
界面活性剤フリーの高活性電極触媒を開発
構造生物電気化学に基づく酵素の合理的設計
概要
京都大学大学院農学研究科の足立大宜 特定研究員、市川小夏 修士課程学生、宋和慶盛 助教、大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI協働研究所の宮田知子 特任准教授(常勤)、牧野文信 招へい准教授、難波啓一 特任教授(常勤)、テクノプロ・R&D社の田中秀明 氏らの共同研究グループは、Gluconobacter japonicusという酢酸菌由来のフルクトース脱水素酵素(FDH)の膜結合領域欠損変異体を開発し、直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)における活性向上を実現しました。
FDHは、酢酸菌の呼吸鎖電子伝達系を構成する酵素で、フルクトース(果糖)を酸化します。本酵素は、電極との直接的な電子移動ができるユニークな特徴を有しており、優れた物質-エネルギー変換(低い副反応リスク・高い電解効率)を実現できます。しかし本酵素は、生体内で細胞膜に結合しているため、界面活性剤を用いて精製する必要がありました。そこで今回、FDHの立体構造から2か所の膜結合領域を推定し、両者を切除した変異体を設計しました。本変異体は、細胞膜から遊離した状態で発現し、界面活性剤フリーでの精製に成功しました。また、クライオ電子顕微鏡観察および単粒子像解析によって、本変異体の構造解析を行った結果、切除領域以外の構造変化はほとんど無く、酵素活性を保持したまま変異体を作製できたことを確認しました。さらに本変異体は、界面活性剤と共存しないため、野生型酵素よりも高密度で電極に吸着することができます。その結果、本変異体のDET型反応速度は、野生型酵素の14倍に向上しました。本研究成果は、高活性な生体触媒の合理的設計手法として、学術的かつ社会的な波及効果が期待されます。
本研究成果は、2025年7月11日に、国際学術誌「ACS Electrochemistry」にオンライン掲載されました。
図. 細胞膜から遊離した高活性FDH変異体によるDET型反応
研究の背景
酵素は、常温・常圧・中性pHといった穏和な条件下で働く生体触媒であり、環境負荷の少ない化学反応を可能にすることから、低炭素社会の実現に向けた有望な触媒材料と位置付けられています。中でも酸化還元酵素は、呼吸・光合成・発酵などの生体内電子移動反応に関与し、多彩なバイオプロセスへの応用が可能です。近年、電気回路を介して酸化還元酵素反応を人為的に制御する技術として、「直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)」が注目されています。本反応では、仲介分子を用いずに、酵素と電極が直接電子をやり取りします。よってDET型反応は、生体/環境適合性・設計自由度・物質-エネルギー変換効率に優れており、バイオセンサやバイオ燃料電池、バイオリアクタなどの生物電気化学デバイスへの実装が期待されています。
本研究では、酢酸菌が保有する膜結合型フルクトース脱水素酵素(FDH)に着目しました。FDHは、フルクトース(果糖)を酸化するヘテロ三量体膜酵素であり、界面活性剤を用いて精製されます。精製された本酵素を電極上に吸着させると、DET型反応における高い活性を確認することができます(図1)。しかし、酵素精製の過程で必須となる界面活性剤は、電極表面に酵素と競合的に吸着することが知られており、結果としてDET型反応効率を低下させる要因となります。本課題の克服に向けて、界面活性剤を用いずにFDHを精製する手法が求められていました。私たちは、酵素の立体構造を踏まえ、FDHがCサブユニットのヘム1c領域とC末端疎水性領域(CHR)を介して細胞膜に結合していると推定しました。これまでの研究より、ヘム1c領域とCHRはDET型反応に直接関与しないことが解明されています。そこで、両者を切除することで酵素が細胞膜から自発的に遊離し、界面活性剤フリーの精製が可能になるのではないかと考えました。本仮説を検証するため、ヘム1c領域とCHRを切除した二重変異体(Δ1cΔCHR_FDH)を開発しました。
図1. FDHによるDET型反応の模式図
研究の内容
1.FDH変異体の可溶化に成功
当初の期待通り、Δ1cΔCHR_FDHは可溶性画分に発現し、界面活性剤フリーの精製に成功しました。なお、ヘム1c領域とCHRのいずれか一方を欠損した変異体(Δ1c_FDHおよびΔCHR_FDH)は膜画分に発現したことから、FDHが2か所の膜結合領域を有していることも確認できました。次に、大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI協働研究所のクライオ電子顕微鏡を用い、Δ1cΔCHR_FDHの単粒子像解析を実施しました。その結果、2.15 Åの高分解能で立体構造の解明に成功しました。図2は野生型組換えFDH(rFDH)とFDH変異体の立体構造です。切除した領域を除き、立体構造が保持されていることが分かります。
図2. rFDH(左)とΔ1cΔCHR_FDH(右)の立体構造 白:ヘム1c領域、黒:CHR
2.Δ1cΔCHR_FDHの電気化学特性評価
次に、多層カーボンナノチューブ電極を用いて、Δ1cΔCHR_FDHのDET型反応特性を検証しました。本変異体のDET型反応速度(フルクトース酸化反応で生じる触媒電流密度)は、rFDHと比較して14倍に向上しました(図3)。また、精製後の酵素溶液に界面活性剤を添加し、同様にΔ1cΔCHR_FDH修飾電極を作製・評価したところ、触媒電流密度は約10分の1に低下しました。さらに、電流電圧曲線の速度論解析を実施し、Δ1cΔCHR_FDHのDET型反応が促進された要因を調べました。その結果、①DET型反応に関与しない領域の切除による酵素サイズの縮小、②界面活性剤の除去、という2つの要素に基づき、酵素が電極表面に高密度に吸着したと結論付けることができました。これにより、酵素の立体構造を踏まえた膜結合領域の切除が、DET型反応特性の向上に効果的であることを実証しました。
図3. DET型フルクトース酸化反応を示す電流-電圧曲線
(黒:rFDH、赤:Δ1
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
体触媒である酵素は、その高い活性と反応選択性に基づき、次世代のグリーン触媒として注目されています。本研究成果は、他の膜酵素への応用可能性を示すとともに、膜酵素の構造的理解をさらに深めるものです。そして、構造生物電気化学のアプローチに基づく酵素の合理的設計手法の確立に繋がります。今後、開発した変異体を活用した高性能な生物電気化学デバイスの実用化にも貢献できると期待されます。
特記事項
【論文情報】
タイトル: Improved Direct Bioelectrochemical Fructose Oxidation with Surfactant-Free Heterotrimeric Fructose Dehydrogenase Variant Truncating Heme 1c and C-Terminal Hydrophobic Regions
(ヘム1c領域とC末端疎水性領域を切除した界面活性剤フリーのヘテロ三量体型フルクトース脱水素酵素変異体を用いた直接電子移動型フルクトース酸化反応の改良)
著 者: Taiki Adachi, Konatsu Ichikawa, Tomoko Miyata, Fumiaki Makino, Hideaki Tanaka, Keiichi Namba, Keisei Sowa
掲 載 誌: ACS Electrochemistry
DOI:10.1021/acselectrochem.5c00106
本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構AMED BINDS制度(JP23ama121003)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP23K19281、JP22K14831)、京都大学創立125周年記念ファンド「くすのき・125」、国立研究開発法人 科学技術振興機構 革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B4)、京都大学への寄附金(加来裕生氏、王厚龍氏、濵野泰如氏)の支援のもとで実施されました。
用語説明
- 酢酸菌
食酢の製造に用いられる微生物。
- フルクトース脱水素酵素
フルクトース(果糖)を5-ケト-フルクトースに酸化する酵素。
- 直接電子移動型酵素電極反応
酵素反応と電極反応が共役した反応を“酵素電極反応”と呼びます。その中でも、酵素が電極と直接的に電子移動できるものを直接電子移動型と呼び、本文中ではDET型反応と記載しています。
- 呼吸鎖電子伝達系
複数の酸化還元反応を組み合わせ、生物がエネルギーを獲得する代謝系。
- クライオ電子顕微鏡観察
タンパク質などの生体試料を含む溶液を急速凍結し、薄い氷に包埋することで、生理的な環境に近い状態で電子顕微鏡観察を行う手法。
- 単粒子像解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子像から、立体構造を決定する構造解析手法。
- 速度論解析
理論式に基づく実験データの回帰分析。速度論解析により、反応に関わる各種パラメータを定量的に推定できます。
