軟骨細胞に重要なゲノム領域とその制御機構の発見

軟骨細胞に重要なゲノム領域とその制御機構の発見

軟骨遺伝子疾患の病態メカニズム解明に期待

2024-6-21生命科学・医学系
歯学研究科准教授波多賢二

研究成果のポイント

  • 軟骨細胞においてSox9遺伝子の発現スイッチをオンにする“エンハンサー”と呼ばれるゲノム領域とその制御機構を解明
  • SOX9遺伝子は、骨を形作るために必要な軟骨細胞の発生・分化とその後の骨格形成に必須であり、SOX9遺伝子の変異は先天性軟骨形成異常症の原因となる。これまで、SOX9遺伝子の発現を制御するメカニズムや病態への関与は不明だった
  • SOX9遺伝子が原因となる遺伝性骨系統疾患の病態解明への貢献に期待

概要

大阪大学大学院歯学研究科生化学講座大学院生の小林(一山)紗知さん(現在は顎口腔腫瘍学講座)、波多賢二准教授、西村理行教授らの研究グループは、軟骨細胞に重要なSox9遺伝子の発現を制御するゲノム領域を発見し、骨格形成における重要性を解明しました。

SOX9遺伝子は軟骨細胞の分化に必須の転写因子です。そのためSOX9遺伝子の変異は、先天性骨軟骨形成異常症(キャンポメリックディスプラシア)やピエールロバン症候群などの遺伝性骨系統疾患の原因となります。

SOX9遺伝子が働くためには、”エンハンサー”と呼ばれるゲノム領域によって転写のスイッチがオンとなり、遺伝子が発現する必要がありますが、これまで軟骨細胞でのSOX9遺伝子エンハンサーと骨格形成における役割は不明でした。

今回、本研究グループは、マウス軟骨細胞のゲノムDNAを用いた次世代シークエンサー解析と、ゲノム編集技術を応用したマウス発生工学技術を駆使することで、軟骨細胞でのSox9遺伝子発現に重要なエンハンサーとその制御機構を明らかにしました。エンハンサーはSox9遺伝子から160kbおよび308kb離れたゲノムに存在し、協調作用により軟骨細胞分化と骨格形成を制御していました。

この発見により、SOX9遺伝子が原因の軟骨遺伝子疾患の病態解明が進むと期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「JCI Insight」に、6月11日(火)午前2時(日本時間)に公開されました。

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図. 軟骨細胞においてSox9遺伝子発現を誘導するエンハンサーと協調作用の概念図

研究の背景

ヒトの骨格のほとんどは、軟骨が形成されたのちに骨に置き換わる軟骨内骨化と呼ばれる方法で造られ成長します。この軟骨を形作る軟骨細胞の発生に重要な遺伝子としてSOX9が知られており、SOX9遺伝子の変異は先天性骨軟骨形成異常症(キャンポメリックディスプラシア)やピエールロバン症候群などの遺伝性骨系統疾患の原因となります。

軟骨細胞でSOX9遺伝子が機能するためには、”エンハンサー”と呼ばれるゲノム領域によって転写のスイッチがオンとなり遺伝子が発現する必要があります。一方、SOX9遺伝子が原因となる骨系統疾患は、SOX9遺伝子そのものの変異だけでなく、遺伝子から離れたゲノム領域の変異によっても発症することが知られていました。したがって、先天性軟骨形成異常症に関与するエンハンサーの重要性が推察されていましたが、そのゲノム領域やスイッチの制御機構は不明でした。

研究の内容

研究グループは、マウス軟骨細胞のゲノムDNAを用いた次世代シークエンサー解析を行い、Sox9遺伝子から160kbおよび308kb離れたゲノム領域に軟骨細胞だけで認められるエンハンサーを見出しました。また、これらのエンハンサー活性は協調して作用しており、またPitx1遺伝子によって制御されていることも明らかにしました。

さらに、ゲノム編集技術を応用してエンハンサー領域を欠失させたマウスを作製し解析した結果、2か所のエンハンサー領域を同時に欠失させたマウスでのみSox9遺伝子の発現低下と軟骨細胞分化の抑制が原因となって骨格形成異常を示すことを明らかにしました。また、2か所のエンハンサー領域を同時に欠失させたマウスからゲノムを回収し解析した結果、他のエンハンサーを新たに活性化させることでSox9遺伝子のスイッチが完全にオフにならないように機能していることが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、軟骨発生の分子メカニズムが明らかになるとともに、SOX9遺伝子が原因の軟骨遺伝子疾患の病態解明が進むと期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「JCI Insight」に、6月11日(火)午前2時(日本時間)(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Chromatin profiling identifies chondrocyte-specific Sox9 enhancers important for skeletal development”
著者名:Sachi Ichiyama-Kobayashi, Kenji Hata, Kanta Wakamori, Yoshifumi Takahata, Tomohiko Murakami, Hitomi Yamanaka, Hiroshi Takano, Ryoji Yao, Narikazu Uzawa, Riko Nishimura
JCI Insight. 2024;9(11):e175486.
DOI: https://doi.org/10.1172/jci.insight.175486.

なお、本研究は、がん研究会がん研究所 細胞生物部 部長 八尾 良司の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

Sox9

SRY-Box Transcription Factor 9の略。ヒト遺伝子の場合はSOX9、マウス遺伝子の場合はSox9と記載される。

エンハンサー

遺伝子の上流、下流の両方に存在し、転写効率を促進することで特定の遺伝子発現を高める特定のゲノム領域。エンハンサー領域の変異が様々な疾患の発症に関与することも明らかになっている。

転写因子

エンハンサーやプロモーターに存在する特定のDNA配列に結合し、転写を活性化または不活性化するタンパク質。

転写

遺伝子の設計図であるDNAの塩基配列を鋳型としてmRNAを合成する過程のこと。mRNAは翻訳と呼ばれる過程を経てアミノ酸配列へと変換されタンパク質が合成される。