アインシュタインが残した宿題を遂に解明—電磁気における特殊相対性理論を世界で初めて直接実証
相対論的クーロン電場を可視化、生成機構の検証に成功
研究成果のポイント
- 特殊相対性理論が電磁気において成り立つことは、100年以上も前に予言され、現代物理の根幹をなしている。しかしながら、現在では当たり前の事とされているこの理論も、実証実験に関する報告はなされていなかった。本研究で世界初の直接的な実証に成功した。
- 電気光学検出(Electro-optic sampling)と呼ばれる電場の超高速計測手法によって、線形加速器によって生成された高エネルギー電子ビーム周りに生成されるクーロン電場の時空間分布をサブピコ秒領域で計測。
- 特殊相対性理論から予言される、光に近い速度で伝搬する電子ビーム周りに生成されるクーロン電場のビーム進行方向における収縮を可視化、さらに、電子ビームが金属境界を通過後、伝搬に伴ってこの相対論的電場収縮が形成される様子を観測。
概要
大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授、太田雅人特任研究員(研究当時 大阪大学理学研究科宇宙地球科学専攻博士課程後期在籍)、同産業科学研究所の菅晃一助教、関西大学の浅川誠教授、三重大学大学院工学研究科の松井龍之介准教授らの研究グループは、光の99.99%の速度で移動する電子ビームの周りに形成される電場の時空間分布を計測、100年以上前にA. アインシュタインによって予言された理論(電磁気における特殊相対性理論)を直接的に実証することに成功しました。
相対性理論は現代物理の基礎であり、その正当性に疑問を投げかける余地はありません。ここで、特殊相対性理論が電磁気において成り立つことは暗に正しいとされてきました。しかし、教科書を覗いても、相対論的電磁気の重要な特徴であるクーロン電場の収縮を実証したとは書かれていません。もちろん、クーロン電場収縮の写真(実験結果)は載せられてはおらず、予想される電場分布のイラストが描かれているだけです。
中嶋准教授らの研究グループは、電気光学検出と呼ばれる、テラヘルツ物理学で用いられてきた電場の超高速計測によってサブピコ秒の高い時間分解能を実現し、光に近い速度で等速直線運動を行う電子ビーム周りに生成されるクーロン電場の時空間(二次元)分布の計測に成功しました。特殊相対性理論が予言する、相対論的クーロン電場の平面状収縮を可視化、さらに、電子ビームの金属境界通過後の伝搬に伴う電場時空間分布の発展を調べることで、この相対論的電場収縮の形成過程の観測に成功しました。これらの結果は、従来の間接的な検証とは一線を画す、電磁気における特殊相対性理論の直接的な実証結果です。図1は、平面電場収縮過程の概念をイメージ化したものになります。
本研究成果は、日本時間2022 年10 月21日(金曜日)午前0時に英国学術雑誌 Nature Physics 誌(ネイチャーフィジックス)のオンライン版で公開されました。
図1. 光速に近い電子ビーム(図中楕円)の伝搬に伴う平面電場収縮形成過程のイメージ
研究の背景
1905年にアインシュタインが発表した一つの論文中で、(特殊)相対性理論が初めて提唱され、“光に近い速度で移動する物質は時空の歪みの影響を受ける”という常識を覆す理論が展開されました。以降、相対性理論は世界中の人々を魅了し、多くの研究者から様々な手法で検証されてきました。さて、上述したこの歴史的な論文のタイトルをご存知でしょうか?それは、英語名で“On the electrodynamics of moving bodies”です[1]。この論文中で述べられた“時間の遅れ” や“静止質量” と言う物理現象は既に実験的に検証され、教科書の例題としても取り上げられています。しかし、このタイトルが意図する電磁気における特殊相対性理論の直接的実証に成功した研究報告は未だ無く、最初の論文発表から117年が経過した本年2022年の現在に至るまで、アインシュタインが残した科学者への宿題として残されたままになっていました。荷電粒子が生成する電場は、放射場とクーロン電場に二分することができます。放射場は、荷電粒子が軌道を曲げるなどの加速度運動を行う際に初めて生成されます。一方、クーロン電場は、荷電粒子が静止していても、移動(等速直線運動)していても、常に荷電粒子周りに生成されます。高エネルギー電子ビームが生成するクーロン電場は、近年ではビーム診断等の応用面で研究されてきましたが、相対論的クーロン電場の本質に迫る基礎的な研究は行われていませんでした。本研究では超高速な電場計測手法を駆使し、クーロン電場の相対論的性質を実験的に初めて明らかにすることに成功しました。
[1] Einstein, A. Zur Elektro dynamik bewegter Körper. Ann. Phys. 17, 891–921 (1905).
研究の内容
本研究グループは、電磁気における特殊相対性理論(図2a,b参照)において、今まで行われて来た間接的な検証とは一線を画す、直接的な実験手法で世界初の相対論的クーロン電場の時空間分布のスナップショット計測を行いました。この相対論的クーロン電場は光に近い速度で移動する電子ビームに付随するため、それに追従するための超高速な電場計測が必要となります。そこで用いられたのが、電気光学検出と呼ばれるテラヘルツ物理学で用いられて来た超高速電場計測手法です。線形加速器で生成された高エネルギー電子ビーム周りの電場の時空間分布をピコ秒の時間領域で計測し、理論的に予想されていた、クーロン電場が電子ビーム進行方向に収縮した様(電場の平面波)を可視化することに成功しました(図2c)。これは“電磁ポテンシャル”のローレンツ変換の実証に対応しています。ローレンツ変換とは、特殊な座標変換のことで、相対論的(超高速)な世界と我々が暮らす(光速に比べて十分に遅い)世界の物理量を繋ぐことができます。時間の遅れや静止質量と言う物理現象は、それぞれ、前者が“時間・空間”、後者が“エネルギー・運動量”のローレンツ変換から予想されたものです。本研究では、さらに、金属境界を通過した電子ビーム周りの相対論的電場分布の発展を調べることで、平面的な電場の収縮がどの様に形成されるかも明らかにしました。この電場分布の発展は、電子ビームの金属境界通過点を中心とする球面波として自由空間を広がると言うものです。この球の半径と金属境界からの電子ビームの伝搬距離は一致するため、ビーム軸周りの電場分布に着目すると、その曲率はビームの伝搬と共に小さくなり、やがて球面は平面となります。この実験結果は、リエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャルと呼ばれる、電磁ポテンシャルのローレンツ変換とは異なる手法で導出された相対論的電場を記述する理論を実証しています。
本研究成果では、電磁気における特殊相対性理論の直接実証という、100年以上残され続けられていた課題を解決しました。実験で行われた“特殊”相対性理論の可視化は、他に類を見ず、相対性理論の最も直接的・直感的な実験結果の一つであると言えます。本研究で用いられた電場時空間分布の超高速計測は、理論の実証に留まらず、さらなる超高速・高エネルギー現象の研究を行う上でのプラットフォームになり得ます。
図2. 荷電粒子周りに形成されるクーロン電場の二次元分布
(a,b)点電荷が形成する電場二次元分布の概念図。点電荷は赤丸、電場は黒矢印で示されている。前者の静止した点電荷が形成する電場分布は等方的。一方、後者の光に近い速度で等速直線運動する(赤矢印方向)点電荷が形成する電場は進行方向に収縮する。これは、電磁気における特殊相対性理論が予言する電場の収縮である。(c)実験的に計測された高エネルギー電子ビーム周りの電場二次元分布。電子ビームは負の電荷を有するので、ビーム中心(x = 0 mm)方向に電場は向いている。電子ビーム進行方向(Z)の相対論的電場収縮が示されている。
特記事項
雑誌名: Nature Physics
論文タイトル:Ultrafast visualization of an electric field under the Lorentz transformation
論文タイトル訳:ローレンツ変換下における電場の超高速計測
著者: Masato Ota, Koichi Kan, Soichiro Komada, Youwei Wang, Verdad C. Agulto, Valynn Katrine Mag-usara, Yasunobu Arikawa, Makoto R. Asakawa, Youichi Sakawa, Tatsunosuke Matsui, and Makoto Nakajima
著者(漢字表記):太田雅人(大阪大学レーザー科学研究所)、菅晃一(同産業科学研究所)、駒田蒼一朗(三重大学大学院工学研究科)、王有為(大阪大学レーザー科学研究所、関西大学理工学研究科)、Verdad C. Agulto(大阪大学レーザー科学研究所)、Valynn Katrine Mag-usara(同)、有川安信(同)、浅川誠(関西大学システム理工学部)、坂和洋一(大阪大学レーザー科学研究所)、松井龍之介(三重大学大学院工学研究科)、中嶋誠(大阪大学レーザー科学研究所)
DOI number:https://doi.org/10.1038/s41567-022-01767-w
本研究は、JSPS科研費(JP20H02206, JP19K05331, JP20H00364, JP19J207650)の助成を受けたものです。また、核融合科学研究所 共同研究(2021NIFS18KUGK125, 2022NIFS18KUGK125)の助成を受けたものです。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 相対性理論
A. アインシュタインによって提唱された理論で、1905年に発表された特殊相対性理論、1915年に発表された一般相対性理論の両者を指します。特殊相対性理論は光に近い速度で伝播する物質が受ける時空の歪みの効果(時間の遅れ、静止質量等)を記述します。一般相対性理論は、特殊相対性理論を拡張して重力の効果を考慮した理論であり、近年では重力波やブラックホールの実証が行われました。
- 電気光学検出(Electro-optic sampling)
非線形光学結晶に電場が印加されると、複屈折と呼ばれる屈折率の異方性が結晶内に誘起されます。この屈折率変化の大きさは非線形光学結晶に印加される電場に依存しますが、その大きさは結晶に入射した直線偏光レーザーの偏光変化量から読み取られます。これにより、測定対象の電場強度とその時間発展を取得することが可能です。
- テラヘルツ物理学
テラとは10の12乗、ヘルツは1秒あたりの振動数を意味します。この逆数はピコ秒に対応します。したがって、テラヘルツ物理学ではピコ秒領域で超高速な固体物性等が研究されています。他にも、テラヘルツ波はBeyond 5G通信として次世代の通信システムとしても期待されています。
- サブピコ秒
ピコとは10のマイナス12乗の事を意味し、それより一桁小さい10のマイナス13乗の時間領域をサブピコ秒と呼びます。一秒間に地球を7周半する光でさえも、この時間間隔では1ミリも伝搬することができません。それだけ、このサブピコ秒領域とは我々の感覚では認知する事は到底できない、超高速な世界です。
- 時間の遅れ
光に近い速度で等速直線運動を行う時計は静止した時計に比べてゆっくりと時間が経過します。これを検証した実験を紹介します。精密な時計を二台用意し、まず、それぞれの時刻を合わせます。一つの時計は静止させた状態にし、一方を飛行機に積み高速で移動させ続け、ある程度の時間が経過してから両者を比べる事で実際にこの時間の遅れは確認されました。
- 静止質量
E=mc2と言う世界で最も有名な物理方程式が意味するのは、質量を有する物質は、存在するだけで多大なエネルギーを秘めていると言うものです。これは、核分裂、核融合と言う現象で発見されており、原子力発電等でも応用され、我々の生活の一部となっています。