紙製の電子皮膚を開発

紙製の電子皮膚を開発

人にも環境にも優しい生体シグナル計測を実現

2023-4-18工学系
産業科学研究所准教授荒木徹平

研究成果のポイント

  • 木材由来のセルロースナノファイバー紙(ナノペーパー)を用いて、脳波、心電、筋電などの微小な生体シグナルを無線計測できる電子皮膚(e-skin)を開発
  • ナノペーパー内に多孔質ナノ構造を設計することにより、皮膚密着性、皮膚適合性、通気性を兼ね備えたe-skinを実現
  • 人にも環境にも優しいe-skinとして、認知症やてんかん、心臓疾患、筋肉・神経疾患といった診療への貢献に期待

概要

大阪大学産業科学研究所の黄茵彤氏(工学研究科博士後期課程・日本学術振興会 特別研究員DC1)、荒木徹平准教授、古賀大尚准教授らの研究グループは、木材由来のセルロースナノファイバー紙(ナノペーパー)を用いて、人の微弱な生体シグナル(脳波、心電、筋電など)を無線計測可能な電子皮膚(e-skin)を開発しました(図1)。このナノペーパー製e-skinには、多孔質ナノ構造がカスタマイズされており、高い皮膚密着性と通気性を長時間維持できる、皮膚に優しい設計になっています。

現在、プラスチック基材を用いたe-skinの開発が精力的に行われています。持続生産可能な木材由来のナノペーパーは、プラスチックに替わる基材として近年注目を集めています。しかし、緻密な構造を持つ従来のナノペーパー基材は、皮膚密着性や通気性に乏しく、e-skinへの適用は困難でした。

今回、本研究グループは、ナノペーパーを多孔質化するプロセスを新たに構築することで、皮膚密着性と通気性を高めることに成功しました。さらに、脳波・心電・筋電といった生体シグナルの無線計測が可能なe-skinとして適用できることを実証しました。この「ナノペーパー製e-skin」は、皮膚適合性、機械的な柔軟性、加熱による減菌処理への適用性、繰り返し利用可能な耐久性も兼ね備えています。人にも環境にも優しいe-skinとして、将来、医療・ヘルスケア分野への応用が期待されます。

本研究成果は、独国科学誌「Advanced Materials Interfaces」に、2023年4月4日(火)に公開されました。

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図1. ナノペーパー製電子皮膚(e-skin)による生体シグナル計測の概要図

研究の背景

e-skinは、電気的・化学的な生体シグナル計測が可能なウェアラブルデバイスとして、疾患の早期発見や術後状態のモニタリングへの活用が期待されています。現在は、プラスチック基材を用いたe-skinの開発が盛んです。理想的なe-skinには、機能やSDGsの観点から、機械的柔軟性、皮膚適合性、皮膚密着性、通気性、滅菌処理耐性、生分解性、持続生産性といった多くの特性が求められます。しかしこれまでのプラスチック製e-skinでは、これらの特性を全て満たすことは困難でした。

研究の内容

研究グループは、木材セルロースナノファイバー由来の紙(ナノペーパー)を用いてこの難題に取り組みました。機械的柔軟性、生体適合性、生分解性、持続生産性を持つナノペーパーは、プラスチックに替わる新基材として注目を集めています。しかし検討中、従来のナノペーパーは、緻密な構造を持つため肝心の皮膚密着性と通気性が低いという問題が見つかりました。

そこで本研究グループは、ナノペーパーに多孔質ナノ構造を設計し、高い皮膚密着性(せん断保持力:2.3 N cm–2)と高い通気性(水蒸気透過性:2912 g m–2 d–1)を同時に発現させることに成功しました。そして、多孔質ナノペーパー基材(厚さ:25 μm)に電極(厚さ:15 nm)を実装し、e-skinを作製しました(図1右上)。得られた「ナノペーパー製e-skin」を簡単な前処理後に皮膚に貼り付けると、皮膚の微細なしわに沿って変形しながらしっかりと密着します。この優れた皮膚密着性によって、脳波、心電、筋電といった人の微弱な生体シグナルも効果的に無線計測することができました(図2)。すなわち、認知症やてんかん、心臓疾患、筋肉・神経疾患などの診療にむけた低ノイズ計測システムが実現しました。

ナノペーパー製e-skinは皮膚に3時間以上貼付可能で、しわ寄せを100回繰り返しても皮膚への密着を保つことができました。さらに、皮膚への刺激も見られなかったことから、長時間の生体シグナルモニタリングにも適しています。また、皮膚の動きに対しては高い密着性を保つ一方で、痛みなく剥がすことができ、熱による滅菌処理と繰り返し利用が可能であることも実証しました。

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図2. ナノペーパー製e-skinによる脳波・心電・筋電計測

本研究成果の意義

本研究で開発したナノペーパー製e-skinは、理想的なe-skinに求められる特性を満たしており、生体・環境調和性の次世代医療・ヘルスケアデバイスとして期待できます。

荒木准教授らの研究グループは、これまでに有機電気化学トランジスタ(関連論文1)や有機電界効果トランジスタ(関連論文2)を中心に、薄膜・伸縮・透明デバイスなどを開発し、人のストレスをモニタリングするためのシート型センサシステムを開発してきました。また古賀准教授らの研究グループは、ナノペーパーのデバイス基材応用に加えて、ナノペーパーの半導体化(関連論文3)やナノペーパーへのCO2レーザー照射による微細配線作製(関連論文4)に取り組んできました。近い将来、これらの技術を組み合わせることで、より高度な環境配慮型e-skinを開発するなど、医療・ヘルスケアデバイスの開発をカーボンニュートラルな方向へ転換していきます。

特記事項

本研究成果は、2023年4月4日(火)(日本時間)に独国科学誌「Advanced Materials Interfaces」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Skin-Adhesive, -Breathable, and -Compatible Nanopaper Electronics for Harmonious On-Skin Electrophysiological Monitoring”
著者名:黄茵彤、荒木徹平、栗平直子、春日貴章、関谷毅、能木雅也、古賀大尚
DOI:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/admi.202202263

なお、本研究は、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR2003, JPMJFR2022)およびJSPS 学振特別研究員奨励費 (JP21J21971)の一環として行われました。

関連論文

関連論文1
タイトル:“Fully Transparent, Ultrathin Flexible Organic Electrochemical Transistors with Additive Integration for Bioelectronic Applications”
論文誌:Advanced Science
DOI:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/advs.202204746

関連論文2
タイトル:“Stretchable printed circuit board integrated with Ag-nanowire-based electrodes and organic transistors toward imperceptible electrophysiological sensing”
論文誌:Flexible and Printed Electronics
DOI:https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2058-8585/ac968c

関連論文3
タイトル:“Nanocellulose Paper Semiconductor with a 3D Network Structure and Its Nano–Micro–Macro Trans-Scale Design”
論文誌:ACS Nano
DOI:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.1c10728

関連論文4
タイトル:“All-cellulose-derived humidity sensor prepared via direct laser writing of conductive and moisture-stable electrodes on TEMPO-oxidized cellulose paper”
論文誌:Journal of Materials Chemistry C
DOI:https://doi.org/10.1039/D1TC05339F

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 14 海の豊かさを守ろう
  • 15 陸の豊かさも守ろう