高分子のまわりにいる水がゆるく水素結合する様子を解明

高分子のまわりにいる水がゆるく水素結合する様子を解明

血液適合性に優れる医用高分子材料のメカニズム理解に貢献

2023-5-8自然科学系
基礎工学研究科准教授金 鋼

研究成果のポイント

  • 医用高分子材料の機能発現に、高分子の表面にある水の状態を考える重要性が指摘されていたが、コンピュータシミュレーションにより血液適合性のある高分子のまわりにある水分子の状態を捉えることに成功
  • 水と高分子のあいだで形成される水素結合のダイナミクスを解析し、高分子の特定の官能基と水分子がゆるく水素結合している様子を解明
  • 今回の研究により、水と相互作用し機能を発現する材料における水の物性を捉える理論的研究が進展し、広く水圏機能材料の機能発現のメカニズム理解に貢献することが期待される

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生の四方 志さん(博士前期課程2年)は、金 鋼准教授、松林 伸幸教授らと、血液適合性高分子の周辺にいる水分子がゆるく水素結合している様子を、分子動力学シミュレーションにより理論的に解明しました。医用高分子材料として、ポリ(2-メトキシアクリレート)(PMEA)は、血栓が生じにくいことから人工血管などに使われています。九州大学の田中賢教授らの研究により、PMEAが他の高分子に比べて優れた血液適合性を示すその理由は、高分子表面に「中間水」と呼ばれる状態の水を多く保持できるためであることがわかっていました。これまで「中間水」とは、高分子近くに存在しているが、高分子に強く結合したままではなく、中程度に運動性がある水分子であると考えられていましたが、実際に水分子が高分子のどの位置に存在しやすいのか、さらにどの程度の時間スケールで運動しているのか、ミクロな実態は明らかにされていませんでした。

今回、研究グループは、1つの水分子は高分子とだけでなく周囲にある水分子と水素結合し、水素結合のネットワーク全体を組み替えながら運動しているのではないかと考え、分子動力学シミュレーションによりPMEA中にある水分子の様子を探りました。すると、PMEAのメトキシ基と呼ばれる、官能基に水素結合している水分子の結合寿命が、他の官能基のものより1桁短いことがわかりました。また水分子同士の水素結合と同程度であることから、周囲にある水分子と協働しながら水素結合を切り替えていることを明らかにしました。

これにより、水素結合のダイナミクスから血液適合性材料における水の物性を捉える理論的研究が進展し、広く水圏機能材料の機能発現のメカニズム理解に貢献することが期待されます。本研究成果は、米国物理学協会が発行するJournal of Chemical Physics誌の2023年5月7日(日)出版号に掲載されました。

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図1. 左はPMEA中にある水分子のシミュレーション。右はその拡大図で、緑色の線は水素結合を表す。青色の水分子が、周りにある水分子(赤色)との水素結合を切り替えながら、PMEAとの水素結合を切断し、移動する様子が見られる。(QRから動画を参照)

研究の背景

高分子材料は人工血管、人工心肺に代表される医療製品に幅広く応用されていますが、高分子が血液の生体成分と接触すると、高分子表面に強く吸着した水分子を介してタンパク質が接着し、最終的に血栓を引き起こすことが問題でした。そこで、抗血栓性を高める上で、高分子の表面にある水の状態を考える重要性が議論されてきました。

ポリ(2-メトキシアクリレート)(PMEA)は優れた抗血栓性を示すことが知られ、PMEAをコーティングした人工血管が開発されています。九州大学の田中賢教授らは、熱測定や分光など複数の実験手法を組み合わせることでPMEA中の水分子の構造と運動性を研究し、水分子の状態を(自由水、中間水、不凍水)の3種類に分類しています。とりわけ、「中間水」は、高分子とゆるく相互作用していると考えられ、血液適合性のある高分子に共通して見られることがわかっていました。

水分子は高分子の官能基と水素結合しやすく、一旦結合するとなかなか切れません。しかし、水分子は周りにある水分子と水素結合を組み替えて絶えず運動していることから、果たしてどの水分子が「中間水」に相当するのか、ミクロな分子描像について明らかにされていないままでした。

研究の内容

今回の研究では、まず分子動力学シミュレーションとよばれるコンピュータシミュレーションの方法により、実験と同じ含水率を持つPMEAを再現しました。次に、水分子と水素結合するPMEAの官能基がカルボニル基とメトキシ基にあることを特定し、それぞれでどの程度の時間で水素結合が切れるのかを解析しました。

その結果、水素結合寿命はメトキシ基のものが103ピコ秒程度であることがわかりました。常温常圧下の純水における水分子の水素結合寿命が5ピコ秒程度であることから、水分子がPMEA中に束縛されることで運動性が遅くなることがわかりました。一方で、カルボニル基のものより1桁短いことから、メトキシ基とは相対的にゆるく水素結合していることを明らかにしました。また、水分子同士で形成する水素結合の寿命も同程度であることから、周囲にある水分子同士と協働しながら高分子との水素結合を切って運動している様子を捉えることに成功しました。このことは、PMEAが他の高分子に比べて、水に対する親和性が極端に親水性でも疎水性でもなく、中間的な性質を示すという実験事実とも矛盾がありません。

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図2. PMEAの分子構造。水分子はカルボニル基(O1)とメトキシ基(O3)と水素結合する。解析では、水素結合は距離rOO<0.35 nm、角度β<30°の判定基準が用いられた。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

水が存在する中で機能を発現する材料は総称して「水圏機能材料」と呼ばれ、水と材料の構造を理解の重要性が指摘されています。そこで、研究や研究手法により材料周辺にある水分子について、「不凍水」、「束縛水」、「結合水」、「中間水」、「自由水」、「バルク水」、「ガラス状の水」、、、などと様々に界面水の概念が登場してきました。水分子の状態を議論する場合には、その存在環境を決めている物質との相互作用を無視できません。本研究で明らかにしたように、高分子中に水分子と水素結合する官能基が存在すれば、局所的に水素結合ネットワークが強く張られることから、水素結合のダイナミクスを明らかにすることが、ミクロな分子描像の解明に直結するはずです。分子動力学シミュレーションによる研究は、界面水の概念を交通整理するものであり、さらに水圏機能材料の学理を深化させることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年5月7日(日)発刊号に、米国物理学協会が発行するJournal of Chemical Physics誌に掲載されました。

タイトル:“Revealing the hidden dynamics of confined water in acrylate polymers: Insights from hydrogen-bond lifetime analysis”
著者名:Kokoro Shikata, Takuma Kikutsuji, Nobuhiro Yasoshima, Kang Kim, and Nobuyuki Matubayasi
DOI:https://doi.org/10.1063/5.0148753

なお、本研究は、科学研究費補助金新学術領域研究「水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」公募研究の支援を受けて行われました。また、本研究のコンピュータシミュレーションには、自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターと大阪大学サイバーメディアセンターのスーパーコンピュータを用いました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

血液適合性

人工の医用機器において血液と接触する場合、異物反応の少ない性質が要求され、血液適合性と言われる。特に表面が血液成分と接触することにより血栓を形成する反応をいかに抑えるかという抗血栓性が重要となる。

水素結合

水素結合とは分子間に水素を介して形成される弱い引力的な相互作用を言う。例えば、水分子間では、酸素の電気陰性度が水素のものより大きいため、酸素−水素間で水素結合を形成する。

水圏機能材料

水の存在化で環境・生体と調和・相互作用しながら機能を発現する材料のことを言う。水と物質の相互作用の原理に基づいた水の基礎科学と、材料科学を統合する重要性が指摘されている。

ピコ秒

1ピコ秒は1 psとあらわす。10-12秒、つまり1兆分の1秒のことである。