二酸化炭素吸収材で表面を被覆したスズ電極により ギ酸合成速度を24倍に高速化

二酸化炭素吸収材で表面を被覆したスズ電極により ギ酸合成速度を24倍に高速化

2021-8-2工学系
基礎工学研究科助教大戸達彦

概要

カーボンニュートラル実現に向けて、再生可能エネルギーを用いて電気化学的にCO2を還元し、メタン、メタノール、ギ酸などの有用な化成品を合成する化学的固定化技術の開発が急務となっています。そのための電極としてさまざまな材料が開発されていますが、いずれも、合成速度を高めようとすると、目的以外の副成物も合成されてしまう(生成物の選択性が低い)という問題がありました。本研究では、従来の二酸化炭素の電気化学的還元研究を見直し、目的生成物の合成速度と選択性を両立する手法を世界で初めて確立しました。

これまでの電気化学的二酸化炭素還元の研究は、二酸化炭素分子が電極表面に吸着した後の分子結合の組み換えを精密に制御することに注力されていました。しかし、生成物の合成速度を速めるには、二酸化炭素分子を大量に消費することが不可欠です。つまり、二酸化炭素分子の消費速度が供給速度を上回り、二酸化炭素分子が不足している状況下で、強引に化学反応を進めようとしていました。そこで、二酸化炭素の供給量を増大させるべく、二酸化炭素吸収材を電極表面に塗布したところ、ギ酸合成において、従来の平板スズ電極と比べて、99%以上の選択性を維持したまま、反応速度の24倍高速化に成功しました。また、計算化学的にそのメカニズムを解明しました。

この方法は、これまで使用されていた他の電極にも適用することが可能です。ギ酸に限らず化成品全般の合成速度の高速化により、経済性と生産性を両立する、二酸化炭素の資源化・再利用化が推進されることが期待されます。

研究の背景

二酸化炭素(CO2)の排出抑制は国際的な課題であり、123か国以上が2050年までのカーボンニュートラル(実質的CO2排出量ゼロ)に向け、CO2排出量削減目標を掲げています。経済性や利便性を犠牲することなくCO2の排出量を削減する方法として、CO2の再利用や資源化が挙げられます。その技術の一つに、再生可能エネルギーを用いて電気化学的にCO2を還元し、メタン、メタノール、ギ酸などの有用な化成品を生み出す化学的固定化手法があります。工場などから排出される高濃度のCO2を資源とみなし、再生可能エネルギーを活用した電解合成による有益な化成品に変換する手法開発を通じて、CO2の資源化と再利用を同時に達成することが可能となります。しかしながら、このような化学的固定化技術開発には多くの課題があります。その一つが、高い生成物の選択性を維持したままの生成物合成速度の加速です。例えば、いくら生成物変換効率に優れた電極を開発しようと、1時間に1mL程度の生成物しか得られなければ、工業・商業的製造量の要件を満たしているとは言えません。つまり、CO2の資源化と再利用によるカーボンニュートラルを達成するには、目的とする生成物をいかに大量に素早く作るかが重要です。

一般的に、電気化学的な反応において生成物の単位時間当たりの合成速度を高めるには、印加電圧を増大させることが必要です。しかし、印加電圧が高くなると生成物の選択性が低下することが知られており、生成物の合成スピードと選択性はトレードオフの関係にあるといえます。そこで、本研究は、生成物の選択性を維持したままギ酸合成速度の加速を実現する電極の開発に向けた基礎研究を行いました。

研究内容と成果

まず、多孔質構造を持つスズ電極を作製しました。スズ粒子を水素還元雰囲気下で加熱して多孔質化を促し、CO2と接触可能な表面積を増大させました。さらに、その表面に、CO2を吸収する性質を持つポリマーであるポリエチレングリコール(PEG)を電気化学的に接着させました。電子顕微鏡により電着後のスズ表面上のPEG膜の厚さを測定したところ、0.7-1.2 nm程度であることが確認されました(図1)。

次に、多孔質スズ電極について、表面にPEGを張り付けていないものと張り付けたものを用いて、電気化学的二酸化炭素還元によるギ酸合成能力を評価しました(図2)。両方の多孔質スズ電極に対して、二酸化炭素ガスを飽和させた0.1 Mの炭酸水素カリウム水溶液中で、-1.2~-0.6 Vの間で一定電位を6時間保ち、還元電流値を計測しました。-1.2 Vを印加した6時間の測定結果を見ると、PEGを表面に張り付けた電極の方が多くの還元電流が流れていることが分かりました。また、観測した還元電流値が全てギ酸合成に使われているかどうかを調べるために、試験後に生成した生成物の濃度を、ガスクロマトグラフィー法と核磁気共鳴法により定量分析しました。PEGを表面に張り付けていない電極では、-0.9~-0.6 Vの低電位の時はギ酸の選択性が90%を超えていましたが、-1.0 V以上の高電位では、ギ酸の合成速度は上昇するものの、選択性は75%まで低下しました。一方で、PEGを表面に張り付けた電極は、-0.9~-0.8 Vの低電位では、ギ酸の選択性はPEGを表面に張り付けていない電極より低い反面、-1.0 V以上の高電位では、ギ酸の合成速度が上昇するとともに、99%の選択性を維持していました。これは、上述のように、ポリマーを表面に張り付けていない電極では、高電位を印加すると、原料であるCO2が不足して副反応が促進されるのに対し、ポリマーを表面に張り付けた電極では、CO2が安定供給され、ギ酸合成反応が加速されたと考えられます。

これを確かめるため、計算化学的に反応メカニズムの解析を行いました(図3)。スズ表面にPEGを配置し、CO2分子がスズ表面に辿り着けるかどうかをシミュレーションしたところ、①CO2分子がPEGに強く吸着する、②PEG内部をCO2分子がすり抜ける、③すり抜けた後にスズ表面に到達する、という3つのステップが存在し、CO2分子がPEGに一度吸着すると、スズ表面まで輸送されるベルトコンベアのような運搬経路が存在していることが明らかとなりました。つまり、電極表面に張り付けたPEGが、CO2分子の捕集とスズ電極表面への輸送を担っているといえます。

さらに、本手法によりギ酸合成がどのくらい加速されるかを調査しました。これまで発表されたギ酸合成に関する論文を調査したところ、レアメタル電極(酸化インジウム)を使用した場合の1時間当たり550 mL/m2が最高でした(表1)。卑金属の中では、一般的な平板電極であるスズによる合成速度が15 mL/m2であり、本手法はこれと比較して24倍、また、微細構造を作り込んだ多孔質酸化スズの合成速度240 mL/m2と比較して1.5倍であることがわかりました。これは電極面積を1 m2にした場合、1時間当たりのギ酸合成量は、一般的な平板電極であるスズでは15 mLであるのに対して、本電極では360 mLに相当します。

このように、本研究により、二酸化炭素吸収材を電極表面に塗布すると、CO2分子の捕集と電極表面への輸送が加速され、ギ酸の合成に十分なCO2分子を供給し、その合成速度を増大させることが、実験的および計算化学的に示されました。

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図1. (a)多孔質形状を持ったスズの走査型電子顕微鏡像。(b)PEGをスズ表面に塗布した後の透過型電子顕微鏡像。塗布したPEGは0.7-1.2 nmほどの厚み(PEG2~4層分に相当)を持っている。

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図2. (a)多孔質スズと多孔質スズにPEGを塗布した電極の定電位(-1.2V)での6時間還元性能試験の比較。PEGを塗布したスズ電極で大きな還元電流が流れている。
(b)各電極に対する電位ごとの
ファラデー効率。高電位では、PEG被膜多孔質スズ電極は、多孔質スズよりもギ酸生成のファラデー効率が高く、ギ酸生成速度も1.5倍から2倍ほど速い。

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図3. PEGがスズ表面を被膜している電極モデルに対する二酸化炭素吸着のメカニズム。図中上段はPEGが3本鎖(3層)として被膜している場合の模式図。
スズ表面に対してPEG膜がPEG1本鎖による場合(黒線)、CO

表1. スズ系電極の性能比較

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特記事項

掲載論文
【題 名】 Polyethylene glycol covered Sn catalysts accelerate the formation rate of formate by carbon dioxide reduction
(ポリエチレングリコールで表面を被覆したスズ触媒を用いた電気化学的二酸化炭素還元法によるギ酸合成スピードの加速)
【著者名】 Samuel Jeong, Tatsuhiko Ohto, Tomohiko Nishiuchi, Yuki Nagata, Jun-ichi Fujita and Yoshikazu Ito
筑波大学数理物質系 伊藤 良一 准教授、藤田 淳一 教授、鄭 サムエル 博士課程後期学生
大阪大学大学院基礎工学研究科 大戸 達彦 助教
大阪大学大学院理学研究科 西内 智彦 助教
マックスプランク研究所 永田 勇樹 博士
【掲載誌】 ACS Catalysis
【掲載日】 2021年7月26日
【DOI】 10.1021/acscatal.1c02646

本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究「次世代物質探索のための離散幾何学」、他の研究プロジェクトの一環として実施されました。

SDGs目標

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用語説明

還元電流値

CO2還元反応が行われるときに生じる電流。CO2の電気化学的還元は負極反応であるため、負の電位で反応が進み、電流密度の絶対値が大きいほど、より多くのCO2が還元されていることを示す。

卑金属

鉄、銅、アルミニウム、鉛、亜鉛、モリブデン、マンガン、ニッケル、スズなど化学的安定性が低く腐食されやすい金属。一般的に金や白金などの貴金属ではない金属のことを指す。

ファラデー効率

投入した全電流に対して、目的生成物の合成反応に寄与した電流の割合。