熱伝導にも共振に似た現象がある事を発見!

熱伝導にも共振に似た現象がある事を発見!

微小物質の熱伝導率計測が可能に、熱交換効率の向上も

2016-11-3

本研究成果のポイント

・固体を素早く加熱するとき、音の共振現象に似た現象が、熱伝導においても発生することを発見。
・均一な材料であっても加熱されやすい場所と加熱されにくい場所があり、それぞれ、音の共振の「腹」と「節」に相当する。
・これまで計測が困難であった微小固体の熱伝導率を正確に計測することができ、効率の高い加熱・冷却・熱交換が可能に。

リリース概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の荻博次准教授、石田秀士助教らの研究グループは、固体の熱拡散の固有モード (以下、「熱モード」と呼びます)を観測することに世界で初めて成功しました。

音の共振現象(音響モード)に「腹」や「節」が存在することは良く知られていますが、熱伝導にもこのような「モード」が多数に存在することが分かりました。

熱モードを利用すると、これまで計測が極めて困難であった微小物質の熱伝導率を計測することができます。これは新たなヒートシンク 材料の開発に貢献します。また、熱モードを利用すれば、固体の加熱・冷却・熱交換の効率を上げることが可能になります。

本研究成果は、11月3日(木)(米国時間)に米国物理学会の専門誌「Physical Review Letters」オンライン版で公開されました。

図1 直方体の音響モードと熱モード
(a)直方体の音響モードの振動振幅の絶対値の表面での分布。赤色は激しく振動する箇所であり、モードの「腹」。青色は振動振幅の小さい箇所であり、モードの「節」。左から1次(基本)、2次、3次、4次モードを表す。モードの次数が上がるほど共振周波数は高くなる。(b)同じ直方体の熱モードの表面温度の絶対値の分布。赤色が温度変化の大きい領域であり、熱モードの「腹」。青色が温度変化の小さい領域であり熱モードの「節」。左から1次(基本)、2次、3次、4次モードを表す。モードの次数が上がるほど温度変化が完了するまでの時間(緩和時間)が短くなる。

研究の背景

音の共振のモード(音響モード)は多数存在し、各モードが固有の周波数と振動分布を持っています (図1(a)) 。鐘を叩くと、叩いた場所にモードの「腹」を有する様々な音響モードが立ち上がり、それぞれ固有の周波数で鳴り響きます。これらが重なり合い「音色(おんしょく)」を奏でます。

研究の内容

熱の伝導にもこのような「モード」が多数存在することが分かりました。本研究グループではこれらを熱モードと呼んでいます。音響モードと同様に、熱モードは固有の温度分布、つまり、固有の「腹」と「節」の位置関係を有します。熱モードにおける「腹」とは、温度変化の大きい領域を指し、「節」とは温度変化の小さな領域を意味します (図1(b)) 。固体を素早く加熱すると、様々な熱モードが立ち上がり、各モード固有の速度をもって温度変化を開始します。見かけは、固体の温度は一定の割合で上昇しますが、実は、異なる温度分布と異なる温度変化率を持った多くの熱モードが重なり合った結果、均一に一定の割合で温度上昇が起こるように感じるだけです。本研究グループでは、この見かけの温度変化率あるいは温度場のことを、「音色」になぞらえて「温色(おんしょく)」と呼びます。

音の場合は、録音して周波数解析を行うことで、「音色」を構成しているモードを特定することができ、振動分布に合致した叩き方をすることによって、選択的に一つのモードだけを鳴り響かせることも可能です。私たちは、熱についても同じことができることを見出し、これを実現することに成功しました。無作為に固体を加熱しても、多くの熱モードが発生して重なり合い、複雑な「温色」が生じます。ある熱モードだけを選択的に発生させたいときは、そのモードの腹部を限定的に加熱し、さらに、そのモードの腹部の温度だけを検出すれば良いのです。例えば、 図1(b) の直方体において、 図2 に示すように、左端中央部を加熱して、試料表面の真ん中の部分の温度変化だけを検出します。そうすると、加熱部と検出部においてともに「腹」を有する4次モードを観測することができます。

図2 熱モードの選択的励起と検出の例
図1(b) において、直方体表面の左端の中央部を瞬間的に加熱したとき、この部分に「腹」を有する1次モードと4次モードが励起されますが、表面の真ん中の温度だけを検出すれば、ここに「腹」を持つ4次モードを選択的に検出することができる。

熱モードによる熱の伝導は我々が通常認識しているものとは異なります。例えば、 図3(a) に示すように、固体の中央部をゆっくり加熱する場合、熱は四方八方へと伝わってゆきます。ところが、瞬間的に加熱した場合、 図3(b) のように、中央部に「腹」を持つ熱モードが発生し、固体内に境界が存在しないにもかかわらず、熱は「腹」の領域である縦方向に伝わります。シミュレーションにおいてもこの現象は確認できます (図3(c)) 。

図3 通常の熱伝導と熱モードによる熱伝導の比較
(a)通常の熱伝導では、加熱部から放射状に熱が伝わってゆくが、(b)熱モードの熱伝導では、まず、モードの腹領域が先に加熱される。(c)シミュレーションにおいても、モードの腹部だけが先に加熱されていることがわかる。

また、 図4 は、四面体の斜面の一部に加熱を行なった場合の熱モードを示しています。このモードでは、不思議なことに、加熱部から近い部分の温度がなかなか上昇せず、加熱部よりも遠い部分の温度が上昇することになります。

図4 四面体の熱モードの解析結果
固体形状が複雑になると、熱モードの温度分布も複雑になる。加熱部に近くても、すぐには温度が上がらない。

上述のような物理現象としての興味深さだけではありません。熱モード現象は実用的にも重要な概念です。第一に、熱モードを用いることにより、微小固体の熱伝導率を正確に計測することができます。加熱を受けて固体内にある熱モードが立ち上がると、平衡温度に向かって温度変化を開始しますが、平衡に達するまでに要する時間(これを緩和時間と呼びます)は、各モードに特有です。これは、音響モードにおいて、共振周波数が各モードに特有であることと同じです。緩和時間は固体の熱伝導率と深く関わっており、緩和時間を計測することにより、熱伝導率がわかります(緩和時間と熱伝導率は反比例の関係にあります)。現存の熱伝導率の計測手法では、ダイヤモンドのように高い熱伝導率を示し、かつ、大型化が難しい物質の熱伝導率の計測はとても困難です。ところが、本研究において見出した熱モードを利用すると、これが可能となり、高熱伝導率材料の開発に貢献すると考えられます。

また、加熱や冷却、熱交換の効率を上げることも可能となります。例えば、 図1(b) の4次モードの緩和時間は1次モードの緩和時間の4分の1です。ですから、この固体を素早く加熱したいとき、緩和時間の短い4次モードが励起されるように加熱部を選べば、1次モードが励起されるときにくらべて4倍早く温度上昇を起こすことができます。このように、固体の熱モードを考慮して、加熱や冷却、熱交換を行うことにより、それらの効率を上げることが可能となります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

熱モードという概念はこれまで認識されていませんでした。今回の発見により、微小固体においては、この現象が熱伝導を支配するため、学術的にも実用的にも重要であることが明らかとなりました。熱モードは、音の共振現象に相当する現象であり、同現象と多くの共通点を有します。音の共振の特徴を生かした多くのアプリケーションが存在しますが、熱の分野においても同様に、熱モードの特徴を生かしたアプリケーションが生み出されていくことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、11月3日(木)(米国時間)に米国物理学会の専門誌「Physical Review Letters」オンライン版で公開されました。

参考URL

大阪大学大学院 基礎工学研究科(基礎工学部) 機能創成専攻(機械科学コース) 平尾研究室HP
http://www-ndc.me.es.osaka-u.ac.jp/pmwiki/Main/HomePage

大阪大学大学院 基礎工学研究科(基礎工学部) 機能創成専攻(機械科学コース) 河原研究室HP
http://www-thermomech.me.es.osaka-u.ac.jp/

用語説明

モード

ある現象を構成している基本要素とその要素固有の空間パターンのことをいう。例えば、両端が固定された弦では、弾く場所によって、中央が大きく振動するときや、中央が全く振動しないときがあり、それぞれ、鳴り響く音の周波数が異なる。これは、中央部が大きく変位するという振動パターンや中央部が動かないという振動パターンが基本要素として存在しており、それらが、固有の周波数を持つためである。これらをモードと呼ぶ。

ヒートシンク

電子部品等に接続して冷却や加熱を行うための熱交換用の部材。一般的に、高い熱伝導率を有する物質が利用される。