「生得より経験?」認知能力の獲得に関する我々の誤認識

「生得より経験?」認知能力の獲得に関する我々の誤認識

子どもの姿における直感と科学のギャップ

2022-11-8社会科学系
人間科学研究科助教孟憲巍

研究成果のポイント

  • 色の識別などの認知能力のはじまりに対する認識について日米の大人を対象に調査した
  • 文化を問わず、大人は子どもの様々な認知能力の出現時期を実際より遅く推定し、このような能力を学習の結果として捉える傾向があった
  • 子どもの姿について科学知見と直感にギャップがあることが明らかになった
  • 研究や子育て、教育などに重要な「科学的な子ども観」の構築が期待される

概要

大阪大学大学院人間科学研究科の孟憲巍助教、ラトガーズ大学認知学習センターのJenny Wang助教、大阪大学大学院基礎工学研究科の吉川雄一郎准教授、石黒浩教授、同志社大学赤ちゃん学研究センターの板倉昭二センター長らの研究グループは、日米の大人を対象に、色の識別などの子どもの認知能力の出現時期とその理由についての調査をおこなった。その結果、いずれの文化でも、大人は実際の出現時期(これまでの研究で示された出現時期)よりも遅く出現すると推定していること、そしてそれらの認知能力が学習の結果であると考えていることを世界で初めて明らかにしました(図1)。

「氏か育ちか」の議論は古くからなされていますが、現代社会では大人は「育ち」の部分を実際の発達よりも評価しており、大人が思う子どもの姿と科学的研究で示された子どもの姿にズレがあることが本研究によって明らかになりました。このようなズレを意識することは、科学的な子ども観に基づいた研究や子育て、学校教育などに参加するうえで役立つことが期待されます。

本研究成果は、スイス科学誌「Frontiers in Psychology」に、11月08日(火)13時(日本時間)に公開されました。

20221108_1_1.png

図1. 本研究の主なメッセージ

研究の背景

私たちはどのようにして様々なことを「知る」、「わかる」のだろうか。人間の認知能力の起源は古くから人々の大きな関心を集めてきました。現代科学においても、人間理解の重要な切り口として心理学や社会学、神経科学などの様々な領域で重要視されています。

この数十年、発達科学(Developmental science)という研究分野が洗練された実験法を駆使し、特定の状況に置かれた乳幼児がどのように反応するかを調べることで、ある認知能力が人生のどのタイミングにみられるかについて検討してきました。多くの実験結果の蓄積から、生後早くから乳児は数種類の認知能力をすでに持っていることが明らかになりました。例えば、色の識別は生後4ヶ月くらいから、奥行きの認識は生後2日くらいから、顔らしいものと顔らしくないものの識別は生後数日からなされていることなどが明らかになっています。これらの認知能力は核知識(Core knowledge)と呼ばれ、人間が生存環境に適応していくうえで重要なものであるだけではなく、新たな知識やスキルを獲得する際の中核能力として捉えることができます。

核知識は生後極めて早く出現するものであり、生得的な要素の大きな認知能力と考えられていますが、私たちの直感ではそれがどのように捉えられているのでしょうか。Wang博士らの2019年の研究では、アメリカ人の大人を対象に、数種類の核知識について、ヒトの発達のどの段階で出現すると思っているかを調べました。その結果、すべての核知識について、大人は本来出現する時期よりも遅く出現すると思っていることがわかりました。すなわち、アメリカ人の大人は認知能力の起源について「学習的な部分」を過大に評価しているようです。

しかし、乳児の本当の姿と大人が思う乳児の姿とのズレはアメリカの文化特有のものでしょうか。それとも教育観が古くから異なっている東洋文化(例えば日本)においてもズレはみられるのでしょうか。また、文化によってズレの程度が異なるのでしょうか。さらに、そのズレがどのような要因に影響を受けるのでしょうか。これらについては明らかになっていませんでした。

研究の内容

孟助教(大阪大学)、板倉教授(同志社大学)らの研究グループは、複数の核知識のそれぞれがいつから出現すると思っているのか、なぜ出現したと思っているのかについて日米の大人計600人に回答してもらいました(図2)。

研究1では、3つの調査を通して、日米の大人が類似した回答を示していることを明らかにしました(図3)。具体的には、研究で用いた核知識の全てが生後半年までに出現するものであるにもかかわらず、大人は平均2歳以後に出現すると認識していることがわかりました。また、出現理由に関しては、大半の回答(約77%)では核知識の出現が学習の結果として捉えられていました。すなわち、大人はこれまでの科学研究で示された核知識の出現時期よりも遅く出現すると考えており、なおそれらの核知識の大部分は(自然に出てきたものではなく)生後の学習を通してできたものであると考えていることを示しました。一方、人間の核知識に類似する動物の認知能力について尋ねると、大人はより生得的であると判断することがわかりました。

研究2では、核知識の出現時期と出現理由の認識がどのような要因に影響を受けるのかについて調査しました。核知識の出現時期の推定については、回答者がどのくらい進化論的な考え方(もしくは創造論的な考え方)を持っているかと関連することが明らかになりました。具体的には、進化論的な考え方をより受け入れている大人は、核知識をより早い時期に出現すると推定する傾向がありました。また、核知識の出現理由については、回答者がどのくらい学習の力を認めているかと関連することが明らかになりました。具体的には、学習で知能を変えることができると思う人ほど、核知識の出現を学習の結果として捉える傾向が強いことがわかりました。なお、回答者の年齢、性別、育児経験の有無は出現時期と出現理由の認識に影響を与えませんでした。

20221108_1_2.png

図2. 質問のイメージ

20221108_1_3.png

図3. 研究1Aの方法と結果(緑の十字の位置はこれまでの研究で明らかになった実際の出現時期を示す。円の位置は大人が推定した出現時期の平均を示す。円グラフの色は出現理由の割合を示す。)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

社会が持つ「子ども観」によって、研究や子育て、学校教育などの営みが方向付けられることがこれまで学術的にも指摘されてきました。より良い社会を実現させるうえでは科学的な子ども観が不可欠です。今回の研究は、子どもの「こころの成り立ち」に私たちが気づいていない側面があることを示すものでもあります。今後、科学的な人間理解の知見やアプローチが社会でより広く共有されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年11月08日(火)13時(日本時間)にスイス科学誌「Frontiers in Psychology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A cross-cultural investigation of people’s intuitive beliefs about the origins of cognition”
著者名:Xianwei Meng, Jinjing Jenny Wang, Yuichiro Yoshikawa, Hiroshi Ishiguro and Shoji Itakura
DOI:https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.974434

なお、本研究は、Society 5.0実現化研究拠点支援事業 (JPMXP0518071489)の一環として、文部科学省特色ある共同研究拠点の整備の推進事業(JPMXP0619217850)の協力を得て行われました。

参考URL