中赤外光パルスによる超高速磁気異方性制御に成功

中赤外光パルスによる超高速磁気異方性制御に成功

次世代スピントロニクスに向けた高速スピン制御の機構を提案

2021-9-2自然科学系
レーザー科学研究所准教授中嶋誠

研究成果のポイント

  • 情報化社会を支えるテクノロジーに、スピンの状態によって情報を保存・処理する磁気媒体がある。さらなる情報処理速度向上のため、ナノ秒を大きく超えた高速なスピン方向制御技術が求められている。
  • 次世代スピントロニクスデバイス材料の一つとして期待される希土類オルソフェライトにおいて、中赤外パルス(波長9-12µm)を用いて磁気異方性の鍵となる電子状態の光制御に成功
  • 従来行われてきた光加熱によるスピン制御との詳細な比較により、電子系の共鳴励起では遥かに速い磁気異方性の制御が可能であることが確認された

概要

東京大学物性研究所の栗原貴之助教、大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授、コンスタンツ大学のAlfred Leitenstorfer(アルフレッド ライテンストーファ)教授、同大学院生のGabriel Fitzky(ガブリエル フィッツキ)さんらの国際研究チームは、超高速時間スケールにおいて電子系と格子系が磁気異方性変化を引き起こす詳細な機構の解明を目指して、典型的な弱強磁性体である希土類オルソフェライトSm0.7Er0.3FeO3という物質を用いた光学測定を行いました。

まず中赤外光の周波数を25 THzに合わせてフォノン系を共鳴励起したところ、光吸収から数ピコ秒遅れて再配列転移が生じ、単純な加熱の場合は格子系が熱平衡に達するまでの時間によってスピンダイナミクスが律速されていることがわかりました。次に中赤外光を33 THzに合わせて4f電子系を共鳴励起したところ、フォノンの場合に見られた立ち上がりの時間遅延が存在せず、光吸収直後から即座に再配列転移が始まることがわかりました。これは4f電子系がFeスピン系との間に超交換相互作用を持つため、4f系の電子状態変化が即座に磁気異方性変化を引き起こすことが可能なためであると考えられます。この超高速な磁気異方性変化にかかる時間スケールはわずか数10フェムト秒程度であり、格子系の熱緩和やスピン系のダイナミクスよりもはるかに高速に引き起こされます。

 以上のことから、希土類4f電子系の光励起は、フェムト秒~ピコ秒で動作する磁気デバイスにおけるスピンダイナミクスのトリガーとして用いることができる可能性が示されました。希土類を含んだ遷移金属磁性体は現在最も多く使われている磁性体の一種であるため、今後は今回用いたSm0.7Er0.3FeO3に限らず、様々な磁性体における磁気異方性変化の過程を調査することが同様の手法を用いて可能であると期待できます。

本研究成果は、日本時間2021 年9 月2 日(木曜日)午前1 時に Physical Review Letters 誌(フィジカル・レヴュー・レターズ)のオンライン版で公開されました。

研究の背景

現代の情報化社会を支える重要なテクノロジーの一つに、スピンの状態によって情報を保存・処理する磁気媒体があります。最先端のハードディスクデバイスやデータセンターなどの大容量ストレージでは、スピン状態の高速な制御が情報処理の速度に直結するため、ナノ秒(10-9 s)を大きく超えた高速なスピン方向制御技術の需要が高まっています。有望な技術の一つがフェムト秒の超短パルスレーザーを用いるものです。近赤外領域の超短パルスレーザー光を磁性体に照射すると、吸収された高い光子エネルギーが物質内部の電子系、格子やスピン系との複雑な相互作用を通じてこれらに受け渡され、結果としてスピン状態を定める重要な相互作用である交換相互作用や磁気異方性などの急激な変化を生じさせることが知られています。こうした光吸収に際して生じるエネルギー緩和が磁気異方性変化に対してどのような変化をもたらしているのかを調べることは、将来的なピコ秒(10-12 s)やフェムト秒(10-15 s)といった超高速の光磁気記録技術の実現に向けて重要な課題となっています。

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図 上) 共鳴フォノン励起(青)、共鳴4f電子励起(赤)による超高速磁気異方性制御のイメージ 下)共鳴励起による超高速スピンダイナミクス応答。電子励起での応答(赤)が、フォノン励起での応答(熱上昇による応答、青)よりも高速に応答することが確認された。

研究の内容

東京大学物性研究所の栗原貴之助教、大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授、コンスタンツ大学のAlfred Leitenstorfer教授、同大学院生のGabriel Fitzkyさんらの国際研究チームは、超高速時間スケールにおいて電子系と格子系が磁気異方性変化を引き起こす詳細な機構の解明を目指して、典型的な弱強磁性体である希土類オルソフェライトSm0.7Er0.3FeO3という物質を用いた光学測定を行いました。この物質はスピン再配列転移(spin reorientation transition、 SRT)という相転移を持ち、室温付近で反強磁性ベクトルの方向が回転するという性質を示します。再配列転移ではスピン方向が磁気異方性に対して敏感に変化するため、光励起後に生じるスピンダイナミクスの波形から、磁気異方性の時間変化を追跡することが可能です。またこの物質は中赤外領域にSmイオンの4f電子系による光吸収(周波数33 THz = 波長9.1µm)および光学フォノンによる光吸収バンド(周波数25 THz = 波長12 µm)を持ちます。ここではこれら二つの吸収帯に共鳴させた中赤外フェムト秒レーザー光を用いて、4f電子系とフォノン系それぞれを励起し、スピン応答を近赤外レーザーのファラデー効果によってプローブすることで磁気異方性の変化ダイナミクスを詳細に調べました。

まず中赤外光の周波数を25 THzに合わせてフォノン系を共鳴励起したところ、光吸収から数ピコ秒遅れて再配列転移が生じました。数ピコ秒の遅延はフォノンの緩和に係る時間を反映しており、単純な加熱の場合は格子系が熱平衡に達するまでの時間によってスピンダイナミクスが律速されていることがわかりました。次に中赤外光を33 THzに合わせて4f電子系を共鳴励起したところ、興味深いことにフォノンの場合に見られた立ち上がりの時間遅延が存在せず、光吸収直後から即座に再配列転移が始まることがわかりました。これは4f電子系がFeスピン系との間に超交換相互作用を持つため、4f系の電子状態変化が即座に磁気異方性変化を引き起こすことが可能なためであると考えられます。この超高速な磁気異方性変化にかかる時間スケールはわずか数10フェムト秒程度であり、格子系の熱緩和やスピン系のダイナミクスよりもはるかに高速に引き起こされます。このことから、希土類4f電子系の光励起は、フェムト秒~ピコ秒で動作する磁気デバイスにおけるスピンダイナミクスのトリガーとして用いることができる可能性が示されました。希土類を含んだ遷移金属磁性体は現在最も多く使われている磁性体の一種であるため、今後は今回用いたSm0.7Er0.3FeO3に限らず、様々な磁性体における磁気異方性変化の過程を調査することが同様の手法を用いて可能であると期待できます。

特記事項

雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Ultrafast control of magnetic anisotropy by resonant excitation of 4f electrons and phonons in Sm0.7Er0.3FeO3
論文タイトル訳:Sm0.7Er0.3FeO3における4f電子とフォノンの共鳴励起による超高速磁気異方性制御
著者:Gabriel Fitzky、 Makoto Nakajima、 Yohei Koike、 Alfred Leitenstorfer、 and Takayuki Kurihara
著者(漢字表記):Gabriel Fitzky (コンスタンツ大学)、 中嶋 誠 (大阪大学レーザー科学研究所 准教授)、 小池 遥平(大阪大学工学研究科 博士前期課程)、 Alfred Leitenstorfer (コンスタンツ大学)、 栗原貴之 (東京大学)
DOI number: 10.1103/PhysRevLett.127.107401
発表者:
栗原 貴之 (東京大学物性研究所 助教)
中嶋 誠 (大阪大学レーザー科学研究所 准教授)
Gabriel Fitzky (コンスタンツ大学 博士課程)
Alfred Leitenstorfer (コンスタンツ大学 教授)

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