次世代半導体デバイス材料の革新的な評価手法が登場!!

テラヘルツ分光法による酸化ガリウムの超高周波特性の計測

2021-1-26工学系

発表のポイント

  • 次世代パワーデバイスとして活用が期待される超ワイドギャップ半導体である酸化ガリウム(β-Ga2O3)のテラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS)による計測を世界で初めて実施
  • 超高周波領域であるテラヘルツ周波数帯におけるβ-Ga2O3の基礎的な特性である屈折率や誘電率を確定することに成功した。デバイスを開発する際に必要な電気特性であるキャリア密度や移動度、散乱時間の値を得ることにも成功した。
  • THz-TDSによる非接触・非破壊による半導体特性評価は非常に有効であり、従来の接触型の評価法(ホール測定やCV測定等)と比べても十分に実用的であることが確認された。

発表概要

大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授、工学研究科大学院生のAgulto, Verdad C. (アグルト, ヴァーダッド C.)さん(博士後期課程)、大阪大学レーザー科学研究所のMag-usara, Valynn K. (マグウサラ, ヴァリン K.)特任研究員、日邦プレシジョン株式会社の岩本敏志博士、東京農工大学大学院工学研究院の熊谷義直教授、村上尚准教授、後藤健助教らの研究グループは、従来の電極生成や接触による材料の汚染が避けられない測定手法に代わる非接触・非破壊の革新的な評価手法であるテラヘルツ時間領域分光法を用いて、次世代のパワーデバイス・超高周波動作デバイス材料として着目されている半導体酸化ガリウム:β-Ga2O3のテラヘルツ領域の屈折率やキャリア密度等の電気特性評価に成功しました。

b型酸化ガリウム(β-Ga2O3)は、シリコン(Si)をはじめ、炭化シリコン(SiC)や窒化ガリウム(GaN)と言った現在の商業利用されている半導体に比べて、変換効率の優れた材料特性を持ち、パワーエレクトロニクス産業に革命をもたらすことが期待されています。また、これまでワイドギャップ半導体として知られてきたSiCやGaNよりさらに広いバンドギャップを持ち、超ワイドギャップ (ultra-wide bandgap (UWBG))半導体とも言われており、パワーデバイス用途に期待されるだけでなく、高周波デバイス用途でも大きな期待を集めています。次世代の高周波通信周波数帯(Beyond 5G, 6G)として、テラヘルツ領域やミリ波領域で動作する電子デバイスの活用が期待される中、β-Ga2O3の物性評価が待たれている状態でした。中嶋准教授らは、β-Ga2O3の評価にテラヘルツ時間領域分光(THz-TDS)と呼ばれる非接触・非破壊の技術を使用し、バルク単結晶試料およびエピタキシャル膜のβ-Ga2O3のテラヘルツ領域での屈折率や誘電率という基本的な特性の評価を初めて実施することに成功しました(図1参照)。同時に、キャリア濃度、散乱時間・移動度、静的誘電率という電子デバイスに重要な特性値を計測することにも成功しました。このテラヘルツ時間領域分光法は、非接触・非破壊で屈折率等の情報を得るだけでなく、キャリア密度や散乱時間、移動度という電子デバイス動作のための重要なパラメータの評価が可能であることを実証し、β-Ga2O3半導体ウェーハの評価やβ-Ga2O3ベースのデバイス評価に非常に有効で実用的であることを示しました。

本研究成果は、日本時間2021年1月26日(火曜日)午前1時にApplied Physics Letters誌(アプライド・フィジックス・レターズ)のオンライン版で公開されました。

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図1 テラヘルツ時間領域分光法による酸化ガリウムの「革新的な評価手法」のコンセプト。 従来の接触・汚染の避けられない電気的な半導体の評価手法に代わる革新的な手法が必要とされています。テラヘルツ波の半導体の特性評価への導入は次世代半導体デバイス開発を促進します。

発表内容

テラヘルツ波(THz波)(およそ100 GHz ~ 10 THz)は、電波のマイクロ波と光の赤外領域の間に位置している電磁波です。100 GHzあたりの周波数はBeyond 5G・6Gとも言われる次世代の通信帯域であり超高周波領域に相当し、今後この周波数帯で動作する高周波半導体デバイスの開発が急務です。THz波が、半導体を透過することによる電磁波の波形の変化を直接観測することにより、その半導体の特性(屈折率や電気的な特性など)について様々な情報を得ることができ、この手法をテラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS)といいます。大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授らは、THz-TDS(日邦プレシジョン株式会社製「TeraProspector」を利用)により、半絶縁性β-Ga2O3(001)単結晶ウェーハ上に積層したホモエピタキシャル膜のテラヘルツ領域での応答すなわち超高周波領域の電磁応答に関する研究を進めてきました。β-Ga2O3は異方性結晶であり、その特性は結晶軸によって異なることから、測定は結晶軸(a軸およびb軸)に平行な2つの異なる方向(2つの光学軸)に沿って行い、その透過測定の結果から、THz領域における異なる軸の複素屈折率という基本的な物質特性を確定することに成功しました。

複素屈折率は物質がどれだけ電気的なエネルギーを蓄えることができるかを表す基本的な物質特性である誘電率と関係しています。THz-TDSを使うことにより、β-Ga2O3のパワーデバイス応用に有益なβ-Ga2O3のTHz領域の誘電率を確定しました。このTHz領域の誘電率は半絶縁性β-Ga2O3の単結晶を基板として積層したホモエピタキシャル膜の評価にも必要な情報になります。デバイスの製作において、半導体薄膜の電気特性はドーピング(不純物を意図的に加えること)によって調整します。したがって、ドープした膜の電気特性の評価は不可欠です。従来の電気特性を評価する技術としては、金属電極の作製が必要となるホール測定やしばしば有毒な水銀プローブを使用するCV(容量-電圧)測定が挙げられます。しかしながら、これらの技術は測定試料へのダメージや比較的時間のかかる測定であることから、急速なデバイス開発に対して実用的ではなくなりつつあります。したがって、THz-TDSという新規の速くて安心な半導体を評価する革新的な手法は、電極やプローブが不要な非接触で試料の質等を落とさない非破壊な測定法であることから、従来手法に代わる魅力的な手法です。

中嶋准教授らは、THz-TDS測定から実験的に得られた複素屈折率にドルーデ・ローレンツモデルを適用することにより、β-Ga2O3薄膜の電気特性を高い精度で測定することに成功しました。図2は、THz-TDSにより測定された半絶縁性β-Ga2O3単結晶(左図)と、シリコンドープされたn型β-Ga2O3エピタキシャル薄膜(右図)のテラヘルツ領域における複素屈折率スペクトルです。半絶縁性β-Ga2O3単結晶試料では、右肩上がりの屈折率スペクトルを示しており、これは赤外領域におけるフォノン吸収の影響が現れていることを示しています。n型β-Ga2O3エピタキシャル膜では、半絶縁性試料とことなり左肩あがりのスペクトルを示しています。この低周波数側での屈折率の増大は、β-Ga2O3中のキャリア密度量に依存した吸収が現れています。これらのスペクトルを評価することにより、キャリア密度やキャリアの散乱時間、移動度の情報を得ることができます。このようにTHz-TDS法により、超高周波領域であるテラヘルツ帯の複素屈折率スペクトルを得ることに成功しました。得られた特性の結果をテーブル1にまとめています。0.2 THzでの屈折率は3.165 (//a軸)、3.231(b軸)であることが明らかになりました。さらに、ドルーデ・ローレンツモデルによる解析より、静的誘電率は、10.02 (// a軸)、10.43 (// b軸)であることを確定することができた、n型β-Ga2O3エピタキシャル膜のキャリア密度4.6 x 1017 cm-3、移動度 100 cm2 V-1 s-1、抵抗率0.13 Ωcmを得ることができました。得られた薄膜のキャリア密度および抵抗率は従来手法であるホール測定の結果と同等の結果となりました。これらの結果はTHz-TDSがβ-Ga2O3の電気特性を評価する手法として従来手法に置き換え可能な信頼できる実用的な技術であることを示しています。

商業的な観点から、THz-TDSはデバイス品質を損なうことなくその電気特性を測定することができるより実用的な方法になります。また、THz-TDSは単結晶だけでなくエピタキシャル層や薄膜に適用可能であり、半導体評価に対して様々な可能性があります。このようなTHz-TDSは将来のパワーデバイス・高周波動作デバイスの急速な開発に向けたβ-Ga2O3の評価において、重要な役割を果たすことが期待されます。

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図2 β-Ga2O3の各結晶軸に沿ったテラヘルツ領域の複素屈折率の周波数依存性 a軸に沿った複素屈折率(E//a)とb軸に沿った複素誘電率(E//b)の周波数依存性を半絶縁性 β-Ga2O3基板 (左図) とドープしたn型 β-Ga2O3 のエピタキシャル膜 (右図)で示しました。半絶縁性基板の周波数の増加に伴う屈折率と消光係数における緩やかな増加はより高い周波数に存在するフォノン吸収によるものです。エピ膜で見られる周波数の低下に伴う屈折率および消光係数の急速な立ち上がりは自由電子の効果によるものです。ドルーデ・ローレンツモデルによる解析結果を黒色の破線で示しています。β-Ga2O3は異方性結晶であることから、その複素屈折率はその異なる結晶軸の方向で違います。屈折率はb軸に沿ったものがa軸に沿ったものよりも高くなっています。エピ層については、低周波数領域における屈折率は自由電子の影響によって決まることから、2つの軸の異方性による差は相対的に小さいことが確認できました。β-Ga2O3の基本的な物質特性である複素屈折率を確定することに成功し、その変化より電気的特性(キャリア密度、散乱時間、抵抗率)を抽出可能です(次のテーブル1参照)。

表1 テラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS)による 半絶縁性β-Ga2O3およびn型β-Ga2O3エピタキシャル膜の物性値とホール測定による電気特性 静的誘電率と複素屈折率はb軸に沿ったものの方がa軸に沿ったものよりも高くなることが確認できました。非接触方式のTHz-TDSで測定した電気特性は、従来手法である接触方式のVan der Pauw法を用いたホール測定と一致することが確認されました。

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発表雑誌

雑誌名: Applied Physics Letters(アプライド・フィジックス・レターズ)
論文タイトル:Anisotropic complex refractive index of β-Ga2O3 bulk and epilayer evaluated by terahertz time-domain spectroscopy
論文タイトル訳: テラヘルツ時間領域分光法によるβ-Ga2O3の非等方的複素屈折率の計測
著者: : Verdad C. Agulto, Kazuhiro Toya, Thanh Nhat Khoa Phan, Valynn Katrine Mag-usara, Jiajun Li, Melvin John F. Empizo, Toshiyuki Iwamoto, Ken Goto, Hisashi Murakami, Yoshinao Kumagai, Nobuhiko Sarukura, Masashi Yoshimura, and Makoto Nakajima
著者(漢字表記):Verdad C. Agulto(大阪大学)、遠矢雄浩(同)、Thanh Nhat Khoa Phan(同)、Valynn Katrine Mag-usara(同)、李佳俊(同)、Melvin John F. Empizo(同)、岩本敏志(日邦プレシジョン株式会社)、後藤健(東京農工大学)、村上尚(同)、熊谷義直(同)、猿倉信彦(大阪大学)、吉村政志(同)、中嶋誠(同)
DOI number: 10.1063/5.003153

参考URL

レーザー科学研究所 吉村・中嶋研究室HP
https://www.ile.osaka-u.ac.jp/research/ths/

用語説明

酸化ガリウム (Ga2O3)

Ga2O3は、超ワイドギャップ半導体として知られています。それには様々な結晶構造がありますが、最も安定しているものが β-Ga2O3 です。β-Ga2O3 半導体は高出力・高電圧機器用途で大いなる可能性があることから、現在、β-Ga2O3 の研究は非常に活発に行われています。

超ワイドギャップ (ultra-wide bandgap (UWBG))半導体

半導体はしばしばその使用や応用の決め手となる重要な特性であるバンドギャップの大きさによって分類分けされます。良く使用されるシリコン(Si)半導体は1.12 eVであり、主に集積回路に使用されます。ワイドギャップ半導体は窒化ガリウム(GaN)では3.4 eV、炭化シリコン(SiC)では3.26 eVと言ったように大きなバンドギャップを持っています。広いバンドギャップの半導体はより高い電圧でより高い温度で使用する機器に使われます。超ワイドギャップ半導体はバンドギャップが4.8 eVのβ-Ga2O3 のようにGaNのバンドギャップよりも大きいバンドギャップを持つものを言います。そのような半導体は高出力で高電力の分野への応用が期待されています。

テラヘルツ時間領域分光 (THz-TDS)

THz-TDSはTHz波を用いて物性を調べる技術です。紫外線やX線と違い、THz光はエネルギーが低いため観測対象を壊しません。THz-TDSは半導体やその他の物質の遠赤外領域における誘電率や電気特性を測定するのに幅広く使われます。

静的誘電率

静的誘電率は周波数が0 Hzにおける誘電率です。

テラヘルツ波(THz波)

THz波は周波数が1012 Hz付近、特に波長が3 mmから30 μm(0.1~10 THz)の領域の電磁波です。THz波は材料解析のような科学的な応用の他に医療分野における画像化やセキュリティ分野における検査や遠距離通信技術などの技術にも使われます。電波よりも高い周波数のTHz波は高周波数動作機器や高速、超高帯域通信を可能にします。このようにTHzはbeyond 5G/6Gの通信技術の鍵になると考えられています。

TeraProspector

TeraProspectorは日邦プレシジョン(株)にて開発された汎用のテラヘルツ時間領域分光装置です。テラヘルツ領域の複素屈折率/誘電率スペクトルを精度良く測定可能です。Ga2O3の他、Siをはじめ、SiCやGaN等の半導体に利用可能。

https://terahertzwave.com/

複素屈折率

複素屈折率は物質の光の伝搬を記述する物性量です。実部は伝搬の速さを表す屈折率で、虚部は物質内を伝搬する光の減衰の強さを表す消光係数です。光はエネルギーの一部が結晶の原子によって吸収される(フォノン吸収)時や物質内の自由電子による吸収によって減衰します。複素屈折率は複素誘電率によって表すこともできます。

ホール測定

ホール測定は従来の半導体の電気特性を測定するための評価技術です。Van der Pauw法を用いるホール測定では、電極を用いて、電流を流した時の電圧を測定します。

CV(容量-電圧)測定

CV測定は半導体やデバイスの電気特性を評価するために使われる他の従来技術です。この測定では、電極を使って電圧を掛け、その電圧を変えながら電気容量を測定します。

ドルーデ・ローレンツモデル

ドルーデ・ローレンツモデルはフォノンや自由電子の影響を考慮して、複素屈折率や誘電率の光の周波数依存性を定量化したものです。このモデルは一般的に半導体材料の評価に使われます。