誘電体メタサーフェス技術で超高解像度カラープリンティングを実現

誘電体メタサーフェス技術で超高解像度カラープリンティングを実現

紙幣や工業製品の偽造防止技術の応用に期待

2018-1-15工学系

研究成果のポイント

・シリコンメタサーフェス を用いた回折限界解像度のカラープリンティングを実現
・これまでメタサーフェスの材料に金属が用いられていたため損失が大きく高彩度のカラー生成が困難であったが、シリコンを用いることで高解像度かつ高彩度のカラー生成が可能となった
・偽造防止技術やディスプレイ等への応用に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の長崎裕介大学院生、鈴木優史大学院生、髙原淳一教授らは、誘電体メタサーフェスとよばれるシリコン(Si)ナノ構造を用いて85,000dpi もの極めて高い解像度をもつカラー印刷の実証に成功しました。

誘電体ナノ構造に光が当たると、構造内部に励起されるMie共振 によって特定の光が反射されます。可視光域でこの現象を利用すると、色素等を使わなくても誘電体本来の色とは異なる様々な色を作り出すことができます。本成果はフォトニック結晶のような構造の周期配列によって色を出す仕組みと異なり、独立したSiナノ構造のMie共振によって色が生み出されます。したがって、ナノ構造のサイズを変えるだけで様々な色を生成できます (図1) 。これにより単一で機能する物理限界である回折限界 に近い極めて小さなSiでできたカラーピクセルが初めて実現されました (図2) 。本成果は偽造防止技術等への応用が期待されます。

本研究成果は、米国化学会(ACS)の学術誌「NanoLetters」に、2017年11月15日付で掲載されました。

図1 Siナノ構造アレイの光学顕微鏡像.異なる大きさのSiナノ構造アレイは異なる色を示す(スケールバー:20μm).

研究の背景・内容

玉虫やモルフォ蝶に見られる美しい色は色素ではなく誘電体の周期構造によって生み出されており、構造色とよばれています。構造色は周期的な構造体からの散乱光間の干渉によりうまれます。2000年代を通じたナノテクノロジーの発達によりフォトニック結晶 とよばれる誘電体周期構造を人工的に作製し、色を出すことができるようになりました。しかし、周期構造を必要とするため、高い解像度を実現することは原理的に困難でした。

2010年代に入ると金属ナノ構造体の光吸収を利用した様々な構造色が提案され、プラズモニックカラーとよばれるようになりました。金属ナノ構造体は単一でも色を制御できるため、100,000dpiという極めて高い解像度のカラー画像生成が実現されました。しかし、金属のもつ大きな損失のため色空間が狭く、高い解像度を保ったまま高彩度のカラー生成を行うことは困難でした。

髙原教授らの研究グループは損失の少ない高彩度のカラー生成を行うため、高い屈折率をもつ誘電体であるSiに注目しました。高屈折率の誘電体ナノ構造に光が当たると、構造内部に励起されるMie共振によって特定の光が反射されます。可視光域でこの現象を利用すると、色素等を使わなくても誘電体本来の色とは異なる様々な色を作り出すことができます。

周期配列による干渉で色を出すフォトニック結晶と異なり、誘電体メタサーフェスによって実現される色は、光の回折限界に近い解像度を持つことが可能です。そのため誘電体ナノ構造をカラー印刷に用いれば、理論上最も細かい文字や絵を描くことができます。しかし、誘電体メタサーフェスによって生成される色が1ピクセルごとに判別できるかは分かっていませんでした。

今回研究グループは、Siによる誘電体メタサーフェスが周期的に配列しても相互作用がなく、独立して色が生成されることを実証し、理論限界の解像度を得ることに成功しました。

図2 超高解像度のデモ(a)チェッカーボードパタンの走査型イオン顕微鏡像 および(b)光学顕微鏡像、(c)回折限界サイズの微小文字RGBの走査型イオン顕微鏡像および(d)光学顕微鏡像(スケールバー:2μm)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果はあらゆる画像を物理限界の解像度で描くことを可能にします。このような特性は真似をすることが困難であるため、紙幣や工業製品などの偽造防止技術やディスプレイ等への応用が期待されています。また本素子の構造はSiのみで構成されるため半導体微細加工技術と非常に相性が良く、プロセスラインへの組み込みが容易です。そのため、今後の偽造防止用画像の技術の発展に大きく貢献すると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2017年11月15日(水)付で米国化学会(ACS)学術誌「Nano Letters」に掲載されました。
雑誌名:Nano Letters 17, pp.7500-7506 (2017).
タイトル:“All-dielectric dual-color pixel with subwavelength resolution”
著者名:Yusuke Nagasaki, Masafumi Suzuki, and Junichi Takahara
DOI:10.1021/acs.nanolett.7b03421

なお、本研究は、文部科学省先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「フォトニクス先端融合研究拠点」の一環として行われました。

研究者のコメント

通常の印刷物の解像度は300dpi程度しかありませんが、本技術によりその数百倍以上の解像度のカラー画像生成が実現できます。この解像度は光の波動性にともなう原理的な限界である回折限界に相当するものです。模造品防止のセキュリティータグや微細ディスプレイなどへの応用が期待されています。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 応用物理学コース ナノエレクトロニクス領域
http://nelph.parc.osaka-u.ac.jp/index.html

用語説明

メタサーフェス

多数の人工的なメタ原子から構成された自然界にはない媒質をメタマテリアルとよびます。2次元のメタマテリアルのことをメタサーフェスともよびます。メタ原子間の間隔は光の波長よりも短い距離であるため、マクロに見ると光に対して均質な有効媒質として振舞います。

dpi

dots per inchの略で、1インチの幅の中にどれだけのドットを表現できるかを表します。プリンタやディスプレイなどの分解能の性能を表すために用いられます。一般的な印刷物では300dpi程度が必要とされています。

Mie共振

光の波長と同程度の大きさを持つ誘電体に光が照射された時におきる共振現象です。ナノサイズの誘電体の大きさによって反射する光の波長を制御できます。

回折限界

光学顕微鏡では光の回折現象によって、解像度が制限を受けています。顕微鏡の場合、光の波長λの半分以下のものを見ることはできません。

フォトニック結晶

構造の周期によって光伝搬特性を変えることのできる、いわば”光の結晶”です。構造の大きさよりも周期によって光の波長をコントロールします。

走査型イオン顕微鏡

光を試料に照射して表面を観察する光学顕微鏡に対し、イオンを試料に照射して試料表面を観察する顕微鏡です。色の情報を得ることは出来ませんが、より高い倍率での資料の観察が可能になります。