ロボットの好みがわたしの好みに?
対話ロボットの操作者が受ける心理的影響の一端を解明
研究成果のポイント
- 自律的に人と対話するアンドロイドロボットの身体の一部を操作すると、操作した人の態度がロボットの態度に近づくという現象を明らかにした。
- 人が操作して使うロボットの有効性は様々に検証されてきており、そのなかでも、人による操作とロボットのもつ自律機能が共に支えあうことで効率よく働く、半自律型ロボットの有効性が示されてきています。しかし、操作をすることで、操作する人がロボットからどのような心理的影響を受けるかはほとんど注目されていませんでした。
- ロボットの社会応用に向けて、本研究の知見は、ロボットを操作する人の気分をポジティブに維持できる操作システムなどへの応用が見込めます。また、操作する人の態度が無意識に変化してしまう可能性に留意したロボット運用の必要性を議論することに繋がると期待できます。
概要
名古屋大学大学院工学研究科の窪田智徳特任助教(研究当時は大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程、日本学術振興会特別研究員)、小川浩平准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の吉川雄一郎准教授、石黒浩教授らの研究グループは、半自律型ロボットの操作者において、自律対話機能をもつロボットの身体の一部のみを操作するだけで、操作者の態度はロボットが自律的に示す態度に近づくように変容することを明らかにしました。
人とロボットが一体となって共働するとき、人はロボットからどんな影響を受けるでしょうか?
近年、人がロボットを操作することで、例えば家にいながら異なる場所での対話に参加したり働いたりできる、遠隔操作型対話ロボットの研究や応用が盛んに行われています。そのなかでも、人による操作とロボットのもつ自律機能が共に支えあうことで効率よく働く、半自律型ロボットの有効性が示されてきています。例えば、ロボットは対話相手と自律的に会話して、人はそのロボットの移動などの身体動作を操作する場合など、様々な共働の形がありえます。このような場合、人は他者のように感じられるロボットを操作して、両者は一体となって振る舞うことになりますが、これを通じて人がどのような影響を受けるかはこれまで不明確でした。
人と対話するロボットの研究では、ロボットの対話相手への影響は多く調査されてきましたが、ロボットの操作を通じた操作者への影響はほとんど着目されていませんでした。半自律型ロボットの社会応用に向けて、本研究の知見は、操作を通じて操作者の態度をポジティブに維持できるシステムのデザインに応用することや、また操作者の無意識の態度変容の可能性に留意してロボットを運用する必要性を議論することに繋がると期待できます。
本研究成果は、科学誌「Scientific Reports」に、6月27日(月)午後6時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
人が遠隔地にいるロボットを操作することで、家にいながら違う場所で対話に参加したり働いたりすることができる、遠隔操作型対話ロボットの研究や応用が盛んに行われています。そのなかでも、ロボットの自律機能と人による操作が一体となってタスクの達成を目指すロボットは、半自律型ロボットと呼ばれます。半自律型ロボットでは、ロボットの自律機能だけでは難しいタスクを人による操作で補助したり、あるいは人による操作をロボットの自律機能で補助したりと、人とロボットが一体となって互いに支えあうことで効率的なタスク達成を期待でき、これまでにもその効果は実証されてきています。
半自律型ロボットでは、人にとって他者のように感じられるロボットを操作する状況がありえますが、ロボットの自律的な振る舞いが、そのロボットを操作する人にどのような影響を与えるかは不明確でした。過去の研究では、人はある態度をもつ役割をロールプレイすることで、自分の態度がそのロールプレイした態度に近づくことが報告されています。近年では、プロテウス効果と呼ばれる、VR空間であるアバターとして振る舞うことで、人の態度や行動がそのアバターの特徴から推測されるものに近づく現象も報告されています。これらを踏まえて、半自律型ロボットの操作者もまた、ロボットがもつ役割をロールプレイすることになり、操作者の態度はロボットが自律的に示す態度に近づくのではないかと考えました。従来の人と関わるロボットの研究では、ロボットが対話相手に与える影響に多く着目されてきた一方で、半自律型ロボットの操作者への影響はほとんど考慮されていませんでした。ロボットの対話相手だけでなく、ロボットの操作者に与える影響も明らかにしていくことは、社会の中で受け入れられるロボットを実現するためには不可欠です。
研究の内容
本研究では、「ある態度を自律的に示す半自律型ロボットの身体の一部の操作を通じて、操作者の態度はそのロボットが示す態度に近づくよう変容するのではないか?」という仮説を検証する実験室実験を行いました(図1に概要図)。実験では、半自律型アンドロイドロボットが自律的に人(サクラの実験者)と対話しながら、「ある絵画が好き」という選好態度を示す状況をつくりました。実験参加者には、別室で人と対話するアンドロイドを観察しながら、アンドロイドの身体の一部を操作する操作条件と、操作をせず見ているだけの非操作条件(watch条件)にランダムに分かれてもらいました。つまり、非操作条件の参加者に比べて、操作条件の参加者が、アンドロイドが選好を示した絵画をより好きになるかを調べることで、仮説を検証しました。さらに操作条件においては、操作する身体の部位によって結果に違いが出るかも調べるため、アンドロイドの笑顔動作を操作するsmile条件と、手の何気ない微かな開閉動作を操作するhand条件の二つを用意し、計三条件で実験を実施しました。なお、参加者が観察するアンドロイドの動きは各条件で大きな差がないようにし、smile条件およびhand条件ではアンドロイドを操作する量も各参加者で統一するなどの統制を行いました。
実験の大まかな流れを図2に示します。参加者には、次の手順で実験に参加してもらいました。①10枚の絵画を順位付け、②6位になった絵画を人に勧めるアンドロイドの身体の一部を操作(smile, hand条件)/操作せず観察(watch条件)、③同じ10枚の絵画を順位付け)。つまり、順位付けの結果を三条件で比較し、①で6位だった絵画(=アンドロイドが選好を示した絵画)の順位が、watch条件に比べてsmileおよびhand条件において上昇していれば、仮説は支持されたことになります。
実験の結果について、①で6位だった絵画の順位が③でどれだけ変化したかを、条件間でStudent's t-test法(Bonferroni補正)を用いて比較しました(図3)。なお、実験には各条件15人ずつが参加しました。図3において、例えば縦軸の値が2なら、①で6位だった絵画が③で4位に上昇したことを表します。この結果から、アンドロイドの身体を操作した条件の参加者では、観察していた参加者よりも、アンドロイドが選好を示した絵画の順位が有意に上昇したことがわかりました。すなわち、操作条件では、非操作条件に比べて、ロボットが選好を示した絵画を好むように参加者の態度が変容したことが示され、仮説は支持されました。また、操作する部位(smileとhand条件)による有意な違いは確認できなかったことから、操作部位にかかわらず態度変容が起こる可能性が示唆されました。
図1. 実験の概要図
図2. 実験の手順
図3. 絵画の順位付けの結果 (* p < .05)
本研究成果の意義
これまで、人と関わるロボットの研究においては、ロボットが対話相手に与える影響が主に着目されてきました。一方で本研究は、ロボットの操作を通じた操作者への影響を明らかにしたもので、本視点の重要性を高めるものと考えます。
本研究で得られた知見は、将来の半自律型ロボットの応用に向けて、より効果的な人とロボットの共働システムのデザインへの貢献が期待できます。例えば、操作者の精神的負担を軽減する操作システムが考えられます。ロボットは対話相手から時に無礼な態度をとられてしまうことが知られており、ロボットの操作者もまたその無礼さを目の当たりにしてしまいます。そこで、ロボットが自律的に前向きな態度を表出しておくことで、操作を通じて操作者の気分を前向きに維持することができ、操作者の精神的負担を軽減できる可能性があります。
本研究の結果は、操作者の態度はロボットが自律的に示す態度に無意識に近づいてしまうことも表しています。これはロボットの操作者にとってリスクにもなると考えられます。そのため、半自律型ロボットを実際に運用していくうえで、操作者に対してこのような影響が起こりうることを事前に伝えておくべきといった、これまで考慮されていなかった倫理的観点からの議論に繋がることが期待できます。
また、半自律型ロボットの操作者へのロボットからの影響を考えることを通じて、「自分の行動とはなにか?」という基本的な問いにアプローチすることも期待できます。自己知覚理論などの知見を踏まえると、本研究の結果は、自律して絵画の選好を語るという「ロボットの行動」を、操作者があたかも「自分の行動」として受け入れることで、操作者の態度がロボットの示す態度に近づいた可能性を考察できます。今回の実験では、ロボットの自律的な行動を操作者が自分の行動として実際に捉えていたかは明確にできていませんが、操作を通じてロボットの行動を自分の行動と錯覚するような可能性について、さらなる研究によって検討することが期待できます。人間の他者を操作することは一般的ではありませんが、半自律型ロボットという、他者のように感じられる存在を操作する状況について研究することで、応用だけでなく、自分という存在に関する問いを深めていけるかもしれません。
本研究の結果は以上の示唆を与えるものだと考えますが、今回の実験結果は、実験で用いた状況や使用したロボット、実験参加者の属性などに依存しています。本研究の知見をより確かなものとするには、より様々な状況においても同様の結果が得られるかどうかや、実際に知見を応用することでどの程度の効果が実際に得られるかについて、さらなる検証が必要だと考えています。
特記事項
本研究成果は、2022年6月27日(月)午後6時(日本時間)に科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル: “Alignment of the attitude of teleoperators with that of a semi-autonomous android”
著者名: Tomonori Kubota, Kohei Ogawa, Yuichiro Yoshikawa, Hiroshi Ishiguro
DOI:10.1038/s41598-022-13829-3
なお、本研究の一部は、JST ERATO JPMJER1401とJSPS 科研費 20J13662の支援を受けて行われました。また本研究の成果は、著者自らの見解等に基づくものであり、所属研究機関、資金配分機関および国の見解等を反映するものではありません。
参考URL
大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻石黒研究室
https://www.irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/home
SDGsの目標
用語説明
- 態度
本研究ではAllportの定義にのっとり、あらゆる対象・状況に対する、経験を通じて体制化された精神的な準備状態のことを指す。
(Allport, G. W. Attitudes, in A Handbook of Social Psychology (ed. Murchison, C.) 798-844 (Clark University Press, 1935))
- 自己知覚理論
Bemが提唱した、「人は自分の態度や情動を、自分の行動や周囲の環境から決定することがある」
(Bem, D. J. Self-perception theory, in Advances in Experimental Social Psychology (ed. Berkowitz, L.) 6, 1–62 (Academic Press, 1972))