単結晶薄膜で発電効率を増大する新技術
廃熱による自立的な発電でIoTセンサ社会へ
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の中村芳明教授、石部貴史助教らの研究グループは、応力場を駆使した低温薄膜成長技術を用いて、フォノン散乱界面を含有した単結晶GeTe薄膜の成長に成功し、極小の格子熱伝導率を有しつつ高い熱電出力因子を獲得できることを明らかにしました。多量の廃熱を電気として自立的に回収する熱電変換はクリーンな新エネルギー源として期待されています。近年では、Internet of Things (IoT)センサ電源利用を見据えてSi基板上薄膜熱電材料の開発が注目を浴びています。硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)など原子周期表の第16族にある元素を含む化合物、「カルコゲナイド」材料は高い熱電性能を示すものの、作製が困難であるため、多結晶薄膜ばかりが研究されてきました。多結晶の場合、フォノン界面散乱により、熱伝導率低減は期待できますが、一方で界面電子散乱により熱電出力因子の低下が生じるという課題がありました。
今回、研究グループは、比較的低温環境下にて基板界面の応力場を駆使することにより、フォノン散乱界面を含有した単結晶GeTe薄膜をSi基板上に成長することに成功し、従来の多結晶薄膜よりも約2倍の熱電出力因子、及び多結晶と同程度の極小熱伝導率を同時に達成しました。今回の成果によって、身の周りの熱から自立的に電力供給を可能とする熱電発電源の開発が加速され、IoTセンサ社会に貢献しうるものであると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に、5月17日(水)午前0時1分(日本時間)に公開されました。
図1. (a, b) フォノン散乱界面を含有した単結晶GeTe薄膜/Siが実現する高正孔移動度(a)と極小熱伝導率(b).
研究の背景
多量の廃熱を直接電気に変換可能な熱電変換は、クリーンな新エネルギー源として注目されてきました。昨今のIoT社会の到来により、センサ用電源の需要が高まり、Si基板上の高性能薄膜熱電材料に期待が集まっています。熱電材料の高性能化には、熱伝導率低減と熱電出力因子増大の同時実現が必要ですが、熱電物性の相関関係のため、同時実現は長年の課題でした。Bi2Te3、SnSe、GeTe等のカルコゲナイド材料は、潜在的に比較的低い熱伝導率を有するため、高い熱電性能を示すことが知られていますが、作製の困難さのため、多結晶薄膜ばかりが研究されてきました。多結晶の場合、フォノン界面散乱により、熱伝導率低減は期待できますが、界面電子散乱により熱電出力因子の低下が生じるという課題がありました。一方、単結晶ではコヒーレントな電子輸送のため、高い熱電出力因子が得られます。もし単結晶に熱伝導率のみを低減する機構を取り入れることができれば、これまでのカルコゲナイド薄膜の性能を凌駕することが期待できます。
研究の内容
中村芳明教授らの研究グループでは、比較的低温環境下にて基板界面の応力場を駆使することにより、フォノン散乱界面を含有する単結晶GeTe薄膜をSi基板上に形成することに成功しました。真空環境において緻密な温度制御により、蒸気圧の高いTeの脱離を抑制し、GeTeの組成を調整しました。Si基板からの応力場を利用することで、単結晶であるにも関わらず、数10nm間隔のフォノン散乱界面を導入することができました。この結果、高い正孔移動度のため(図1a)、多結晶薄膜に対して2倍高い熱電出力因子を達成し、さらに多結晶に匹敵する、あるいは勝るほどの極小熱伝導率を観測しました。特に格子熱伝導率は理論限界に近い0.7 Wm-1K-1に到達し、これは多結晶バルクよりも大幅に低く、アモルファス材料にも匹敵する値と言えます(図1b)。本作製手法を用いれば、カルコゲナイド薄膜は大幅に熱電性能が向上する可能性があることを明らかにしました。本成果は、薄膜熱電材料の高性能化に向けた新しい道筋を示すものと言えます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、GeTeに限らず、他のカルコゲナイド系材料にも適用可能であるため、汎用性が高い技術と言え、今後の薄膜熱電材料研究を大きく加速できると期待できます。将来的には、IoTセンサ用自立型電源としての応用が挙げられ、センサ社会に大きく貢献するものであると期待できます。
特記事項
本研究成果は、2023年5月17日(水)午前0時1分(日本時間)に米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Boosting Thermoelectric Performance in Epitaxial GeTe Film/Si by Domain Engineering and Point Defect Control”
著者名:Takafumi Ishibe, Yuki Komatsubara, Kodai Ishikawa, Sho Takigawa, Nobuyasu Naruse, Yuichiro Yamashita, Yuji Ohishi, and Yoshiaki Nakamura
DOI:https://doi.org/10.1021/acsami.3c01404
本研究は、大阪大学大学院工学研究科の大石佑治准教授、滋賀医科大学の目良裕教授、成瀬延康准教授、産業技術総合研究所の山下雄一郎主任研究員の支援を得て行いました。
なお、本研究は、科学研究費補助金・基盤研究A(19H00853, 21H04654)、若手研究(21K14536)の補助を受けて行われました。
参考URL
中村芳明教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/d005d615e4f0dfd1.html
中村芳明教授 研究室
http://www.adv.ee.es.osaka-u.ac.jp/
SDGsの目標
用語説明
- フォノン
結晶中での格子振動を量子化した粒子。熱を運びます。
- 熱電出力因子
ゼーベック係数の2乗と電気伝導率を掛け合わせた値。値が大きいほど熱電変換効率が高くなります。
- 多結晶
1つの物体が多数の原子配列の向きの異なる結晶粒の集合体から構成されるもの。
- 単結晶
1個の結晶内のどの部分においても原子配列の向きが同一であるもの。