骨格と顎顔面形成異常を示す遺伝疾患の原因遺伝子を解明

骨格と顎顔面形成異常を示す遺伝疾患の原因遺伝子を解明

遺伝疾患8q21.11 Microdeletion Syndromeの病態解明と診断への応用に期待

2021-11-3生命科学・医学系
歯学研究科教授西村理行

研究成果のポイント

  • 軟骨形成と口蓋発生に必要な遺伝子Zfhx4を発見。
  • 骨格形成と顎顔面形成の異常を示す遺伝疾患8q21.11 Microdeletion SyndromeにZfhx4遺伝子が関連すると考えられていたが、巨大なタンパク質であるために、解析が極めて困難であったが、Zfhx4遺伝子を欠損するノックアウトマウスを作製し、その役割の解明に成功。
  • 遺伝疾患8q21.11 Microdeletion Syndromeの病態解明と診断への応用に期待。

概要

大阪大学大学院歯学研究科の西村 理行教授、中村 恵理子助教らの研究グループは、転写因子Zfhx4が、軟骨の形成および口蓋の発生に必要であることを世界で初めて明らかにしました。これまでZfhx4は、遺伝疾患8q21.11Microdeletion Syndromeの原因遺伝子の一つとして考えられてきましたが、Zfhx4の関与や機能については解明されていませんでした。

今回、西村教授らの研究グループは、Zfhx4遺伝子を欠損するノックアウトマウスを作製、解析することによりZfhx4が軟骨と口蓋の形成に必要であることを解明し ました。この研究成果により、遺伝疾患8q21.11 Microdeletion Syndromeの病態解明と診断および軟骨疾患や口蓋裂の新規治療法の開発と診断への応用が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、11月3日(水)19時(日本時間)に公開されました。

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図 Zfhx4遺伝子ノックアウトで見られる口蓋裂(赤矢印の口蓋部が閉じない)

研究の背景

ヒトや脊椎動物の骨格形成においては、軟骨形成が必須であり、その過程において、Sox9、Runx2およびOsterixなど様々な転写因子が必要であることが明らかにされてきました。しかしながら軟骨形成が、複雑かつ連続的な生命現象であることに鑑みると、未だ明らかにされていない転写因子の関与が示唆されています。したがって、軟骨形成過程における連続的な分化というダイナミックな変化のメカニズムに関わる転写因子を明らかにし、その機能を解明することが大きな課題でした。

研究の内容

西村教授らの研究グループでは、発現する遺伝子を網羅的に探索するマイクロアレイ解析を用いた方法により、軟骨を形成する肢芽にZfhx4が高い発現を示すことを見出しました。Zfhx4は、骨格および顎顔面の形成異常を示す8q21.11 Microdeletion Syndromeの原因遺伝子の一つとして考えられていましたが、その関与および役割は不明でした。Zfhx4のタンパク質は、分子量が約400,000Daと巨大であるために、通常の実験手法では解析が困難でした。そこでZfhx4遺伝子を欠損するノックアウトマウスを作製し、最先端の遺伝子工学技術を駆使して研究を展開しました。その結果、Zfhx4遺伝子ノックアウトが軟骨形成不全と口蓋裂を示すことを発見しました。さらにZfhx4が、転写因子Runx2およびOsterixと連携して軟骨形成をコントロールすることを細胞レベルおよび動物レベルで明らかにしました。これらの研究結果は、軟骨形成の過程において、Zfhx4がOsterixを中心とする多くの転写因子のハブとして機能することの解明に繋がりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、これまで原因遺伝子が不明確であった8q21.11 Microdeletion Syndromeの発症にZfhx4が深く関与することを示しました。この研究成果は、この疾患の病態解明と診断に大きく貢献すると期待されます。また軟骨形成過程における転写因子の連携が明らかになり、軟骨疾患の新規治療法や診断への応用も見込まれます。さらにZfhx4が、口蓋形成において必要不可欠であることが初めて明らかになり、8q21.11 Microdeletion Syndromeの新たな病態として注目され、口蓋裂の診断にも寄与すると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2021年11月3日(水)19時(日本時間)に英国科学誌「Communications Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Zfhx4 regulates endochondral ossification as the transcriptional platform of Osterix in mice”
著者名: Eriko Nakamura, Kenji Hata, Yoshifumi Takahata, Hiroshi Kurosaka, Makoto Abe, Takaya Abe, Miho Kihara, Toshihisa Komori, Sachi Kobayashi, Tomohiko Murakami, Toshihiro Inubushi, Takashi Yamashiro, Shiori Yamamoto, Haruhiko Akiyama, Makoto Kawaguchi, Nobuo Sakata and Riko Nishimura
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-021-02793-9

なお、本研究は、大学院歯学研究科 「口の難病」プロジェクトの一環として、同歯学部附属病院 黒坂 寛講師、同大学院歯学研究科 阿部 真土講師、山城 隆教授の協力を得て行われました。

参考URL

SDGSの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

Zfhx4

Zinc finger homeobox 4。分子量約400,000Daと非常に大きなタンパク質で、転写因子として機能する。

8q21.11 Microdeletion Syndrome

小顎症、短指症、合指症などの骨格ならびに顎顔面の形成不全を示す。ヒト染色体8番の領域を欠損する遺伝子疾患。Zfhx4遺伝子は、本疾患で欠損するゲノムDNA領域に存在する。

転写因子

細胞の増殖や分化を始めとする、生命現象に必要な遺伝子群を作り出すタンパク質。

口蓋裂

胎生期に上顎に存在する口蓋突起が閉鎖されないために生じる先天性形態異常。口蓋突起の発生、伸長、挙上、および癒合のいずれか一つのステップが障がいされても口蓋裂が発生する。Zfhx4遺伝子ノックアウトマウスでは、口蓋突起の挙上が見られない。

Runx2

Runx family transcription factor 2。骨形成および軟骨形成に必須な転写因子。軟骨形成過程では、中後期に重要。

Osterix

Runx2の下流で機能し、骨形成および軟骨形成に必須な転写因子。軟骨形成過程では、後期に重要。