染色体分配の「担い手」動原体の働き、ゲノム編集を駆使し解明
がんやダウン症など染色体の分配不全から生じる疾病の解明へ期待
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の竹之下憂祐特任研究員、原昌稔助教、深川竜郎教授らの研究グループは、ゲノム編集技術を駆使して、染色体の分配に重要な働きを担う動原体 (図1) がどのように働くのかを明らかにしました。染色体の分配不全は、がんやダウン症など各種疾病の原因となることが知られており、今回の知見は、染色体の分配不全が原因でおこる疾病の解明に貢献できると期待されます。
染色体分配に必須である動原体は、100種類を超えるタンパク質から構成され、タンパク質同士が複雑に結合しあうことが知られています。そのため複数のタンパク質が同じような役割を担っており、各タンパク質が動原体でどのように機能しているかを解明することが非常に困難でした (図2)。
今回、深川教授らの研究グループは、ゲノム編集技術を駆使し、機能の相補が予想された複数の機能領域を細胞内から除き、微小管結合タンパク質Ndc80複合体がCENP-Tというタンパク質とのみ、結合できるよう限定された機能を持つ動原体を持つ細胞の作成に成功しました(図3)。その細胞を用いて、さらに動原体タンパク質の機能領域をゲノム編集によって改変することにより、Ndc80複合体が2セット存在することが動原体の機能維持に必要十分であることを証明しました (図3)。また、Ndc80複合体が2セット存在すれば、これまで必要と考えられていたNdc80複合体とMis12複合体との結合は、不要であることも明らかになりました。これにより、動原体がどのように働くのかが明らかになったので、将来的には、染色体分配不全が原因で生じる各種疾病の解明に繋がると期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2月14日(月)午後7時(日本時間)に公開されました。
図1. 染色体分配の模式図
図2. 動原体構造の模式図
図3. ゲノム編集によって機能が限定された改変型動原体
図2に示すCENP-CとMis12複合体の結合を取り除きCENP-Tのみで機能する改変型動原体 (上)
この動原体をさらに改変し、Ndc80複合体が一つのみの動原体 (中)や、Ndc80複合体が本来結合すべきMis12複合体とは結合せずに、Ndc80複合体が直接CENP-Tに2セット結合する動原体 (下)を作成。
各種の動原体を持った細胞を解析した結果、動原体が機能するためには、Ndc80複合体2セットでの存在が必要十分であることが判明。
研究の背景
生物のすべての遺伝情報(ゲノム)は、染色体と呼ばれる構造体に包まれ、次世代の細胞に伝達されていきます (図1)。そのため、染色体の正確な伝達は、生命を維持する上で必須ですが、染色体の伝達に問題がおこると、染色体構造に異常が生じます。これらの染色体異常は、がんやダウン症を始め、多くの病気の原因になることが知られています。したがって、染色体が正確に次世代の細胞へ伝達されるしくみを解明することは、生命を維持するための基本原理への理解につながります。それと同時に、染色体異常が原因で起こる病気 (がんやダウン症など) の発症機構の解明にも貢献します。
染色体の伝達は、細胞の両極から伸びた紡錘体微小管 (紡錘糸)が染色体上のセントロメア (図1)と呼ばれる領域に形成された動原体構造を捉え、娘細胞と呼ばれる次世代の細胞へ染色体を分けることによって行われます。染色体が正確に娘細胞へ伝達されるしくみを知るためには、動原体構造が形成されるしくみを詳細に理解しなければなりません。
しかしながら、動原体には、100種類を超えるタンパク質が存在し、タンパク質同士が複雑に結合しあうこと、複数のタンパク質が同じような役割を担っているので(図2)、各タンパク質の真の機能を解明することが非常に困難でした。そこで研究グループは、ゲノム編集技術を駆使して、機能の重なりあった機能ドメインを除き、機能が限定された動原体を持つ細胞で動原体機能の解明を目指しました。
本研究の成果
動原体が機能するためには、図2に示すように微小管結合タンパク質Ndc80複合体が必要です。これまでの研究からNdc80複合体が動原体に結合するには、CENP-Cというタンパク質とCENP-Tというタンパク質の二つの経路が存在することが明らかにされていました。本研究グループは、CENP-Cの経路を欠損した細胞を作成し、CENP-T経路だけを持つ改変型動原体をゲノム編集技術で作成しました (図3上)。
そこで、このCENP-T経路だけを持つ動原体をさらに改変した結果、Mis12複合体とNdc80複合体の結合だけを特異的になくした細胞では動原体が機能しなかったので、Ndc80複合体が2セット必要であることが明らかになりました (図3中央) 。
また、Ndc80複合体は、これまでMis12複合体あるいはCENP-Tを介して2セットが動原体に結合することが知られており、Mis12複合体とNdc80複合体の結合そのものが、重要と考えられていました。しかし、本研究において、人工的にNdc80複合体をCENP-Tへ2セット直接結合させることで動原体が機能することが、明らかなりました(図3下)。人工的に改変した動原体を解析することで、動原体がどのように微小管と結合するのかを明らかにした画期的な成果といえます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、動原体の働きの理解が深まり、CENP-C経路、CENP-T経路の調節によって染色体分配機能の強さの調節が可能となります。このことは、がん細胞などにおいて、染色体分配機能を調整することで、細胞を特異的に死滅させる技術への応用に繋がります。
特記事項
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2月14日(月)午後7時(日本時間)に公開されました。
タイトル:“Recruitment of two Ndc80 complexes via the CENP-T pathway is sufficient for kinetochore functions”
著者名:Yusuke Takenoshita (大阪大学大学院生命機能研究科), Masatoshi Hara (大阪大学大学院生命機能研究科), and Tatsuo Fukagawa* (大阪大学大学院生命機能研究科)
*責任著者
DOI:10.1038/s41467-022-28403-8.
以下の研究費の支援によって行われました。
・JST戦略的創造研究推進事業 CREST「動原体超分子複合体の構造ダイナミクス」(研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
・科学研究費補助金 基盤研究(S)「染色体分配に必須なセントロメアの形成機構の解明」(研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
・科学研究費補助金 新学術領域研究「非ゲノム情報によって制御されるセントロメアの維持・形成機構」(研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
・科学研究費補助金 学術変革領域研究「セントロメアモダリティの理解」(研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 染色体分配
細胞には、遺伝情報を含んだ染色体が複数存在する。これら染色体は、細胞が分裂して増える前に2つにコピーされ、細胞分裂にともない次世代の細胞に分けられなければならない。このコピーされた染色体を子孫の細胞へ均等に受け渡すことを染色体分配という。(図1)
- 動原体
染色体上のセントロメア領域に形成される巨大なタンパク質複合体。細胞分裂が起こるとき、染色体を引っ張る糸(微小管)と結合し、染色体と微小管との結合を仲介することで染色体分配の過程で重要な働きをする。
- ゲノム編集
DNA切断酵素と短いRNAを用いて、ゲノムDNA上の特定の塩基配列を狙って改変させる技術。外来の遺伝子を細胞に導入して、元々のゲノム配列と入れ替えることで、変異タンパク質を発現する細胞を作成できる。
- 微小管
細胞中に見いだされる直径約 25 nm の管状の構造であり、主にチューブリンと呼ばれるタンパク質からなる。細胞分裂に必須な装置で紡錘体を形成する。紡錘体微小管と染色体が結合して染色体分配は、完了する (図1)。
- Ndc80複合体
動原体の構成因子であり、酵母からヒトまで機能的にも構造的にも保存され、微小管と直接に結合するタンパク質複合体。4種類のタンパク質から構成される。染色体分配および紡錘体形成チェックポイントを制御することが知られている。Ndc80は別名Hec1 (Highly Expressed in Cancer cells 1)であり、がん細胞で高い発現が認められる。
- CENP-T
動原体の構成因子であり、セントロメアのDNAと結合する一方で、Ndc80複合体とも結合するために、染色体と微小管をつなぐ役割を担っている。
- Mis12複合体
動原体の構成因子であり、CENP-C、CENP-T、Ndc80複合体と結合することが知られている。
- セントロメア
染色体のほぼ中央にあるくびれた部分のゲノム領域をさす。細胞分裂の際、染色体分配に重要なゲノム領域であり、紡錘糸が結合する動原体構造が形成される領域である。