小型テラヘルツ合分波器を新開発

シリコンチップが6Gの未来を切り拓く

2021-4-29工学系

研究成果のポイント

  • シリコンチップによって、テラヘルツ波を用いた6Gやその先の超大容量通信を切り拓く技術を開拓
  • 周波数の異なるテラヘルツ信号の合分波器機能を小型チップで実現
  • データレート48ギガビット毎秒の高速通信を可能とする4チャネルデバイスの開発に成功

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の冨士田誠之准教授、永妻忠夫教授、Daniel Headland(ダニエル ヘッドランド)招へい教員(当時:特任研究員(常勤))らは、オーストラリア アデレード大学Withawat Withayachumnankul(ウィザワット ウィザヤチュムナンクル)准教授(大阪大学大学院基礎工学研究科招へい教員を兼務)と共同で、シリコンを用いた小型テラヘルツ合分波器(図1)の開発に成功しました。

電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波であるテラヘルツ波は、次世代の移動体通信6Gなどの超高速無線通信への応用が期待されていますが、そのデバイス技術が未熟という課題があります。特に、超大容量通信の実現に向けて、複数のチャネルを用いた情報伝送を可能とする信号多重化技術が必要であり、テラヘルツ信号を合成・分離する合分波器の開発が求められています。

本研究グループは、誘電体としてのシリコンに着目し、テラヘルツ波のトンネリング現象(図2)を利用することで、300ギガヘルツ帯の4チャネル合分波器の開発に成功しました。本デバイスの大きさは、約4cm2と極めて小型であり、テラヘルツ波を用いた超大容量通信の各種応用展開を切り拓く成果であるといえます。

本研究成果は、米国科学誌「Optica」に2021年4月29日(木)午後11時(日本時間)にオンライン出版されました。

20210429_2_fig1.png

図1. 開発したテラヘルツ合分波器の写真。

20210429_2_fig2.png

図2. テラヘルツ波のトンネリング現象の説明図。(a)シリコン配線中を伝搬するテラヘルツ波には、シリコンからの染み出し成分が存在するが、(b)別のシリコン構造を近づけると、テラヘルツ波が空隙をまたいで乗り移る。(c)テラヘルツ波の波長が短くなると(周波数が高くなると)、染み出し成分が減るため、テラヘルツ波が乗り移らない状況になるが、(d)空隙を狭くすると乗り移る。(e)空隙の大きさと周波数の関係を利用して、空隙の大きさを調整した構造で合分波器が設計できる。

研究の背景

近年、携帯電話など、電磁波を用いた情報通信応用が急速に進展しています。電磁波を特徴づける値として、周波数と波長がありますが、一般に周波数が高いほど大容量の情報を伝送することが可能なため、2020年3月に商用サービスが開始された第5世代移動通信システム(5G)では、28ギガヘルツ帯の電磁波(ミリ波)が利用されることになりました。一方、5Gの次世代のシステムである6Gに関する研究開発が活発化しており、5Gを超えた超高速無線通信の実現を目指したより高い周波数の電磁波、テラヘルツ波に関する研究が進展しています。ここで、光ファイバ通信では実用化されている複数の異なる波長(周波数)の光(電磁波)に情報を乗せて伝送する波長(周波数)多重通信技術が、超大容量テラヘルツ通信実現の鍵です。そのような周波数多重通信では、複数の異なる周波数の信号を合成・分離する合分波器が必要です。しかしながら、光通信で広く利用されている合分波器の大きさは、一片の大きさにして波長の2000倍以上あり、光と比べて波長の長いテラヘルツ波では、極めて大きくなってしまう、という課題があります。例えば、300ギガヘルツ帯では、約2メートルもの大きさになります。また、通常の電子回路で利用される金属配線で合分波器を構成しようとすると、テラヘルツ帯では信号が吸収されて小さくなってしまうため、テラヘルツ帯では小型で実用的な合分波器は実現されていませんでした。

研究の内容

本研究グループでは、誘電体としてのシリコンに着目しました。抵抗率の高いシリコンはテラヘルツ波の吸収が極めて小さく、微細加工が可能な理想的な誘電体です。また、屈折率が高く、テラヘルツ波を強く閉じ込めることが可能なため、デバイスサイズの微小化も可能です。シリコン配線中を伝搬するテラヘルツ波には、シリコンからの染み出し成分が存在しますが、このシリコン配線に別のシリコン構造を近づけると、テラヘルツ波が空隙をまたいで乗り移ります(テラヘルツ波のトンネリング現象)。ここで、テラヘルツ波の波長が短くなると(周波数が高くなると)、染み出し成分が減るため、テラヘルツ波が乗り移らない状況になりますが、空隙を狭くすると乗り移ります(図2)。このような周波数依存性と空隙の大きさの関係を利用した設計を巧みに行うことで、周波数によってシリコン配線中を伝搬するテラヘルツ波の経路を分けることが可能です(図3)。このような設計指針に従い、300ギガヘルツ帯で動作する4チャネルの合分波器の開発に成功しました。その一片の大きさは波長のわずか25倍であり、通常の光通信用の合分波器と比較して、面積比で約1/6000に小型化されました。作製した合分波器にテラヘルツ送信器と受信器を接続し、通信実験を行ったところ、各チャネルにおいて、オンオフ変調方式で12ギガビット毎秒以上、すなわち、合計48ギガビット毎秒以上の通信実験に成功しました(図4)。今後、共鳴トンネルダイオードなどの送受信デバイスを集積化した小型テラヘルツトランシーバーの開発を進めるとともに、動作周波数の向上、チャネル数の増加および、多値変調方式の利用などを進めることで、6Gのさらに次世代の目標になると予想される1テラビット毎秒級の超大容量通信の実現にもつながります。また、本デバイスと同様の設計を行うことで、光通信用合分波器の小型化も可能です。

20210429_2_fig3.png

図3. 開発した合分波器の動作のイメージ。様々な周波数成分を含む広帯域なテラヘルツ波が開発した合分波器で4つの伝送チャネルから合成、もしくは、4チャネルに分離される。

20210429_2_fig4.png

図4. 開発した合分波器を用いたテラヘルツ通信実験の様子。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

シリコン配線を用いた小型テラヘルツ機能デバイスの実現は、今後、経済発展と社会課題の解決の両立を目指す仮想空間と現実空間を高度に融合させたサイバーフィジカルシステムの実現において鍵となる超大容量通信技術が携帯端末やドローン、自動運転、航空宇宙応用など、様々なシーンにおいて実装されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年4月29日(木)午後11時(日本時間)に米国科学誌「Optica」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Gratingless integrated tunneling multiplexer for terahertz waves”
著者名:Daniel Headland, Withawat Withayachumnankul, Masayuki Fujita, and Tadao Nagatsuma

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」研究領域における研究課題「共鳴トンネルダイオードとフォトニック結晶の融合によるテラヘルツ集積基盤技術の創成」(研究代表者:冨士田 誠之)の一環として行われ、その一部は科研費およびAustralia Research Council Discovery grantの支援を受けました。

用語説明

テラヘルツ波

およそ100ギガヘルツ(0.1テラヘルツ)から10,000ギガヘルツ(10テラヘルツ)の電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波。電波の透過性と光の直進性をあわせもつ。発生、検出技術が未熟なため、未開拓電磁波領域と呼ばれている。周波数と波長の積は光の速度であり、300ギガヘルツ(0.3テラヘルツ)は波長1ミリメートルに相当する。

6G

第6世代(6th Generation)移動通信システムの略。「高速・大容量」、「低遅延」、「多数同時接続」という特徴を有する第5世代移動通信システム(5G)の次世代(Beyond 5G)として、2020年3月に5Gの商用サービスが開始されたのち、その研究開発が活発化している。

合分波器

複数の入力を一つの信号として、合成・多重化して出力するデバイスが合波器。逆に多重化された信号を分離するデバイスが分波器であるが、両者をまとめて合分波器と呼ぶ。

トンネリング現象

粒子が量子力学的効果で障壁を通り抜け、あたかもトンネルを抜けたかのように反対側に現れる現象のこと。ここでは、電子と光のアナロジーから、導波路に閉じ込められたテラヘルツ波が空隙を隔てた別の導波路に結合して、乗り移ることを表す。

オンオフ変調方式

情報を伝送するにあたり、信号の有るオン状態をデジタルデータの1、無いオフ状態を0とした最もシンプルな変調方式。システム構成を簡単にできるが、大容量通信には広い周波数帯域が必要。限られた周波数帯域において、より多くの情報を伝送するために振幅および位相に対して複数の状態を割り当てた多値変調方式が用いられる。

共鳴トンネルダイオード

異なる半導体材料からなるヘテロ接合により形成された2つの極薄のエネルギー障壁層と、その間の量子井戸層から構成される高速動作可能な小型電子デバイス。大阪大学大学院基礎工学研究科とローム株式会社の研究グループは、2011年に共鳴トンネルダイオードを用いたテラヘルツ無線通信に成功し、2019年12月には共鳴トンネルダイオードが高感度なテラヘルツ受信器として利用可能なことを見いだし、30ギガビット毎秒のテラヘルツ無線通信を達成(2019年12月2日プレスリリース「未開の電磁波テラヘルツ波の検出感度を1万倍に向上」https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20191202_1)、2021年2月には非圧縮フル解像度8K映像の伝送実験にも成功した(2021年2月1日プレスリリース「世界初!フル解像度8K映像を非圧縮で無線伝送」https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210201_1)。