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細胞内の熱が神経分化を駆動する

細胞内の熱が神経分化を駆動する

自ら作りだす細胞内の熱が神経再生の鍵である

2024-5-9生命科学・医学系
蛋白質研究所教授原田慶恵

研究成果のポイント

  • 細胞内局所における自発的な発熱が、神経細胞が分化する際の突起伸長の駆動力として働くことを発見しました。
  • これまで、神経分化を担う機構は分子で理解されてきた中で、その機構の一端が物理因子である熱であることを初めて解明しました。
  • 細胞内で自ら産生する熱が生体機能の担い手として、幅広く生命現象の解明や医工学応用につながることが期待されます。

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図. 細胞内の熱操作と温度観察による神経分化機構の解明

概要

東京大学大学院薬学系研究科の岡部弘基助教と、大阪大学蛋白質研究所の中馬俊祐大学院生(博士課程)(研究当時)、同研究所の原田慶恵教授らによる研究グループは、神経細胞内の自発的な発熱が神経分化における形態変化を駆動していることを世界で初めて発見しました。神経発達と再生における重要なプロセスである神経分化のメカニズムについては、それを担う様々な遺伝子の働きが精力的に解明されてきた中で、細胞内の温度変化がどのように関与するかについては全く不明でした。本研究では、独自の単一生細胞内の温度イメージング法を活用することで、細胞内の局所的な温度を操作・観察する方法を開発し、神経モデル細胞やマウス脳由来の神経細胞における細胞内で自ら生じる温度上昇が神経突起伸長のトリガーとして機能することを発見しました。この研究成果から、細胞内の熱が神経分化の理解や医学応用を担う重要な因子として新しい切り口をもたらすと期待されます。

研究の背景

神経幹細胞から神経細胞が発生する過程である神経分化は、神経機能の発達と再生における重要なプロセスであり、神経突起の伸長といった特徴的かつ劇的な形態変化を伴います。従来、神経分化の研究では、種々の遺伝子にコードされた様々な分子によるシグナル伝達機構が解明されてきましたが、神経分化における細胞内温度上昇の機能については全く不明でした。

研究の内容

本研究チームは、これまでに解明してきた細胞内の自発的な温度変動の存在に着想を得て、世界で初めて細胞機能解析に温度操作と観察法を導入し、神経モデル細胞やマウス脳皮質神経細胞の神経分化における温度変化の関与を調査しました。

まず、赤外線レーザー照射による単一生細胞の局所的な温度を微細に操作する方法を開発し、わずかな温度変化(3℃程度)が神経分化に及ぼす影響を調べた結果、局所温度(特に核内)の上昇が神経突起の伸長を促進することを見出しました(図1)。さらに、この加熱は、分化因子のない条件でも神経突起伸長を生じさせたことから、細胞内の熱自身が分化の因子として働いていることも分かりました(図1)。

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図1. 細胞内加熱による神経突起伸長の誘導

次に、細胞内温度イメージングから、神経細胞の分化前後で温度分布を比較したところ、分化した神経細胞は高温を示しました(図2)。さらに、阻害剤を用いた詳細な検討から分化に伴う細胞内温度上昇は、細胞内の主要な化学反応である転写と翻訳に由来することが明らかになりました(図2)。

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図2. 神経分化時の細胞内温度イメージング

続いて、神経分化における熱の重要性を確認するために、吸熱性のポリマーを用いて、細胞内温度上昇を阻害した際の神経分化を観察しました。細胞内温度上昇を抑制すると、神経突起伸長は著しく抑制されました(図3)。さらに、この阻害した神経細胞に加熱することで突起伸長の阻害が回復(つまり突起が伸長)したことから、神経分化において自発的に生じる熱が突起伸長を駆動するトリガーとして機能していると証明されました。

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図3. 細胞内熱操作による神経突起伸長の制御

本研究成果の意義

本研究の成果で、神経分化において細胞内の温度変化が深く関わることが確認されました。このような物理量である温度が細胞機能に貢献する現象は温度シグナリングと呼ばれ、他の様々なダイナミックな生命現象にも広く備わっていると期待されます。今後、生命機能を理解する上での新たな切り口となる可能性があり、さらに熱による神経細胞の機能制御は神経再生を伴う治療に貢献することも期待されます。

特記事項

【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
題 名:Implication of thermal signaling in neuronal differentiation revealed by manipulation and measurement of intracellular temperature
著者名:Shunsuke Chuma, Kazuyuki Kiyosue, Taishu Akiyama, Masaki Kinoshita, Yukiho Shimazaki, Seiichi Uchiyama, Shingo Sotoma, Kohki Okabe*, Yoshie Harada*(*共同責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-024-47542-8
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-47542-8

本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号:15H05931, 17H03075, 20H05785, 22H02583, 23KJ1450, 24H02306 )、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(課題番号:JPMXS0120330644)の支援により実施されました。

用語説明

細胞内温度イメージング法

生きた単一細胞内に蛍光性温度計を導入し蛍光顕微鏡で観察することにより細胞内の温度変化や温度分布を観察する方法です。

神経突起伸長

神経細胞の細胞体からの突起を指します。これは神経細胞間の電気信号の伝達など、神経機能にとって重要な構造です。

シグナル伝達

生体内で何らかの刺激を受けた際に細胞内シグナル分子が応答し、これが別の刺激を誘導することで次々と情報が伝達する過程を指します。

転写と翻訳

細胞活動を担う主たる反応である遺伝子発現の最初の段階で遺伝子であるDNAからRNAを合成する反応を転写、次の段階であるRNAからタンパク質を合成する反応を翻訳と言います。

温度シグナリング

一般にシグナル伝達経路はシグナル分子が担いますが、最近自発的な発熱による温度変化が刺激として媒介するシステムが提唱されました。それを温度シグナリングと呼びます。