磁気テープの光アシスト磁化反転と、テラヘルツ光による超高速磁化応答の観察に成功

磁気テープの光アシスト磁化反転と、テラヘルツ光による超高速磁化応答の観察に成功

イプシロン酸化鉄磁性ナノ粒子を用いた新しい磁気テープ記録方式への一歩

2019-1-16

研究のポイント

・光アシスト磁化反転に伴うファラデー回転現象と、フェムト秒 テラヘルツパルス光に同期して瞬時に磁化が応答する超高速現象をファラデー回転で観測しました。
イプシロン酸化鉄フェライトにおける光アシスト磁化反転の観測は初めてです。また、磁化のテラヘルツ光への応答は400フェムト秒という例がない極めて短い時間に起こっていました。
・磁気媒体の記録密度を引き上げる新しい書き込み方式や、テラヘルツ光利用による低負荷超高速演算子デバイスの開発につながると期待されます。

概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の大越慎一教授、同物理学専攻の宮下精二教授、大阪大学レーザー科学研究所の中嶋誠准教授らの共同研究グループは、イプシロン酸化鉄および金属置換型イプシロン酸化鉄からなる磁性フィルムにおいて、ナノ秒可視光レーザー誘起の磁化反転と、テラヘルツ(THz)パルスレーザー照射による超高速磁気光学効果の観測に成功しました。ナノ秒可視光レーザーを磁性フィルムに照射するとファラデー効果 の符号がスイッチングし、光アシスト磁化反転が起こることが観測されました。また、磁性フィルムにパルスTHz光を照射すると、ファラデー回転が400フェムト秒(fs)という極めて短い時間で起こることが分かりました。これらの超高速磁気光学効果の時間ダイナミクスは、理論的にもデモンストレーションされています。これらのイプシロン酸化鉄磁性ナノ材料は、高密度磁気記録媒体または高速動作回路磁気デバイスに貢献することが期待されます。

本研究は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

研究の内容

ビッグデータ時代の高密度記録システムの開発には、機能ナノ材料の研究が不可欠です。磁性材料の研究は磁気記録システムに使えるため魅力的であり、特に、高保磁力の磁性ナノ粒子は磁気テープ などの磁気記録媒体にとって重要です。このようなニーズから、イプシロン酸化鉄(ε-Fe 2 O 3 ) は、保磁力が大きく、サイズを8ナノメートル(nm)以下に小さくできることから、次世代の磁気記録用の磁性材料として注目されています。現在、磁気記録技術の記録密度はその限界に達しており、磁気記録の分野ではいくつかの次世代書き込み方法が検討され始めています。磁気記録媒体の記録密度を高めるために、光または電磁波でアシストする磁気記録が可能性のある解決策と考えられています。そのため、イプシロン酸化鉄において光または電磁波でアシストする磁気記録が実現できれば、次世代の高密度磁気記録につながると期待されていました。

ナノ秒レーザーによる光アシスト磁化反転

本研究グループは、ε-Fe 2 O 3 の鉄イオンの一部を三種類の金属イオン(ガリウムイオン、チタンイオン、コバルトイオン)で置換したε-Ga 0.27 Ti 0.05 Co 0.07 Fe 1.61 O 3 (以下、GTC型イプシロン酸化鉄と呼びます)を合成し、磁気テープに用いられる樹脂を用いて磁性フィルムを作製しました (図1) 。作製したGTC型イプシロン酸化鉄フィルムにおいて、磁化が反転しない程度の外部磁場を印加した状態で、ナノ秒可視光パルスレーザーを照射すると、磁化が反転することがファラデー効果 を用いて観測されました。この結果は、GTC型イプシロン酸化鉄の磁性フィルムで光アシスト磁化反転現象を実証したことを意味しています (図2) 。イプシロン酸化鉄フェライトにおける光アシスト磁化反転の観測は初めてです。

図1 イプシロン酸化鉄からなる結晶配向磁性フィルム
(a)GTC型イプシロン酸化鉄の結晶構造(左)およびTEM画像(右)。(b)結晶配向磁性フィルムを作製するためのスキーム。

図2 ナノ秒レーザーによる光アシスト磁化反転
(a)GTC型イプシロン酸化鉄磁性フィルムに532nmナノ秒パルスレーザー光を照射する実験の概略図。390nmにおけるファラデー楕円率により観察を行った。上図が光照射前、下図が光照射後を示している。(b)390nmにおけるファラデー楕円率の磁気ヒステリシス曲線における可視光照射効果。灰色が光照射前のファラデー楕円率の外部磁場依存性。保磁力よりも小さい+2.5kOeの磁場を印加した状態で、ナノ秒可視光パルスレーザー(波長:532nm、パルス幅10ns)を照射すると、パルス光照射後にファラデー楕円率の符号が反転し、磁化が反転することが観測される(緑色)。なお、光照射後に再度、磁気ヒステリシスを測定すると、磁気ヒステリシスループは初期の状態に戻る(黄緑色)。10ナノ秒のパルスレーザー光がGTC型イプシロン酸化鉄に光アシスト磁化反転を生じさせることができることを示している。

フェムト秒テラヘルツパルスに同期して瞬時に応答する超高速現象

イプシロン酸化鉄(ε-Fe 2 O 3 )についても同様に磁性フィルムを作製し、高強度のTHzパルス光を照射する実験を行いました。無磁場下で磁性フィルムにTHzパルス光を照射すると、THzパルス光に同期して瞬時に磁化が傾き、THzパルス光が通過すると同時に元に戻る様子が観測されました (図3) 。磁化の応答はファラデー効果によりモニターされ、400フェムト秒(fs) という極めて短い時間で起こっていました。すなわち1ピコ秒 よりも短い時間で書込/消失ができるということになります。これらの超高速磁気光学効果の時間ダイナミクスは、理論的にもデモンストレーションされています() 。

本研究では、イプシロン酸化鉄磁性フィルムにおいて、光照射により磁化反転をアシストすることで、保磁力の大きなナノ粒子でも書き込みが可能であることを明らかにし、次世代高密度磁気テープ記録方式の可能性を示しました。また、本研究で観測したテラヘルツパルス超高速磁化応答は、1ピコ秒未満で書込/消失ができるため、これを用いると繰り返し周波数がテラヘルツである高速な演算が実現できます。照射するテラヘルツ光強度と位相をデジタル的に離散的に制御することにより、−2、−1、0、1、2といった、量子数(l)=2に相当する演算やn進法などの多進法の演算も実現可能であることを示唆しています (図4) 。

本研究成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)先導研究プログラム「エネルギー・環境新技術先導研究プログラム」における研究課題「磁気テープにおけるミリ波記録方式の開発研究」(研究代表者:大越慎一)の一環として行われました。

図3 フェムト秒テラヘルツパルスに同期して瞬時に応答する超高速現象
(a)ε-Fe 2 O 3 磁性フィルムへの高強度THzパルス光の照射を示す実験の模式図。THzパルス光のピーク振幅は1.5kOeの磁場に相当しており、高強度のTHzパルス光を用いている。磁化の応答は、プローブ光としてフェムト秒レーザー光(波長;800nm)を用いてファラデー回転を計測することで観測した。(b)N極方向およびS極方向から数サイクルのTHz光を試料に照射した場合のファラデー回転角の時間変化。THzパルス光を照射すると、ファラデー回転角の急激な変化が観察された。イプシロン酸化鉄フィルムのN極方向からTHzパルス光を照射すると、正の角度のファラデー回転を示し(左図)、S極方向からTHzパルス光を照射すると負の角度のファラデー回転ピークが観測された(右図)。テラヘルツ光照射によるファラデー回転の変化は400fsという極めて短い時間に起こっていた。このファラデー回転角の変化は、照射した数サイクルのTHzパルス光と同じ時間幅で生じていた。

図4 本研究の成果と期待される応用

発表雑誌

雑誌名: Journal of the American Chemical Society (米国化学会誌)
論文タイトル: Rapid Faraday Rotation on Epsilon-Iron Oxide Magnetic Nanoparticlesby Visible- and THz-Pulsed Lights
論文タイトル訳: イプシロン酸化鉄ナノ粒子における可視光およびテラヘルツ光誘起の高速磁化反転
著者: Shin-ichi Ohkoshi * , Kenta Imoto, Asuka Namai, Marie Yoshikiyo, Seiji Miyashita, Hongsong Qiu, Shodai Kimoto, Kousaku Kato, and MakotoNakajima
著者(漢字表記): 大越 慎一(東京大学大学院理学系研究科) * , 井元 健太(東京大学大学院理学系研究科), 生井 飛鳥(東京大学大学院理学系研究科), 吉清 まりえ(東京大学大学院理学系研究科), 宮下 精二(東京大学大学院理学系研究科),邱 紅松(大阪大学レーザー科学研究所), 木本 翔大(大阪大学大学院工学研究科), 加藤 康作(大阪大学大学院工学研究科), 中嶋 誠(大阪大学レーザー科学研究所)
DOI 番号:10.1021/jacs.8b12910

参考URL

大阪大学 レーザー科学研究所 吉村・中嶋研究室
http://www.ile.osaka-u.ac.jp/research/ths/index.html

用語説明

フェムト秒

1000兆分の1秒(10-15秒)に相当する時間単位。

イプシロン酸化鉄

大越慎一教授らはナノ粒子合成法を駆使することで、2004年に、ε-Fe 2 O 3 がフェライト磁石として最高の保磁力(20kOe)を示すことを世界で初めて発見した。また、高周波ミリ波吸収を示すことなどを報告している。ε-Fe 2 O 3 とその金属置換体は、大容量データストレージ用の磁気テープにおける磁気記録材料や、高速無線通信用や自動運転支援システム用などのミリ波吸収用部材への展開が期待されており、ビッグデータやIoTなどの未来社会に有用な新素材として注目されている。2016~2017年には、ε-Fe 2 O 3 フェライト磁性粉とその塗料が、英国立ロンドン科学博物館(Science Museum, London)にて特別展示された。

磁気テープ

アーカイブ用記録メディアとして主に使用されており、その長期記録保証と低コストのために、保険会社、銀行、放送局、GoogleやFacebookといったウェブサービス会社など、さまざまな分野で使われ、その需要が急増している。

ファラデー効果

電磁波や光を物質に透過させたときに、偏光面が回転する現象。磁性物質の場合は、磁化の大きさおよび磁極の方向によって偏向特性が変わるため、磁化の情報を得ることができる。

ピコ秒

1兆分の1秒(10-12秒)に相当する時間単位。

観測された可視光パルスレーザー照射またはテラヘルツパルスレーザ照射による超高速磁気光学効果の時間発展ダイナミクスは、個々のスピンのすべての動きを考慮したナノ粒子モデルである確率論的ランダウ-リフシッツ-ギルバート(s-LLG)計算によって理論的にデモンストレーションされています。