指定難病 間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景を解明

指定難病 間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景を解明

発症には複数のHLA遺伝子多型が関与していることを明らかに

2023-7-19生命科学・医学系
医学系研究科教授岡田随象

研究成果のポイント

  • 原因不明の指定難病である、間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析を実施し、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)領域内の複数のHLA遺伝子多型が、発症に関わることを同定しました。
  • 希少難治性疾患である間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に、遺伝的背景が存在し、免疫学的機序を介することを今回初めて明らかにしました。
  • 間質性膀胱炎(ハンナ型)の原因は不明であり、診断基準や根治治療は確立されていません。本研究成果は、間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序の解明に貢献し、将来的には、発症のリスク予測法や新しい診断法、有用な治療薬の開発につながると期待されます。

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間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析

概要

東京大学医学部附属病院泌尿器科・男性科の秋山佳之講師、久米春喜教授と同大学大学院医学系研究科遺伝情報学の曽根原究人助教、岡田随象教授らによる研究グループは、膀胱の粘膜に慢性炎症・びらんが生じ、膀胱痛や頻尿・尿意切迫といった症状をきたす、原因不明の難病である間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析を行い、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)領域内に存在する、複数のヒト白血球抗原(HLA)遺伝子領域(HLA-DQB1、HLA-DPB1)の遺伝子多型が、その発症に関与していることを同定しました。希少疾患である間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景については、これまで不明でしたが、本研究は、初めてその発症に遺伝的要因が関わっていることを明らかにしました。同定された疾患感受性遺伝子領域は、免疫反応を調節する機能に関与しており、今後より詳細な間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序の解明につながることが期待されます。将来的には、本研究成果は同疾患の新しい診断法や発症のリスク予測法、有用な治療薬の開発へつながることも期待されます。

本研究成果は科学誌「Cell Reports Medicine」(オンライン版:米国東部夏時間7月18日)に掲載されました。

研究の背景

間質性膀胱炎(ハンナ型)は、膀胱の粘膜に慢性炎症とびらんが生じ、強い膀胱・尿道痛と頻尿や尿意切迫といった排尿症状により、患者さんの生活の質を著しく低下させる原因不明の疾患で、特に症状の強い重症型は、国の指定難病となっています。中年以降の女性に発症しやすく、膠原病などの自己免疫疾患を高率に合併することが知られていますが、その病態機序はほとんど解明されておらず、標準的な診断基準や根治治療も確立されていません。国内患者数は約2,000人程度と報告されていますが、正確な診断の難しさから、未診断・未治療で困窮している患者さんが潜在的に多数存在している可能性も指摘されています。間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序を解明し、より正確な診断方法や有効な治療の開発につなげることは、泌尿器科学における極めて重要な課題の1つでした。

研究の内容

今回、研究グループは、東京大学医学部附属病院に通院する日本人の間質性膀胱炎(ハンナ型)患者144人から得られたゲノムデータと、バイオバンク・ジャパンが保有する41,516人の対照群から得られたゲノムデータを用いて、ゲノムワイド関連解析を行い、間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わる遺伝子多型(rs1794275)をMHC領域内に同定しました(図1)。さらに、MHC遺伝子領域の詳細な疾患感受性遺伝子領域の解析(ファインマッピング)を実施し、同定されたrs1794275遺伝子多型と強い連鎖不平衡関係にある、HLA-DQB1遺伝子の71、74、75番目のアミノ酸配列と、HLA-DPB1遺伝子の178番目のアミノ酸配列の各々の変化が、間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わっていることを突き止めました(図2)。研究グループはその後、別セットの間質性膀胱炎(ハンナ型)患者26人と1,026人の対照群のゲノムデータを新たに用いて、これらの結果が再現されることも確認しました。

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図1. 間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析
間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わる遺伝子領域をMHC領域内に同定

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図2. 間質性膀胱炎(ハンナ型)のHLA遺伝子領域ファインマッピング
HLA-DQB1遺伝子の71、74、75番目のアミノ酸配列変化とHLA-DPB1遺伝子の178番目のアミノ酸配列変化が間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わることを特定

興味深いことに、HLA-DQB1遺伝子の71、74、75番目のアミノ酸は、抗原提示細胞リンパ球に抗原を提示する際に機能するMHCクラスⅡ分子において、抗原ペプチドが結合する部位に位置しており、これらのアミノ酸配列の変化が、抗原提示プロセスの変化と、その後の免疫反応の異常につながっている可能性が考えられます(図3)。以前より間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症機序の一つとして、免疫の過剰反応が指摘されており、本研究の結果は、免疫の異常が間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症に関わっていることを強く示唆するものと考えられます。

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図3. HLA-DQB1遺伝子がコードするタンパク質の立体構造(左)と間質性膀胱炎(ハンナ型)の発症と関連する71、74、75番目のアミノ酸が対応するMHCクラスⅡ分子における位置(右)の模式図
HLA-DQB1遺伝子の71、74、75番目のアミノ酸はMHCクラスⅡ分子の抗原結合部位に位置し、抗原提示能に関与している可能性が示唆される

今後の展望

上述のように、間質性膀胱炎(ハンナ型)はその重篤性に加え、標準的な診断基準や根治治療法を欠き、患者さんのみならず医療従事者をも困窮させる非常に難しい疾患です。泌尿器科領域では唯一の指定難病となっており、その実態解明に向けて、厚生労働省間質性膀胱炎研究班を中心としたオールジャパン体制で研究が進められていますが、病態解明や治療法の開発につながるような、ブレイクスルーを得ることは容易ではありませんでした。本研究によって、間質性膀胱炎(ハンナ型)に関わる複数のHLA遺伝子領域が明らかになったことにより、その病態の理解が大きく進むことが期待されます。また、将来的には、新規診断方法や疾患バイオマーカー、新規治療の開発につながることも期待されます。

特記事項

<論文情報>
〈雑誌〉 Cell Reports Medicine
〈題名〉 Genome-wide association analysis identifies susceptibility loci within the major histocompatibility complex region for Hunner-type interstitial cystitis
〈著者〉 秋山佳之♯、曽根原究人♯、前田大地、加藤洋人、内藤龍彦、山本賢一、バイオバンク・ジャパンプロジェクト、森崎 隆幸、石川俊平、牛久哲男、久米春喜、本間之夫、岡田随象*
♯共同筆頭著者
*責任著者
〈DOI〉 10.1016/j.xcrm.2023.101114

<発表者>
東京大学 大学院医学系研究科 泌尿器外科学
秋山 佳之(講師)〈兼:東京大学医学部附属病院 泌尿器科・男性科〉
久米 春喜(教授)〈兼:東京大学医学部附属病院 泌尿器科・男性科(科長)〉

遺伝情報学
曽根原 究人(助教)〈兼:大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学〉
〈兼:理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム〉
岡田 随象(教授)〈兼:大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学(教授)〉
〈兼:理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム(チームリーダー)〉

人体病理学・病理診断学
牛久 哲男(教授)〈兼:東京大学医学部附属病院 病理部(部長)〉

衛生学
加藤 洋人(准教授)
石川 俊平(教授)

大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
森崎 隆幸(特任研究員)〈兼:東京大学医科学研究所 バイオバンク・ジャパン(事務局長)〉

杏林大学 医学部 間質性膀胱炎医学講座
本間 之夫(特任教授)

大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
内藤 龍彦(助教)〈兼:理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム〉

保健学
山本 賢一(准教授)〈兼 遺伝統計学〉

金沢大学 医薬保健研究域医学系 分子細胞病理学
前田 大地(教授)

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発(GRIFIN)「次世代ゲノミクス研究による乾癬の疾患病態解明・個別化医療・創薬」(代表:岡田随象)、難治性疾患実用化研究事業「ゲノム病態解析を基軸としたハンナ型間質性膀胱炎の診断精度向上と新規治療法開発に関する研究」(代表:秋山佳之)、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業「間質性膀胱炎の患者登録と診療ガイドラインに関する研究」(代表:本間之夫)、科研費(22H00476、19K18552)の支援を受けて実施されました。

用語説明

間質性膀胱炎(ハンナ型)

中年以降の女性に好発し、膀胱(下腹部)や尿道の強い痛みと、頻尿や尿意切迫などの排尿症状をきたす、膀胱の慢性炎症性疾患。免疫の異常が発症に関連していると考えられているが、その詳細は明らかではなく、根治治療も確立されていない。特に、症状の強い重症型は国の指定難病となっており、進行すると膀胱が萎縮して尿が溜められなくなり、膀胱摘出に至ることもある。

ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study: GWAS)

ヒトゲノム全体に存在する数百万~数千万か所の遺伝子多型と疾患の発症の関係を、網羅的に検定することで、疾患の発症に関わる遺伝子多型を特定する遺伝統計解析手法。これまで1,000を超えるヒト疾患に関わる遺伝子多型が同定されている。

主要組織適合遺伝子複合体(MHC)

私たちの細胞の表面に存在する糖タンパク質で、細胞内で処理した抗原(細菌やウイルスなど身体にとって異物とみなされたものの断片)を乗せ、免疫担当細胞に対して抗原提示を行う。構造および機能の違いから、クラスⅠ、クラスⅡ、クラスⅢ に分類される。MHCをコードする遺伝子領域をMHC領域と呼ぶ。

ヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen: HLA)遺伝子領域

ヒトではMHCと同義である。

遺伝子多型

遺伝子を構成している塩基配列の個体差であり、集団中の頻度が1%以上の割合で認められるもの。一塩基だけ配列が異なる場合は一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)と呼ばれ、最も数が多い。多型による塩基配列の違いが、遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。

疾患感受性遺伝子領域

疾患の発症(病気のかかりやすさ)を規定する遺伝子およびその領域のことで、その領域にある遺伝子多型によって、病気になりやすい・かかりやすい(リスク)という先天的な体質の一部が、決定されていると考えられている。

バイオバンク・ジャパン

日本人集団27万人を対象とした生体試料バイオバンクで、東京大学医科学研究所内に設置されている。ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報とともに収集し、研究者へのデータの公開や分譲を行っている。

連鎖不平衡関係

複数の遺伝子多型の間に、ランダムではない相関が認められること。

抗原提示細胞

抗原をMHCクラスⅡ分子に乗せて自分の細胞表面上に出し(これを提示という)、リンパ球を活性化させる細胞のこと。

リンパ球

白血球の成分の一つで、Bリンパ球、Tリンパ球、NK細胞などから成る。