グラフェンを用いて燃料分子の効果的なふるい分けに成功

グラフェンを用いて燃料分子の効果的なふるい分けに成功

2023-9-13工学系
理学研究科助教西内智彦

研究成果のポイント

メタノールやギ酸によるプロトン移動を介した燃料電池技術において、プロトン交換膜としてグラフェンシートを用い、これに微小な穴を空け、さらに穴周辺を化学修飾してかさ高くすることで、サイズの大きな燃料分子の通過を防ぎ、電極触媒の失活を抑制する技術の開発に成功しました。

概要

カーボンニュートラルの実現に向けて、メタノールやギ酸を合成燃料として電力を取り出す、直接メタノール/ギ酸型燃料電池技術の開発需要が高まっています。これらは、プロトン移動を介した発電を行いますが、従来のプロトン交換膜では、燃料分子自身も電極間を移動して不必要に酸化され、電極触媒を失活させてしまう「クロスオーバー現象」が問題となっていました。本研究では、プロトン交換膜として、グラフェンシートに5~10 nmの穴を空け、かつスルホ基を有するスルファニル官能基で穴周辺を化学修飾してかさ高くしたものを新たに開発し、高いプロトン伝導度を維持しつつ、メタノールやギ酸分子の通過を妨げ、クロスオーバー現象を抑制することに世界で初めて成功しました。

これまで、燃料分子の移動を阻害する方法としては、膜を厚くしたり、二次元材料を挟み込むなどのアプローチが取られてきました。しかし、これらは同時にプロトン伝導度も低下させてしまいます。そこで今回、電気浸透抗力と立体障害によって燃料分子の移動を阻害する構造を検討しました。その結果、このスルファニル修飾穴あきグラフェン膜は、燃料電池として必要なプロトン伝導度をほぼ維持しつつ、市販のナフィオン膜と比べて、電極の失活を大きく抑制することが分かりました。

従来のプロトン交換膜に本膜を貼り付けるだけで、クロスオーバー現象が抑制できると考えられ、本研究成果により、直接型燃料電池が水素型燃料電池以外の新たな選択肢になると期待されます。

研究の背景

2050年のカーボンニュートラル達成に向けて二酸化炭素(CO2)排出量の削減をするには、CO2の再利用・資源化が最も有効な選択肢であると考えられます。その一つに、再生可能エネルギーを用いてCO2を電気化学的に変換したメタノールやギ酸を合成燃料(e-fuel)とし、直接メタノール型もしくは直接ギ酸型燃料電池を用いて発電する手法があります。これらの合成燃料は液体であることから、可燃性気体の水素と較べて扱いが容易で、運搬しやすく、さらに、低発火性、無害、エネルギー密度が高いといった利点があり、水素型燃料電池以外の新たな選択肢になり得ると期待されています。しかし、燃料分子が燃料極から空気極へ移動(クロスオーバー)して副反応を起こし、電極の劣化や発電効率を著しく下げてしまうことが問題視されています。これは、燃料分子が、カソードとアノード間を仕切るプロトン交換膜を通過してしまうためです。本研究では、スルホ基上で起こるプロトンホッピング伝導(プロトンが玉突きのようにホッピングして移動する)、負に帯電したスルホ基による立体障害、そして積層グラフェンの層間での大きい分子を振るい分ける効果に着目し、かさ高いメタノールやギ酸などの燃料分子が動きにくい状況を作り出すことで、プロトンが容易に移動できる経路を確保しつつも、燃料分子の通過を妨げるプロトン交換膜を開発しました。

研究内容と成果

今回開発したプロトン交換膜は、化学的気相成長(CVD)法により銅箔上に成長させたグラフェンを単離して作製しました。その際、あらかじめ銅箔上に直径20 nm程度のシリカナノ粒子分散液を滴下し乾燥させた基板を用い、ナノサイズの穴が空いたグラフェン(穴あきグラフェン)を得ました。この穴あきグラフェンに対してスルファニル酸による官能基修飾を行い、スルファニル官能基修飾された穴あきグラフェン(スルファニル修飾穴あきグラフェン)を合成しました(図1)。これを電子顕微鏡で観察したところ、5-20 nm程度の穴が全体的に分布していました(図2)。また、エネルギー分散型X線分析(EDS)、顕微ラマン分光法、フーリエ変換赤外線分光法(FT-IR)などの分析手法を用いて、穴周辺のグラフェンがスルファニル官能基に修飾されていることを確認しました。

次に、穴のないグラフェンとスルファニル修飾穴あきグラフェンを、それぞれ市販のプロトン交換膜であるナフィオン膜で挟み込んで機械強度を補強し、これを燃料電池評価などで使用する電気化学反応セル(H型セル)のプロトン交換膜に用いて、プロトン伝導度を計測しました(図3)。その結果、スルファニル修飾穴あきグラフェンは、穴のないグラフェンよりも1万倍以上も高いプロトン伝導度(1500 mS/cm2)を持つことが分かりました(図4)。また、プロトンに随伴する化学分子を物理的に振るい落とすためにこれらをグラフェンの層間を通過させることを考え、グラフェン膜の層数を1層から3層へ増やすと、プロトン伝導度が減少しました。

さらに、これらの膜について、燃料分子クロスオーバーの定量測定を行ったところ、厚さ2 μmのナフィオン膜のみでは、最も高いプロトン伝導度を示しましたが、同時に最も大きなクロスオーバー率を示しました。これに対して、グラフェン膜では、クロスオーバーは抑制されたものの、プロトン伝導度が大きく低下しました。一方、スルファニル修飾穴あきグラフェン膜は、3層重ねても、厚さ2 μmのナフィオン膜に匹敵するプロトン伝導度を維持し、かつ、グラフェン膜と同程度のクロスオーバー率を持つことが分かりました。つまり、スルファニル修飾穴あきグラフェンにより、燃料電池の実用温度(50℃)で必要とされるよりも高いプロトン伝導度を保ちつつ、厚さ2 μmのナフィオン膜の燃料分子と比べて、クロスオーバー量を80%以上抑制することに成功しました。この性能は、先行研究で開発された膜よりも優れたものです。また、市販されているナフィオン膜(厚み180 μmおよび50 μm)にスルファニル修飾穴あきグラフェンを張り付けるだけで、高いプロトン伝導度を保ったまま、50-70%のクロスオーバー抑制を達成しました。

スルファニル修飾穴あきグラフェンが、高いプロトン伝導度とクロスオーバー抑制を両立するメカニズムを検討するため、グラフェンの穴周りのスルファニル官能基をモデル化し(図5(a))、プロトン、メタノール、ギ酸がそれぞれこの官能基部を透過するのに必要なエネルギー障壁を計算シミュレーションで求めました。その結果、プロトンは、メタノールやギ酸と比べて、スルファニル官能基部を透過するために必要なエネルギーがはるかに小さく、容易にホッピング移動できることが分かりました(図5(b))。

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図1. スルファニル酸修飾した穴あきグラフェンモデル。茶色が炭素、赤が酸素、黄色が硫黄、水色が水素、青がプロトンを示す。
(a) スルファニル酸による化学修飾の様子。グラフェンの穴の周りにスルファニル官能基修飾を行った。
(b) スルファニル酸修飾したグラフェンの官能基部における燃料分子の透過抑制とプロトン伝導メカニズムの模式図。プロトンはグラフェン膜の穴を通過するが、燃料分子は立体障害により、通過できない。

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図2. スルファニル官能基修飾を行った穴あきグラフェンの電子顕微鏡像。
(a) スルファニル修飾穴あきグラフェン上に、直径5-20 nm程度の穴があいている(赤矢印部分)。
(b) 高い結晶性を持ったグラフェン格子が穴の周りに観察された。図中右上は、電子線回折像。

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図3. 本研究で用いた2極式の電気化学用H型セルの構成。
左右の両極室から電解液が漏れ出さないようにグラフェン膜を隔膜として中央に配置した。

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図4. プロトン伝導度、メタノールおよびギ酸のクロスオーバー率の比較。
グラフェン膜(1層及び3層:GL)、スルファニル修飾穴あきグラフェン(1層及び3層:fGL)、自製の厚さ2 μmのナフィオン膜および隔膜なし(両極の電解液が自由に行き来できる状態)の比較。

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図5. プロトン、ギ酸、メタノールのスルファニル修飾穴あきグラフェン透過に関する計算科学的シミュレーション。
(a)スルファニル修飾穴あきグラフェンをプロトン、メタノール、ギ酸が透過するモデル。
(b)プロトン、メタノール、プロトンがスルファニル修飾穴あきグラフェンを透過するのに必要な障壁エネルギーの計算結果。エネルギーが大きいほど、膜を透過しにくい。

特記事項

掲載論文
【題 名】 Suppression of Methanol and Formate Crossover through Sulfanilic-functionalized Holey Graphene as Proton Exchange Membranes.
(プロトン交換膜としてスルファニル修飾穴付きグラフェンを用いたメタノールとギ酸クロスオーバーの抑制)
【著者名】 Samuel Jeong, Tatsuhiko Ohto, Tomohiko Nishiuchi, Yuki Nagata, Jun-ichi Fujita, and Yoshikazu Ito
【掲載誌】 Advanced Science 【掲載日】 2023年9月8日
【DOI】 10.1002/advs.202304082

本研究は、JSTさきがけ(JPMJPR2115)、向科学技術振興財団、科研費(JP20H04628、JP20H04639、JP21H02037、JP21KK0091、JP23K17661)、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム材料研究機構微細構造解析プラットフォーム(Grant Number: JPMXP09A20NM0013)、東北大学金属材料研究所新素材共同研究開発センター共同研究(Proposal No. 202011-CRKEQ-0001)、HPCI利用研究課題(hp210096)、他の研究プロジェクトの一環として実施されました。

SDGSの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

直接メタノール型燃料電池・直接ギ酸型燃料電池

メタノールやギ酸を燃料として用い、空気中の酸素との反応により電力を得る燃料電池。燃料から水素を取り出さずに、これらを燃料として直接利用することができる。

プロトン伝導度

プロトンがどれだけ早くプロトン交換膜を移動できるかを表す指標。本研究では単位面積当たりのプロトンが透過しやすさ(面的プロトン伝導度)を用いた。

クロスオーバー率

プロトン交換膜の単位面積および単位時間当たりに、燃料分子がどのくらい作用極から対極へクロスオーバーするかを表す指標。燃料電池の場合は燃料を入れる燃料極から空気極へクロスオーバーした程度を、電気化学的二酸化炭素還元反応においては燃料が生成されるカソードからアノード側へのクロスオーバーの程度を示す。