“生きる”とは?私たち生物の細胞が熱を伝えるメカニズムの解明へ。

“生きる”とは?私たち生物の細胞が熱を伝えるメカニズムの解明へ。

ナノ量子センサーを新開発し、細胞内の熱伝導率を初計測

2021-1-16生命科学・医学系
蛋白質研究所助教/研究員/教授/講師外間進悟/Chongxia Zhong/原田慶恵/鈴木団

研究成果のポイント

  • 細胞の中で、熱の伝わり方を決めるパラメータ(熱伝導率)の計測に成功 これまで「水」と同じとされてきたが、著しく異なり、しかも不均一であることを発見
  • 新たに開発したナノ量子センサーを用いることで可能に
  • 細胞の熱産生が関わる生物・医学分野のあらゆる基礎研究に幅広く影響する成果

概要

大阪大学蛋白質研究所蛋白質ナノ科学研究室の外間進悟助教、Chongxia Zhong研究員(研究当時、現金沢大学博士課程)、原田慶恵教授、鈴木団講師らと、同大基礎工学研究科の山下隼人助教、シンガポール国立大学(シンガポール)のJames Chen Yong Kah助教、クイーンズランド大学(オーストラリア)のTaras Plakhotnik准教授による分野横断的な国際共同研究グループは、細胞の中の熱伝導率を測ることに、世界で初めて成功しました。

哺乳類や鳥類、さらに昆虫や植物に至るまで、多くの生物は熱産生することが知られています。熱産生の現場は細胞の中にあり、熱を産生する仕組みが詳しく調べられています。ところが、非常に身近な生理現象であるにも関わらず、細胞内の熱源から放出された熱が細胞内をどのように拡散し、細胞の機能に影響するのか、といったごく基本的なことは、ほとんどわかっていません。水を多く含んだ、とても小さな細胞の中で、熱の伝わり方を精密に調べる方法はこれまでありませんでした。

この未開拓の計測へ挑むために、今回、上記研究グループは、ナノ量子センサー、と呼ばれる新しい微粒子を利用して、熱の伝わり方を決めるパラメータ(熱伝導率)を微小空間で計測できる新しい手法を開発しました。従来は熱伝導率が水と同じだとされてきた細胞へ応用したところ、水に比べて約1/6ほど熱が伝わりにくい(熱伝導率が低い)ことが世界で初めて明らかとなりました。

細胞内の熱に関するパラメータの正しい計測は、熱拡散を理解する第一歩として重要な成果です。細胞の熱産生が関わるあらゆる基礎的な生物・医学研究に幅広く影響する点で重要であるだけでなく、肥満の解決や微小熱源を用いた新しい治療法の開発といった応用面への波及効果も期待されます。

本研究成果は、2021年1月16日(土)4時(日本時間)にアメリカ科学振興協会(AAAS)の「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

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図1 (a)発熱性高分子(ナノヒーター)でコーティングされたダイヤモンド量子センサー(ナノ温度計)がナノ温度計/ナノヒーターのハイブリッドとして働く原理。(b)ハイブリッドセンサーの電子顕微鏡観察像。(c)ハイブリッドセンサーによって熱伝導率を計測する原理。熱伝導率の高い環境では、熱拡散が大きく温度が上がりにくい。熱伝導率が低ければ高温になる。ハイブリッドセンサーの温度上昇から細胞内の熱伝導率を決められる。

研究の背景

体温は私たちにとってとても身近な存在です。普段は37℃付近に維持されている体温がたった1℃上昇するだけで、不調を感じます。体温を維持するためには、私たちの体の中に熱源が必要です。この熱源は、私たちの体を構成する最小単位となる細胞に備わっています。細胞の中から放出された熱が、細胞を伝わって、最終的に体温を維持しています。そこで、人の健康と体温の関係を明らかにするためには、熱産生と体温維持のメカニズムを理解すると共に、熱が細胞の中をどのように伝わり、その過程でどのような影響を周囲に及ぼしているかを明らかにすることも重要になります。ところが、細胞の大きさは数十マイクロメートル程度(髪の毛の太さの百分の一程度)と非常に小さく、そのような微小な領域の、さらにその内部で熱の伝わり方を調べる方法はこれまでありませんでした。

そこで研究グループは、さらに小さい約百ナノメートル(髪の毛の太さの一万分の一程度)のダイヤモンド粒子「ダイヤモンド量子センサー」に着目しました。ダイヤモンド量子センサー内部には、量子情報を含むNVセンター※2と呼ばれる特殊な場所が存在します。NVセンターは、温度や磁場といった周囲の環境情報を、私たちが読み取り可能な光の信号に変換してくれます。そこで、ダイヤモンド量子センサーを小さな温度計(ナノ温度計)として利用することにしました。さらにダイヤモンド量子センサーの外側を、光を吸収して熱を放出する高分子でコーティングしました(ナノヒーター)。こうして、ナノ温度計とナノヒーターが一体化した、ナノ領域の熱伝導率を計測できる新しいハイブリッドセンサーの開発に成功しました(図1a-c)。

まず熱伝導率が良く分かっている空気、水、オイルで確かめたところ、高い精度で熱伝導率を決められることが保証されました(図2a)。そこで細胞に応用し、細胞内の熱伝導率を計測しました。従来、細胞内の熱伝導率は水と同様であると考えられていました。ところが、細胞内の熱伝導率は水のおよそ1/6程度と、水とは著しく異なっており、しかも大きなばらつきを持つことが明らかとなりました(図2)。さらに、細胞の持つエネルギーのわずか0.1%程度を使って生じる温度変化でも、細胞の中の生化学反応に影響を与えうることが、修正された熱伝導率を用いた計算から示されました。これは、細胞の中で発生した熱が生理的役割を持つ可能性(研究グループはこれを「熱シグナル仮説」と呼んでいます)を裏付ける結果でした。

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図2 (a)空気、水、ミネラルオイル、細胞中におけるダイヤモンド量子センサーの温度上昇。一般に熱伝導率が小さいほど温度上昇が大きく、計測結果もこれを反映している。文献値による熱伝導率(単位W/m•K)は空気(0.026)、水(0.61)、ミネラルオイル(0.135)。(b)HeLa細胞に取り込まれたハイブリッドセンサーの顕微鏡観察像。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

いずれの結果も、新しく開発したハイブリッドセンサーによって初めて明らかにされた、これまでの常識を覆すものでした。生物による熱産生の仕組みの基礎に迫る最初の一歩として、細胞の熱産生が関わる生物・医学分野のあらゆる基礎研究に幅広く影響を与える重要な成果です。また応用面に目を向ければ、細胞内の熱が関連する事柄、例えば肥満の原因解明・予防・改善や、熱によって標的の細胞にダメージを与える、あるいは熱を利用して薬剤を放出するなどといった新しい治療法の開発などへの波及効果が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年1月16日(土)4時(日本時間)にアメリカ科学振興協会(AAAS)の「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“In situ measurements of intracellular thermal conductivity using heater-thermometer hybrid diamond nanosensors”
著者名: Shingo Sotoma†, Chongxia Zhong, James Chen Yong Kah, Hayato Yamashita, Taras Plakhotnik*, Yoshie Harada* and Madoka Suzuki*
共筆頭著者、*共責任著者

なお、本研究成果は、日本学術振興会科学研究費補助金、日本学術振興会特別研究員奨励費、JSTさきがけ、ATI研究助成、クリタ水・環境科学振興財団研究助成、池谷科学技術振興財団研究助成、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)などの支援により得られたものです。

参考URL; 過去のプレスリリースや解説

  1. 早稲田大学プレスリリース「ひとつの細胞の発熱を測る? 計算と実験との間の矛盾と、その解決案」2015年9月1日
    https://www.waseda.jp/top/news/31617
    **ここで取り上げた「細胞内の熱特性の解明」を、本研究で自ら解決しました。
  2. JSTnews 2017年10月号 はかる第5回「細胞内の温度変化からミクロの熱収支の謎に迫る」p.12-13
    https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2017/201710/pdf/2017_10_p12-13.pdf
  3. 公益財団法人テルモ生命科学振興財団 最先端研究・技術探検!第39回「ナノ温度計で生物の熱産生と利用のしくみを探求」2018年7月
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/39/index.html
  4. 蛋白質研究所 原田研究室HP
    http://www.protein.osaka-u.ac.jp/nanobiology/

用語説明

量子センサー

量子効果を利用して様々な物理量を計測することができるセンサー。細胞内の温度、磁場、電場、pH、構造変化などが計測できると期待されている。

NVセンター

炭素原子からなるダイヤモンド結晶構造内に形成される格子欠陥の一種。不純物として存在する窒素原子と隣接する空孔によって形成される。