肌に優しい多機能・高性能な生体ドライ電極技術

肌に優しい多機能・高性能な生体ドライ電極技術

伸縮性・透明性・信号の質を高める新材料で、薄膜センサシート量産・実用化へ前進

2022-10-18
産業科学研究所准教授荒木徹平

研究成果のポイント

  • 高分子ネットワーク制御により多機能・高性能な生体ドライ電極を開発し、人肌のような“柔軟性”や目に見えない“透明性”をもつ薄膜センサシートを実現。
  • 従来の生体ドライ電極では、装着圧による痛み、電位計測時の高いノイズレベルが課題だった。開発した導電性材料は、肌へ優しい易粘着力でありながら、医療機器レベルの低ノイズな信号計測を提供可能。
  • 透明性のある薄膜センサシートは、 ターゲット部位の脳波、心電、筋電、脈波、血中酸素飽和度、血流などのリモート計測システムを構築可能です。将来、日常生活において、“さりげない”生体計測を実現するための全く新しいエレクトロニクス・デザインとして、技術応用に期待。

概要

大阪大学産業科学研究所の荒木徹平准教授、植村隆文特任准教授(常勤)、和泉慎太郎招へい准教授、関谷毅教授らの研究グループは、伸縮性(最大16倍伸長)や透明性(可視光透過率85%以上)に優れ、皮膚に安定して密着する生体ドライ電極を開発しました(図1)。この生体ドライ電極は、エラストマーと導電性高分子のネットワーク制御により、皮膚への優れた導電性を示します。その結果、生体ドライ電極をもちいた薄膜センサシートは、生体電位を無線計測する試験において、医療機器レベルの信号の質を示しました。さらに、量産を見据えた製造プロセスを利用していることから、薄膜センサシートの実用化が近づいています。

近年では、ウェアラブルデバイス向けとして、生体適合性や生体親和性を向上させた生体ドライ電極が開発されています。しかし、生体/電極界面での接触抵抗が高いため、生体電位計測時には数~数十μV程度とノイズレベルも高くなっていました。その結果、特に脳波などに含まれる微小な生体電位を計測することが困難になっていました。

今回、研究グループは、生体安全性のある導電性材料中において、相分離現象を誘発する高分子ネットワーク制御技術により、生体ドライ電極と皮膚との接触抵抗を低減することに成功しました。これにより、医療機器材料と同等な低ノイズな信号伝送性能(0.1 μVオーダー)を得られる生体ドライ電極が得られました。相分離現象による構築したミクロな構造は、伸縮性・透明性・信号の質を高める特異点を発現するだけでなく、皮膚に優しい易粘着力を得るためにも役立っています。

また、生体ドライ電極を内蔵する薄膜センサシートは、脳波による睡眠ステージ判定や、筋電による手指動作判定などの遠隔計測システムの一部として、実証可能性が示されました。さらに、透明性の高い薄膜センサシートは、カメラ式光電式容積脈波記録法による脈拍・血中酸素飽和度の遠隔計測も妨げません。近い将来、これら材料、デバイス、システムの技術が、全く新しいエレクトロニクス・デザインとして、疾患の診断・治療のための効率的な次世代パーソナルセンサへ応用されることと期待されます。

本研究成果は、2022年7月19日独国科学誌「Advanced Materials Technologies」に公開されました。また、本研究関連の論文誌表紙が11月上旬に掲載される予定です。

(科学誌情報: Scopus Percentile 95)

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図1. 生体ドライ電極と薄膜センサシートのイメージ図(EEG: Electroencephalogram、脳波図。PPG: Photo-plethysmogram、光電式容積脈波図。)

研究の背景

従来の医療機器では、ゲル電極またはペースト状ウェット電極が専門技師により患者へ装着されていました。しかし、専門技師により多電極を装着する手間や、ゲルの肌残りによる違和感などの課題が多くありました。近年では、これら課題を解決するため、ワイヤレスの生体電位計測システムが開発されており、皮膚の柔らかさを考慮した生体ドライ電極を利用しているケースが増えつつあります。ただし、個体差(各体形)による電極の浮き、装着圧による痛みなど、長期使用に関わる欠点を改善する必要があります。

また、医療機関における生体電位のモニタリングは、外部ノイズの極めて少ない環境下での実施されるケースが一般的です。ワイヤレスの生体電位計測システムが、体温や血圧、体重のように、家庭で簡単に利用されるには、装着感や違和感が少なく、かつ高精度・低ノイズであることが強く望まれていました。

研究の内容

荒木徹平准教授、植村隆文特任准教授(常勤)、和泉慎太郎招へい准教授および関谷毅教授らの研究グループでは、独自の高分子ネットワーク制御技術を用いて生体ドライ電極を開発し、それをゴムのように伸縮自在かつ透明な薄膜センサシートとして構築することで、感知しにくいワイヤレス生体電位計測システムを創出しました。

この薄膜センサシートの特徴は、生体電位計測において、医療機器と同等の信号の質(0.1 μVオーダー)を実現できる点です。生体ドライ電極については、透明なものを含めて多くの研究報告がありますが、人体で最も小さな活動電位である脳波を精度高く計測できる電極例は、これまでの知見で類を見ません。

低ノイズな信号計測を実現するためには、有機材料と無機材料の融合によって得られた高い導電性が重要です。具体的には、生体ドライ電極に利用している有機(高分子)材料は、極めて伸縮性の高いエラストマーと導電性高分子からなり、材料中でナノ〜マイクロメートルサイズの相分離構造を形成することが出来ます。この場合、形成された導電性高分子の凝集体が、厚み方向への特異的な導電性を発揮します。また、相分離構造は、エラストマーの2次元ネットワークを形成し、厚み方向の可視光透過性と粘着力、面方向の高い伸縮性を実現してます。さらに、薄膜センサシートでは、肉眼では見えないAg/Auコアシェルナノワイヤからなる無機(金属)材料を配線材料に利用しているため高導電です。この配線のネットワークを強化する成膜技術を構築することで、従来報告されているものよりも耐伸縮性が高められています。

生体ドライ電極を内蔵する薄膜センサシートは、皮膚/電極/配線/小型無線計測器における、イオンと電子伝導を高めたシステムと言えます。その結果、低ノイズな無線計測システムが実現し、身体動作を妨げない状態で、脳波による睡眠ステージ判定や、筋電による手指動作判定が実証されています。また、薄膜センサシートを、カメラ式光電式容積脈波記録法のターゲット部位に組み込むことで、ワイヤレス脳波記録中に脈波や血中酸素飽和濃度を計測することが可能となりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果で得られた柔軟性や透明性を有する薄膜センサシートは、 ターゲット部位の脳波、心電、筋電、脈波、血中酸素飽和度、血流などのリモート計測システムを構築可能です。将来、人の動作を妨げずに、疾患を早期発見する遠隔システムの実現に期待がかかります。

特記事項

本研究成果は、独国科学誌「Advanced Materials Technologies」(オンライン)に2022年7月19日に掲載されました。
また、本研究関連の論文誌表紙が11月上旬に掲載される予定です。

タイトル:“Skin-like Transparent Sensor Sheet for Remote Healthcare using Electroencephalography and Photoplethysmography”
著者名:Teppei Araki*, Shusuke Yoshimoto, Takafumi Uemura, Aiko Miyazaki, Naoko Kurihira, Yuko Kasai, Yoshiko Harada, Toshikazu Nezu, Hirokazu Iida, Junko Sandbrook, Shintaro Izumi and Tsuyoshi Sekitani*
DOI:https://doi.org/10.1002/admt.202200362

参考URL

荒木徹平 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/2d72e7728c9301e4.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

生体ドライ電極

生体電位を計測する際に、生体に接触するプローブとして用いる乾式電極。一般的な医療機器で用いるゲルやゲルペーストを利用した湿式電極とは異なる。

エラストマー

ゴムのような弾性(力を加えると歪が生じ、除荷後にもとに戻る性質)を示す高分子材料。ゴムとエラストマーを同義で用いられる場合もある。

生体親和性、生体適合性

生体親和性は、生体組織の異物反応や拒絶反応が少ないこと。ほぼ同義として生体適合性がある。生体適合性は、材料が生体組織に対して低毒性・低刺激である状態を示し、医療機器承認機関が定める生物学的安全性(生体安全性)試験により評価されることが一般的である。

相分離現象

1つの多成分系混合物から、2つ以上の相へ分離する現象。今回、導電性高分子とエラストマーの高分子系混合体(ポリマーブレンド)からなるディスパージョンが、塗工・キュア後に、導電性高分子(島)とエラストマー(海)となる海島構造を構築した。