小さな世界を、大きく描く。結晶成長過程をコロイドで再現
材料開発、たんぱく質結晶由来の疾病の理解に貢献
研究成果のポイント
- 固体の表面で原子や分子が集まって結晶を形成する現象は、金属や半導体、たんぱく質などさまざまな物質に見られる。しかし、原子や分子の振る舞いをリアルタイムに追い続けることは現代の技術でも容易ではない。
- 原子が集まって核を形成し、その核が成長して結晶が形成される様子を、コロイドを使って再現実験することに成功。
- 原子よりも十分に大きなコロイド粒子を原子に見立てて実験することで、結晶が形成されていく様子を原子スケールで観察することができる。
概要
固体の表面に原子や分子が集まってくると、互いに結合して規則的に並びながら結晶を形成していきます。この現象は、金属や半導体、たんぱく質などのさまざまな物質において見られます。結晶の成長は、原子や分子が集まって核を生成し、その核が成長することで進行しますが、その過程を原子スケールで観察することは容易ではありません。今回、大阪大学大学院基礎工学研究科の中村暢伴准教授、同大学院工学研究科の荻博次教授らの研究グループは、コロイド粒子を原子に見立てたモデル実験を行い、特定の条件において固体の表面でコロイド粒子が原子のように振る舞いながら核生成・核成長することを確認しました。また、コロイド粒子が結晶を形成する様子と、実際の材料での結晶の形成に類似点があることが分かりました。この成果は核生成・核成長のメカニズムの理解に貢献するものであり、新しい結晶材料の開発やたんぱく質の結晶化に起因する疾病の理解などにも貢献することが期待されます。本研究成果は、Scientific Reportsにて、4月26日(月)(日本時間18時)に公開されました。
研究の背景
原子や分子が規則的に並んだ固体は結晶と呼ばれます。金属材料やダイヤモンドなど、我々の身の回りにはさまざまな結晶が存在します。結晶を作製する手法のひとつに原子を固体表面に降り積もらせて堆積させるものがあります。この手法は電子機器で使われる薄膜の作製などで使われており、固体表面で原子が動き回り、複数の原子が衝突して核を形成し、周囲の原子を取り込みながら核が成長するという結晶形成過程をたどります。ある物質の表面に原子や分子が集まって、核生成・核成長を経て結晶を形成するというプロセスは、たんぱく質などにも見られる一般的な現象であり、核生成・核成長のメカニズムを理解することは新規材料の開発だけでなく、たんぱく質の結晶形成が関与する疾病の理解にも貢献する可能性を秘めています。核生成・核成長の様子を観察するには、電子顕微鏡などを用いて個々の原子の運動を直接観察すればよいのですが、しだいに固体表面に堆積していく個々の原子の運動を長時間にわたって追跡することは容易ではありません。そこで、本研究ではコロイドを用いて原子が堆積して結晶を形成する過程を再現する実験を行いました。
本研究の内容
実験には直径1ミクロン程度の微小なガラスの粒子(コロイド粒子)を水溶液中に分散させたコロイドを用いました。このコロイドではコロイド粒子がブラウン運動をしながらゆっくりと沈殿し、底面に堆積していきます。原子や分子では、原子間(分子間)の距離が小さくなると、お互いに引き寄せようとする力が働きます。ところが、本実験で使用したコロイドでは、そのままではコロイド粒子同士が引き寄せることがありません。そこで、粒子同士が引き寄せあうように工夫をして実験を行いました。すると、特定の条件においてコロイド粒子が実際の原子のように核生成・核成長する様子が観察されました(図1)。固体表面での結晶形成過程を、核生成という極めて初期の段階から観察することに成功したといえます。さらに、形成された結晶の大きさが時間経過によってどのように変化するかを調べたところ、実際の材料の結晶形成過程と類似点があることが分かりました。
図1. ガラス基板に形成されたコロイド粒子の結晶
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
原子や分子が固体の表面で核生成・核成長する様子を、広範囲に渡ってリアルタイムかつ原子スケールで観察することは、最先端の実験手法を用いても容易ではありません。実験では観察が難しい個々の原子の運動を観察できること、コンピューターシミュレーションでも扱うことが容易ではない長時間にわたる結晶成長の様子を観察できることが、コロイドを使った再現実験の特徴です。
固体表面での結晶成長はさまざまな材料に見られる現象です。本研究の成果はコロイドを使うことで結晶成長過程を初期段階から観察・解析することが可能になることを示しており、この手法を用いて結晶が成長するメカニズムが十分に理解されれば、質の高い結晶成長による新材料の開発や結晶成長が関連する疾病の診断などに貢献すると期待されます。
特記事項
本研究成果は、2021年4月26日(月)(日本時間18時)に「Scientific Reports」に掲載されました。
タイトル:“Spontaneous nucleation on flat surface by depletion force in colloidal suspension”
著者名:Nobutomo Nakamura, Yuto Sakamoto, and Hirotsugu Ogi
DOI: 10.1038/s41598-021-87626-9
参考URL
中村 暢伴准教授の研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/c8e7ef1788069a17.html
用語説明
- コロイド
溶液中に直径がナノメートル・マイクメートル程度の微粒子(コロイド粒子)を分散させたもの。微粒子は溶液中でランダムに運動しますが、溶液に比べて密度が大きい場合は徐々に沈殿します。