世界初!フル解像度8K映像を非圧縮で無線伝送
- テラヘルツがBeyond5G、6Gへと加速する
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の冨士田誠之准教授、永妻忠夫教授、Julian Webber(ジュリアン ウェバー)特任助教(常勤)、大学院生の大城敦司さん(博士前期課程)、岩松秀弥さん(博士前期課程)、Daniel Headland(ダニエル ヘッドランド)特任研究員(常勤)、大学院生の山神雄一郎さん(博士前期課程)、Alex Koala(アレックス コアラ)さん(博士後期課程)、基礎工学部学部生の伊豫田圭さんらは、ローム株式会社と共同で300ギガヘルツ帯のテラヘルツ波(図1)を用いることで非圧縮フル解像度8K映像の無線伝送に世界で初めて成功しました。
次世代の移動体通信規格6Gでは、8K等の超高精細映像を低遅延かつ低消費電力に伝送することが期待されています。しかしながら、超高精細映像のデータ量は膨大なため、マイクロ波やミリ波で無線伝送を行う場合にはデータ圧縮を行う必要があり、それに伴う遅延や消費電力の増大が課題となっています。そのため、超高精細映像を非圧縮で無線伝送する技術の開発が求められています。
本研究グループは、従来のマイクロ波やミリ波では不可能な広い帯域を利用できる可能性がある300ギガヘルツ帯のテラヘルツ波に着目しました。データレート48ギガビット毎秒の非圧縮8K映像信号を2チャンネルのテラヘルツ波で伝送するシステムを構築し(図2)、その広帯域性を活かし、シンプルなオンオフ変調方式によって、8K映像の無線伝送に成功しました(図3)。
本成果はテラヘルツ波の有用性を示す成果であり、Beyond5Gから6Gへの実現に向けた研究開発の動きが加速することが期待されます。
研究の背景
2020年3月には第5世代移動通信システム(5G)の商用サービスが開始され、その先の将来のシステムに向けたBeyond5G(6G)に関する研究開発が活発化しています。6Gが実現した暁には、超高精細な映像の無線伝送によって、仮想現実ともいえるようなリッチなコミュニケーションが遠隔で実現することが期待されています。そのためには、膨大なデータ量を有する高精細映像の伝送を可能にする超高速・大容量の通信を実現することに加え、遅延を抑えたリアルタイム性が要求されます。また、様々な利用シーンで利活用するためには消費電力を低く抑制する必要があります。2018年12月に実用放送が始まった8Kスーパーハイビジョンは現実に迫る臨場感を実現していますが、これを現在の放送システムや5Gのシステムを用いて、マイクロ波もしくはミリ波で無線伝送する際にはデータ圧縮する必要があり、それに伴う遅延や消費電力の増大が課題になります。この課題を解決するには超高精細映像を非圧縮で無線伝送する技術が必要です。
研究の内容
電磁波を特徴づける値として、周波数と波長がありますが、一般に周波数が高いほど大容量の情報を伝送することが可能であり、テラヘルツ波はマイクロ波、ミリ波と比べて高い周波数を有します(図1)。冨士田准教授らのグループでは、300ギガヘルツ帯のテラヘルツ波に着目しました。周波数差が300ギガヘルツ帯になるように設定した波長1.55ミクロン帯のレーザペアの出力を強度変調器によって8K映像信号源で変調し、光電変換デバイスでテラヘルツ波に変換することでテラヘルツ送信器を2チャンネル構成しました(図2)。ここで、8K映像信号源として、4チャネルの12ギガビット毎秒の信号として出力される市販の非圧縮フル解像度8K映像コンテンツ(アストロデザイン社)を準備し、これを2チャンネルの24ギガビット毎秒信号になるように多重化したオンオフ変調信号を用いました。無線伝送されたテラヘルツ波は共鳴トンネルダイオードを用いたテラヘルツ受信器で検波された後、2チャンネルから4チャネルに分離され、HDMIケーブルを経て、8Kモニタに接続されました。以上のシステムを用いることで、48ギガビット毎秒に相当する非圧縮8K映像のテラヘルツ波による無線伝送に成功しました(図3)。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
超高精細映像の非圧縮無線伝送技術が、社会課題に直結する遠隔医療やテレワークなどの質の向上をもたらすとともに、超高精細映像のビッグデータを利活用したフィジカル・サイバー融合の高度化につながり、Beyond5Gから6G実現に向けた研究開発が加速することが期待されます。
特記事項
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」研究領域における研究課題「共鳴トンネルダイオードとフォトニック結晶の融合によるテラヘルツ集積基盤技術の創成」(研究代表者:冨士田 誠之)の支援を受けて行われました。
本研究に関わる成果は、2021年2月3日(水)14時からオンラインで開催予定のJST-CREST 3領域合同シンポジウム「コロナ禍で加速するDX時代のエレクトロニクスの新潮流」
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research/activity/1111078/index.html
および、2021年3月10日(水)にオンラインで開催予定の電子情報通信学会総合大会の企画セッション「Beyond5Gに向けたテラヘルツ研究の最前線」
https://www.ieice-taikai.jp/2021general/jpn/
等で報告されます。
参考URL
JST CREST 共鳴トンネルダイオードとフォトニック結晶の融合によるテラヘルツ集積基盤技術の創成 URL https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/41/15656437.html
↑CRESTに関連する成果ビデオ URL https://youtu.be/lxPOy9Ib4EU
図1 電磁波の呼称と周波数、波長の関係。電波と光の境界領域のおよそ100 GHzから10 THzの領域がテラヘルツ波と呼ばれている。本研究では300 GHz帯に着目した。
図2 300 GHz帯テラヘルツ波を用いた非圧縮8K映像無線伝送システムのブロック図。オンオフ変調方式にて、24 Gbit/sの伝送を可能とするテラヘルツ送信器-受信器リンク2チャンネル分と8K映像信号処理に関わる部分から構成される。
図3 300 GHz帯テラヘルツ波を用いた非圧縮8K映像無線伝送の様子。2チャンネルの光電変換送信器と共鳴トンネルダイオード受信器の間を無線伝送している。
用語説明
- テラヘルツ波
およそ100ギガヘルツ(0.1テラヘルツ)から10,000ギガヘルツ(10テラヘルツ)の電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波。電波の透過性と光の直進性をあわせもつ。発生、検出技術が未熟なため、未開拓電磁波領域と呼ばれている。
- オンオフ変調
情報を伝送するにあたり、信号の有るオン状態をデジタルデータの1、無いオフ状態を0とした最もシンプルな変調方式。システム構成を簡単にできるが、大容量通信には広い周波数帯域が必要。一方、限られた周波数帯域において、より多くの情報を伝送するために振幅および位相に対して複数の状態を割り当てた多値変調方式が用いられるが、システム構成が複雑になり、消費電力が高くなる。
- 8K
水平7,680画素(約8,000 = 8K画素)、垂直4,320ラインを有する超高精細映像の規格。現在の地上デジタル放送(ハイビジョン)と比較して、水平4倍、垂直4倍の4×4=16倍の解像度を有し、圧倒的な臨場感や実物感をもたらす。エンターテイメントのみならず、圧倒的な情報量のデータを活用した産業応用も期待されている。非圧縮フル解像度8K映像信号の伝送には、48ギガビット毎秒以上のデータレートが必要。
- 5G
第5世代(5th Generation)移動通信システムの略。「高速・大容量」、「低遅延」、「多数同時接続」という特徴を有する。2020年3月に商用サービスが開始され、それとともに5Gの次の世代(6G)を目指したBeyond 5Gに関する研究開発が活発化している。
- 光電変換
光子と電子の相互作用を利用して、光を電気に変換すること。ここでは、異なる周波数f1、f2を有する2つのレーザ光を光電変換デバイスであるフォトダイオードへと入力することでその周波数差に相当する光ビート信号を周波数f1-f2で振動する電流に変換することでテラヘルツ波を発生させた。
- 共鳴トンネルダイオード
異なる半導体材料からなるヘテロ接合により形成された2つの極薄のエネルギー障壁層と、その間の量子井戸層から構成される高速動作可能な電子デバイス。大阪大学とロームの研究グループは、2011年に共鳴トンネルダイオードを用いたテラヘルツ無線通信に成功し、2019年12月には共鳴トンネルダイオードが高感度なテラヘルツ受信器として利用可能なことを見いだし、30ギガビット毎秒のテラヘルツ無線通信に成功した(2019年12月2日プレスリリース「未開の電磁波テラヘルツ波の検出感度を1万倍に向上」https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20191202_1)。
- HDMI
High-Definition Multimedia Interfaceの略で映像などのデジタル信号を伝送するための通信規格。HDMI2.1では、12ギガビット毎秒のケーブル4本で非圧縮フル解像度8K映像信号の伝送を可能とする。