖の強靭化が可能である。
- 応力分散性
一般に材料に力が加わったとき、細かい傷や不均一な個所等に局所的に応力が集中することで亀裂が発生し、破壊の起点になる。応力分散性を有する材料は、応力の集中を抑制することで破壊を抑制するため強靭性を示す。