6Gやその先の大容量通信に向けたブレイクスルー

6Gやその先の大容量通信に向けたブレイクスルー

「偏波」の制御で小型デバイスのテラヘルツ通信容量を倍に!

2024-8-30工学系
基礎工学研究科教授冨士田 誠之

研究成果のポイント

  • テラヘルツ波偏波という性質に着目し、小型デバイスで経路を制御できる技術を開発
  • 有効媒質と空隙構造の利用で100ギガヘルツ以上の広い帯域幅を実現
  • 6Gおよび未来の情報通信技術の発展に寄与

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の冨士田誠之准教授、永妻忠夫教授(研究当時、現:大阪大学産業科学研究所 特任教授)、Weijie Gao(ウエイジエ ガオ)特任研究員(常勤)らは、オーストラリア アデレード大学のWithawat Withayachumnankul(ウィザワット ウィザヤチュムナンクル)教授(大阪大学大学院基礎工学研究科招へい教員を兼務)、Christophe Fumeaux(クリストフ フュモー)教授(研究当時、現:オーストラリア クイーンズランド大学 教授)、大阪産業技術研究所の村上修一電子デバイス研究室長と共同で、テラヘルツ波の偏波を100ギガヘルツ(0.1テラヘルツ)以上の広帯域幅で経路を制御し、多重化・分離できる小型デバイス(図1)の開発に成功しました。

電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波であるテラヘルツ波は、次世代の移動通信システム「6G」(GはGeneration、世代を意味する)における超高速無線通信への応用が期待されています。通信容量の増大、あるいは双方向通信の実現に向けて、現在、第5世代移動通信システム「5G」で利用されている28ギガヘルツ帯の最大帯域幅0.4ギガヘルツよりも二桁、あるいは、今後、40ギガヘルツ帯で割り当て予定の6.5ギガヘルツよりも一桁以上広い帯域幅でテラヘルツ波の経路を制御できる新たな技術の開発が求められています。

本研究グループは、テラヘルツ波の偏波の性質に着目し、直交した2つの偏波を多重化あるいは分離することで(図2)、同じ周波数帯域で倍の伝送容量、あるいは双方向通信が可能になる技術を開発しました。

本研究成果は、独国科学誌「Laser & Photonics Reviews」に2024年8月30日(金)にオンライン掲載されました。

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図1. 開発した小型テラヘルツ偏波多重化分離デバイスの写真。

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図2. 開発した偏波分離多重化デバイスの動作イメージ。ポート1に同時に入力された水平偏波と垂直偏波がポート2とポート3の出力として、分離される。あるいは、ポート2とポート3から入力された水平偏波と垂直偏波が合成されてポート1から出力される。

研究の背景

2020年にサービスが開始された5Gの次の世代となる6G、そしてさらなる未来の情報通信に向けた研究開発が活発化しています。一般に電磁波の周波数が高いほど広い周波数帯域幅が利用でき、大容量の情報を伝送することが可能です。そのため、5Gを超える高速大容量通信の実現に向けては、およそ100ギガヘルツから1テラヘルツのテラヘルツ波の利用が期待されています。最近では、さらなる高速化のため、周波数利用効率の高い多値変調方式の利用が検討されています。さらに、テラヘルツ信号の多重化技術が研究開発されており、広い周波数帯域で動作するデバイスの開発が必要です。これまでは3次元的で大型の金属中空導波管を用いたデバイスが主流でしたが、大阪大学のグループではこれに代わり、小型化、低コスト化、半導体素子との集積化が容易なシリコンを用いたデバイスの研究開発を行ってきました。

研究の内容

研究グループでは、テラヘルツ波の偏波という性質に着目しました。直交する偏波同士は、同じ周波数でも混じり合わないという性質があるため、2つの直交する偏波に異なる情報を載せることで信号の多重化が可能です。例えば、同じ周波数帯域の利用で伝送容量を倍にする、あるいは同じアンテナで送信と受信の双方向通信をすることができます。そのためには、空間的に分離している偏波を多重化、あるいは重なり合った偏波を分離する偏波多重化分離デバイスの実現が必要です。シリコン配線中を伝搬するテラヘルツ波には、シリコンからの染み出し成分が存在することを利用して、このシリコン配線に別のシリコン配線を近づけると、テラヘルツ波が乗り移ります。本研究では電界の振動方向がシリコンの板に対して水平方向である水平偏波と垂直方向である垂直偏波で材料との相互作用を変え、同じ周波数で水平偏波と垂直偏波の伝搬方向を分離することに成功しました(図3)。

また、図1に示すような厚さ238ミクロンのシリコンの板に周期100ミクロンで孔を空けた人工媒質を配線の周辺に形成するとともに、幅100ミクロン以下の空隙を形成することで、水平偏波と垂直偏波の違いを強調し、デバイス本体部分を約50mm2の面積まで小型化することに成功しました。ここで、この人工媒質の大きさは対象とする波長である約1ミリメートルよりも十分に小さく、かつ周波数依存性が小さい有効媒質として働きます。空隙も同様に波長と比較して十分に小さいため、225ギガヘルツから330ギガヘルツという100ギガヘルツを超える従来の多重化分離デバイスと比較して、約2倍広い帯域幅にて多重化分離機能が実現できました(図4)。作製した偏波多重化分離デバイスにテラヘルツ送信器と受信器を接続し、通信実験を行ったところ、水平偏波と垂直偏波ともに75ギガビット毎秒での伝送に成功しました(図5)。すなわち、水平偏波と垂直偏波を同時に用いれば、倍となる伝送容量(ここでは、150ギガビット毎秒)が得られます。あるいは、75ギガビット毎秒での双方向通信も可能です。

今後、シングルチャネルにて世界最高の通信速度が得られている超低雑音信号発生器を利用することで500ギガビット毎秒級に迫るシングルキャリア周波数での通信に加え、より高い周波数帯の利用による一層広い帯域幅の実現と周波数多重化を組み合わせ、テラビット毎秒級の伝送容量の実現することも期待できます。また、100ギガヘルツを超える帯域幅を活かすことで、ミリメートル級の空間分解能を有するレーダーセンシングと通信とを融合させたような新たな応用の開拓にもつながります。さらには、偏波の違いに対する物体の応答の違いを利用した偏光センシングへの応用も可能であり、その際には、広帯域性を反映させることで高い空間分解能や多くの周波数特性情報の取得を可能にします。そして、動作周波数をスケーリングさせた設計を行うことで、光通信波長帯全てをカバーしたような偏波制御デバイスの実現も可能です。

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図3. 開発した偏波多重化分離デバイスのシミュレーション結果。水平偏波を入力した場合にはポート1からポート2に、垂直偏波を入力した場合にはポート1からポート3にテラヘルツ波が伝搬する様子がわかる。

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図4. 開発した偏波多重化分離デバイスの測定結果。ポート1からポート2に対して、水平偏波が50%以上(-3デシベル以上)の透過率が得られる一方、垂直偏波の透過率は1%以下(-20デシベル以下)である。ポート1からポート3に対しては、垂直偏波が50%以上(-3デシベル)の透過率が得られる一方、水平偏波の透過率は1%以下(-20デシベル以下)である。すなわち、ポート1からポート2は水平偏波が透過、ポート1から3は垂直偏波が透過しており、確かに偏波多重化分離機能が実現できていることを示している。

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図5. 開発した偏波分離多重化デバイスを用いたテラヘルツ通信の実験結果。水平偏波(赤の三角のプロット)と垂直偏波(青の四角のプロット)ともに75ギガビット毎秒において、誤り訂正可能なビット誤り率(3.8×10-3)以下での通信結果が得られ、伝送実験に成功した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

周波数資源を有効利用しながら、小型デバイスでテラヘルツ無線の伝送容量を倍、あるいは双方向通信を可能とする本研究成果の技術は、大容量無線通信デバイスシステムの偏在化や通信とセンシングとが高度に融合するような6Gおよびその未来の情報通信技術の発展に寄与することが期待されます。すなわち、テラヘルツ波が携帯端末やセキュリテイ、ヘルスケア、遠隔検査・操作、ドローン、ロボット、自動運転、空飛ぶ車、航空宇宙応用など、様々なシーンにおいて実装され、現実世界にて、ワイヤレスでセンシングし、通信した大容量の情報を人工知能で処理し、現実世界にワイヤレスでフィードバックさせるような現実世界と仮想空間とを高度に融合させた、いわゆるサイバーフィジカルシステムの実現に寄与することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年8月30日(金)に独国科学誌「Laser & Photonics Reviews」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Ultra-wideband terahertz integrated polarization multiplexer”
著者名:Weijie Gao, Masayuki Fujita, Shuichi Murakami, Tadao Nagatsuma, Christophe Fumeaux, and Withawat Withayachumnankul
DOI: 10.1002/lpor.202400270

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「情報担体を活用した集積デバイス・システム」研究領域における研究課題「時空間分布制御テラヘルツ集積デバイスシステムの創成」(研究代表者:冨士田 誠之、課題番号JPMJCR21C4)の一環として行われ、その一部は情報通信研究機構Beyond 5G 研究開発促進事業および、Australia Research Council Discovery grantの支援を受けました。

参考URL

冨士田 誠之 准教授 researchmap
https://researchmap.jp/fujitamasayuki

用語説明

テラヘルツ波

およそ100ギガヘルツ(0.1テラヘルツ)から10,000ギガヘルツ(10テラヘルツ)の電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波。電波の透過性と光の直進性をあわせもち、次世代の情報通信システムや様々な産業分野での利活用が期待されている。300ギガヘルツ(0.3テラヘルツ)は波長1ミリメートルに相当する。

偏波

テラヘルツ波を含む電磁波は進行方向と垂直に振動する横波であり、その振動の向きを表す。電界が1つの平面内に存在し、一定方向に振動する直線偏波では、電界が基準面に水平な水平偏波と垂直な垂直偏波の直交する2成分を考えることができる。

多値変調方式

情報を伝送するにあたり、信号の振幅および位相に対して複数の状態を割り当てることで限られた周波数帯域幅において、より多くの情報を伝送できる通信方式。テラヘルツ帯で多値変調を行う上での大きな課題の1つは、信号発生器の雑音であった。

(2024年1月31日大阪大学プレスリリース「シングルチャネルで世界最高の無線通信速度を達成!」)

シリコン

大阪大学のグループでは代表的な半導体材料であるシリコンを誘電体として用い、テラヘルツ信号の多重化分離デバイス(合分波器)の小型化に成功している。ただし、これは周波数依存性を利用したデバイスであるため、動作帯域幅に課題があった。

(2021年4月29日大阪大学プレスリリース「小型テラヘルツ合分波器を新開発」)