環状の高分子は「穴」を突き抜け互いに絡み合う

環状の高分子は「穴」を突き抜け互いに絡み合う

高分子の「かたち」によって絡み合いの性質が異なることを発見

2023-8-31自然科学系
基礎工学研究科准教授金 鋼

研究成果のポイント

  • 分子末端をもたない高分子である環状高分子の運動をコンピュータシミュレーションによって解析し、環状高分子鎖どうしが互いに「穴」を貫通することで絡み合う性質を解明
  • 環状高分子鎖どうしの絡み合いの性質が鎖の柔軟性によって本質的に変化することを発見
  • 今回の研究により、環状高分子の理論的研究が進展し、「かたち」によって新たな高分子材料開発の設計指針の構築に貢献することが期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科 大学院生の後藤 頌太さん(博士後期課程2年)は、金 鋼准教授、松林 伸幸教授らと、たくさんの環状高分子鎖の集合体は、互いに「穴」を貫通し絡み合うことで、運動性が著しく低下する性質を持つことをコンピュータシミュレーションにより理論的に解明しました。

皿の上にあるスパゲティのような直線状高分子の集合体における絡み合いは、鎖の末端から抜け出していくことで解かれることが知られています。しかしながら、末端を持たない環状高分子鎖の集合体において、互いにどのように絡み合い、さらにはどのように絡み合いを解くのかについて十分に理解されていませんでした。

本研究では、たくさんの環状高分子鎖が集まって運動する様子を分子動力学シミュレーションと呼ばれるコンピュータシミュレーションによって再現し、その性質を解析しました。そこで環状高分子鎖1本の柔軟性によって、鎖同士の絡み合いの性質が全く異なることを発見しました。すなわち鎖が硬いと、環状高分子が拡がってできる大きな「穴」に他の鎖が貫通し、互いに絡み合うことで運動性が低下する性質を示しました。一方で、鎖が柔らかくなると、くしゃくしゃに丸まって小さな糸まり状になるため、「穴」が発生せずほとんど絡み合うことがありませんでした。その結果、硬い鎖と比べると、相対的に運動性が高いことがわかりました。

これにより、環状高分子の運動を説明する理論的研究が進展し、高分子鎖の「かたち」を変えることで新しい高分子材料を設計する指針の構築に貢献することが期待されます。本研究成果は、アメリカ化学会が発行するACS Polymers Au誌に2023年8月22日(火)に掲載されました。

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図1. 左は絡まったケーブル。右は絡まった輪ゴムの写真で、それぞれ直線状高分子と環状高分子の絡み合い構造を模擬している。末端の有無によって絡み合い構造や解け方が異なるため、集合体の性質に本質的な違いが生じる。

研究の背景

高分子はプラスチック製品などの材料となる身近な物質でもあり、流れやすさや固まりやすさを理論的に解明することはとても重要です。例えば、どれだけ長い高分子を合成すれば、どれだけ流れにくくなるのかといった、高分子の鎖の特性とそれらがたくさん集まってできる材料の性質との関係性を明らかにすることが求められています。特に、高分子は同じ化学組成を持っていても、鎖1本のかたちを直線状、分岐状、星状などさまざまに選択することができ、それによって大きく物性を変化させることができます。最近では、末端が存在しない環状高分子の性質について明らかにすることの重要性が指摘されていました。

直線状の高分子は末端から抜け出すことにより、周囲にある高分子との絡み合いを解くことが知られています。一方で末端が存在しない環状高分子について実験やコンピュータシミュレーションで多くの研究が報告されていましたが、鎖同士の絡み合いの性質や、絡み合いの解き方について十分に理解されていませんでした。

研究の内容

本研究では、分子動力学シミュレーションとよばれるコンピュータシミュレーションにより、環状高分子鎖の集合体における運動の様子を明らかにしました。特に、鎖の柔軟性を変化させ絡み合いの性質にどのような違いがあるのかを詳細に解析しました。その結果、鎖の柔軟性の違いによって環状高分子の運動の様子が全く異なっていることを明らかにしました。鎖が硬いと大きく拡がろうとし「穴」が発生し、互いに「穴」を突き通すことにより運動しにくくなっていることを明らかにしました。また、「穴」が貫通した状態で鎖1本を動かし絡み合いを解こうとすると、周囲の高分子にも大きく影響を及ぼすこともわかりました。それに対して、鎖が柔らかいと、全体としてくしゃくしゃに小さい糸まり状になろうとし、「穴」が発生しにくいことが明らかになりました。絡み合いの原因である「穴」が発生しないことで、1本1本の高分子鎖は互いに相関することなく運動することができ、硬い環状高分子に比べて相対的に運動性が高いことがわかりました。本研究により、鎖の柔軟性によって環状高分子の「かたち」が変化し、さらに鎖同士の絡み合いの性質が本質的に異なることを解明しました。

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図2. 分子動力学シミュレーションにより得られた、柔らかい環状高分子と硬い環状高分子の典型的な構造。柔らかいと鎖がぐにゃぐにゃと曲がるため、小さく丸まって糸まり状になり、「穴」が発生しない。一方で、鎖が硬いとできるだけ真っ直ぐ伸びようとして大きく拡がる。その結果、互いに「穴」を貫通することで絡み合いが生じる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

環状高分子鎖の集合体における絡み合いの分子的な描像を獲得することは長年にわたり待望されていました。本研究により明らかになった、鎖の柔軟性の違いによる絡み合いの本質的な変化は、高分子の「かたち」を通した集合体の性質を系統的に理解するものであり、新たな高分子材料開発の設計指針の構築に理論的に貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、アメリカ化学会が発行するACS Polymers Au誌に2023年8月22日(火)に掲載されました。

タイトル:“Unraveling the Glass-like Dynamic Heterogeneity in Ring Polymer Melts: From Semiflexible to Stiff Chain”
著者名:Shota Goto, Kang Kim, and Nobuyuki Matubayasi
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acspolymersau.3c00013

なお、本研究はJST 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 (JPMJFS2125)の支援を受けたものです。また、本研究のコンピュータシミュレーションには、大阪大学サイバーメディアセンターと自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターのスーパーコンピュータを用いました。

参考URL

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