音を使って、高い水素検出能力を持つパラジウムナノ粒子を作成することに成功!
安全安心な水素社会へ
研究成果のポイント
・水素ガスに対して、従来のパラジウムナノ粒子に比べて12倍も大きな水素検出能力(電気抵抗変化)を示すパラジウムナノ粒子を作成することに成功
・パラジウムナノ粒子の作成には、圧電体の共振(音)を利用した新技術を適用
・作成が容易で高感度な水素センサへの応用に期待
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の中村暢伴助教、大学院生の上野友也(博士前期課程2年)、同大学院工学研究科の荻博次教授の研究グループは、従来のパラジウムナノ粒子に比べて、12倍の水素検出能力を持ったパラジウムナノ粒子を作成することに成功しました。
大気などの気体に含まれる水素を検出する手法のひとつに、基板上に分散されたパラジウムナノ粒子を利用するものがあります。パラジウムナノ粒子が基板上で分散した状態では、粒子間に電流が生じないため基板表面の電気抵抗は高い状態にあります。ところが、パラジウムは水素を吸収すると体積膨張する性質を有しており、パラジウムナノ粒子の周囲の水素濃度が高くなると、体積膨張して互いに接触します。すると、粒子間の電気抵抗が低下し、基板表面の電気抵抗も低下します。この抵抗変化を測定することで水素を検出することができます (図1) 。この水素検出方法では、ナノ粒子の間隔をできるだけ小さくすることで、わずかな体積膨張で大きな抵抗変化を引き起こすことができます。つまり、低濃度の水素を高感度に検出することができます。しかしながら、ナノ粒子の間隔を制御することは容易ではありませんでした。
今回、中村助教らの研究グループは、圧電体の共振(音)を利用した独自の粒子間隔評価法を開発し、これをパラジウムナノ粒子の作成に適用することで、従来のものに比べて12倍も大きな抵抗変化を生じるパラジウムナノ粒子を作成することに成功しました(水素濃度は100ppm)。この成果は、低濃度での水素検出に優れた水素センサへの応用が期待されます。
本研究成果は、米国学術雑誌「Applied Physics Letters」にて、特に注目度の高い研究(Featured Article)として、5月20日(月)に公開されました。
図1 パラジウムナノ粒子による水素検出の概略
研究の背景
近年、水素をエネルギーとして利用する水素社会の実現に向けての取り組みが行われていますが、その安心・安全な運用においては漏洩などの早期検出が必要であり、水素センサが重要な役割を果たします。また、呼気中に微量に含まれる水素を検出して、呼気診断に応用しようとする研究も行われていますが、これにはppmオーダーでの水素検出能力を持った水素センサが必要となります。パラジウムを利用した水素センサは、水素選択性が高く、室温で動作するという特徴を有していますが、低濃度での応答性が高くありませんでした。水素センサの中でも、水素吸蔵によるパラジウムの体積膨張を利用するものは、分散していたパラジウムナノ粒子などが体積膨張によって互いに接触し、電気抵抗が低下することを検出原理としています。絶縁体(分散状態)から導体(接触状態)へと電気特性が変化することを利用するため、比較的大きな抵抗変化が得られます。この検出方式では、わずかな体積変化でナノ粒子が接触するように、粒子の間隔をできるだけ小さくすることが、高感度化のカギになります。今回、中村助教らはパラジウムの成膜初期に基板上に形成される、パラジウムナノ粒子に注目しました。このナノ粒子は、成膜中にナノ粒子が互いに接触して連続膜を形成する直前に成膜を中断することで、原理的には粒子間の距離を数ナノメートル以下にすることができます(※1成膜によるナノ粒子の作成) 。このようなナノ粒子を用いた水素検出法についてはこれまでにも研究されていますが、成膜中に粒子間の距離を評価することが困難なため、適切なタイミングで成膜を中断することが極めて困難でした。
本研究の内容
本研究では、独自に開発した音響的な手法を用いることで、水素検出能力に優れたパラジウムナノ粒子を作成することに成功しました。この音響的な手法では、基板の背面に圧電体を設置して、その鳴り響く様子(共鳴振動の減衰)を成膜中にモニタリングします。圧電体は基板にも薄膜にも触れていませんが、基板上に成膜されたパラジウムナノ粒子が接触しはじめると、急に鳴り響かなく(減衰が大きく)なります。そして、ナノ粒子同士の接触が完了する(連続膜が形成される)と、再び鳴り響くようになります。つまり、圧電体が鳴り響かなくなった時に成膜を中断すれば、粒子間の距離を最も小さくすることができます。なぜこのような現象が生じるかというと、圧電体が振動すると周囲に電場が発生し、この電場によって成膜されたパラジウム内に電流が生じます(※2圧電体の振動と電場) 。この電流は圧電体の振動エネルギーを消費することで発生するのですが、パラジウムナノ粒子が接触する瞬間に最も消費量が大きくなる性質を持っています (図2) 。この手法を用いて作成されたパラジウムナノ粒子を使うと、100ppmの水素に対して、最大で54%も電気抵抗が変化しました。これは、従来のパラジウムナノ粒子を用いたものに比べて12倍の変化率です。このように、音を使って水素検出能力を計るという、ユニークな手法を開発することで、水素検出能力に優れたパラジウムナノ粒子を作成することに成功しました。
図2 圧電体の共鳴振動を使った、パラジウムナノ粒子の粒子間距離評価法の概念図。
圧電体(緑色の直方体)が振動すると、その周囲に電場(青矢印)が発生します。この電場によって成膜されたパラジウム(オレンジ)に電流が生じます。このとき、圧電体の振動エネルギーの一部が使われ、ナノ粒子同士が接触するときに、エネルギー消費量が最大となり、結果として圧電体の振動の減衰が最大になります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で開発したパラジウムナノ粒子は、基板上にパラジウムを数nm程度成膜するだけで作成できます。パラジウムは高価な材料ですが、使用量は微量です。この特徴を生かして、安価で高感度な水素センサの開発に貢献することが期待されます。
研究者のコメント
基板にもナノ粒子にも触れることなく、その近くで鳴り響いている圧電体の振動を観察することでナノ粒子の電気特性を評価するという技術は、大変ユニークなものです。水素検出以外にも、この技術を応用できるものがないかと模索しています。
特記事項
本研究成果は、2019年5月20日(月)に米国学術雑誌「Applied Physics Letters」にて、特に注目度の高い研究(Featured Article)として公開されました。
タイトル:“Precise control of hydrogen response of semicontinuous palladium film using piezoelectric resonancemethod”
著者名:Nobutomo Nakamura, Tomoya Ueno, and Hirotsugu Ogi
DOI: 10.1063/1.5094917
なお、本研究の一部は科学研究費補助金(18H01883)および科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)の助成を受けて実施されました。
参考URL
大阪大学 大学院基礎工学研究科 機能創成専攻 非線形力学領域 垂水研究室
http://www-ndc.me.es.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- ※1成膜によるナノ粒子の作成
ガラスやシリコンの基板上にパラジウムなどの金属を成膜すると、最初に島状のクラスタ(ナノ粒子)が形成され、それが成長して互いに接触することで連続膜が形成されます。この形態の変化は膜厚が数ナノメートルのときに生じます。連続膜が形成される直前で成膜を中断すると、ナノ粒子間の距離を極めて小さくすることができます。
- ※2圧電体の振動と電場
圧電体とは、変形すると周囲に電場を発生させる材料で、代表的なものとして水晶があります。圧電体が振動すると、振動に合わせて交流の電場が発生します。圧電体を振動させるためには、電極を取り付けるのが一般的ですが、そのために周囲に電場が漏れにくくなってしまいます。本研究ではこれまでに開発したアンテナ発振法を用いることで、電極を取り付けずに振動を励起しています。そのため、周囲に強い電場が発生し、ナノ粒子の状態を評価することができます。