0.5ミリ未満の早期乳癌を鮮明に!非染色テラヘルツイメージングに成功

0.5ミリ未満の早期乳癌を鮮明に!非染色テラヘルツイメージングに成功

癌のオンサイト診断へのブレークスルー

2020-10-22工学系

研究成果のポイント

・現在、乳癌は組織病理学により診断しているが、細胞の染色が必要であり、非常に時間のかかることが問題であった。本研究では、テラヘルツ波光源と乳癌組織を直接相互作用させることで、染色を必要としない乳癌イメージングに成功した。
・今回、独自のテラヘルツイメージングシステムを開発することで、病理診断でも識別が難しかった、わずか0.5ミリ未満の早期乳癌の鮮明なイメージングに成功した。
・テラヘルツ波の強度分布の違いから、早期乳癌と進行した乳癌の定量的な評価が可能に。
・乳癌を含む様々な癌のオンサイト診断実現に向けたブレークスルーになるとともに、テラヘルツ波を利用した新しい診断機器の開発に期待。

概要

大阪大学レーザー科学研究所の芹田和則特任助教をリーダーとして、同研究所斗内政吉教授、大阪大学大学院工学研究科の大学院生岡田航介さん(博士後期課程)およびフランス・ボルドー大学、ベルゴニエ研究所の国際共同研究チームは、レーザー光を非線形光学結晶に照射した際に局所的に発生するテラヘルツ波を利用して、病理診断でも識別が難しいとされる、わずか0.5ミリ未満の早期乳癌を、染色を行わずに高い精度でテラヘルツイメージングすることに初めて成功しました。

テラヘルツ波 を利用した乳癌組織のイメージングは、癌組織と正常組織を、染色を行わずに識別できることから、次世代のオンサイト診断技術としての応用が期待されています。しかし、テラヘルツ波の波長が光に比べて数百倍長いため、その回折限界 の影響から、比較的小さな早期の乳癌である非浸潤性乳管癌(DCIS) を識別することが困難でした。また、DCISは、染色による病理診断でも、病巣そのものの見た目が進行した癌(=浸潤性乳管癌(IDC) )と似ていることから識別が難しいとされています。

今回、本研究グループは、レーザーを非線形光学結晶 に照射した際に局所的に発生するテラヘルツ波光源と癌組織を直接相互作用させてイメージングを行う独自のイメージング技術を開発し (図1) 、0.5ミリ未満のDCISの鮮明なテラヘルツイメージングに初めて成功しました (図2) 。このDCISとその周辺にあるIDCでは、テラヘルツ波の強度が異なっていることを観測し、それらを定量的に識別できる可能性を示唆しました。これらの成果は、これまでのテラヘルツ波を使った癌計測と比較して1,000倍近く高い精度で評価できていることを示しており、本手法によってのみ明らかになった知見です。

今回の成果は、染色せずに迅速かつ高精度な癌の病理診断を提供するオンサイト診断実現に向けた大きな1歩であるといえます。また、乳癌のみならず様々な種類の癌の早期発見や癌のグレードの判定など機械学習 と組み合わせることで、病理診断を強力にサポートできることが期待されます。さらに本技術を応用した新しいテラヘルツ診断デバイスの開発にも期待でき、バイオ・医療分野を中心に幅広い波及効果が見込まれます。

本研究成果は、2020年10月22日(木)に英国科学誌IOP Publishing「Journal of Physics: Photonics」(オンライン)に掲載されます。
DOI https://doi.org/10.1088/2515-7647/abbcda

図1 乳癌組織測定の模式図。非線形光学結晶表面に転写した乳癌組織の下からレーザーを照射して結晶の表面にテラヘルツ波を発生させる。このテラヘルツ波を走査させて乳癌組織のイメージングを行う。

図2 乳癌組織のTHz像(非染色)とH&E染色画像。染色画像では、病理医の診断の下、赤色の点線で囲まれた領域を非浸潤性乳管癌(DCIS)、青色の点線で囲まれた領域を浸潤性癌(IDC)、その他の領域を正常な組織として区切っている。THz像でも、染色画像と似たような分布が得られていることがわかる。また、DCIS、IDC、正常組織で信号強度が異なっており、それぞれを識別できていることがわかる。

研究の背景

乳癌は浸潤性のものと非浸潤性のものに大きく分けられます。浸潤性の癌はすでに癌が進行した状態です。非浸潤性の癌はまだ進行が進んでいない初期の小さな乳癌で、非浸潤性乳管癌(DCIS)と呼ばれており、乳管の内部で癌細胞が増殖し、放置しておくと悪性度の高い浸潤性の癌として進行していきます。そのためDCISの早期発見が重要とされています。癌の病理診断では、化学物質を使った染色で組織を色分けし、その染色画像を使って病理医が診断をしますが、この染色工程に手間と時間がかかることが課題となっています。また、DCISは、たとえ染色したとしても病巣そのものの見た目が浸潤性乳管癌(IDC)と類似していることから、正確な識別が難しいとされています。

テラヘルツ波は、周波数にして0.1~10テラヘルツの電磁波を指し、光と電波の中間帯に位置しています。特にイメージングでは、X線とは異なり、物質を被曝させずに可視化することができることから、それに代わる安心安全な評価技術として注目されています。また、生体組織の計測に利用することで、癌組織と正常組織を、染色を行わずに識別することができるとされており、将来の新しい癌診断技術としても期待されています。

しかし、従来のテラヘルツ計測では、テラヘルツ波をレンズで絞ってサンプルに照射させていたため、観察可能な領域が数ミリメートル~数センチメートル程度に制限されていました。そのためテラヘルツ波でDCISなどの早期の癌を観察することはできませんでした。

これに対して、本研究グループは、非線形光学結晶に、フェムト秒(1フェムト秒は10-15秒)パルスレーザー光を照射した際にテラヘルツ波が局所的に発生することに着目しました。ここで発生するテラヘルツ波は、その波長(1テラヘルツは約0.3ミリメートル)より数桁小さい点光源として扱うことができます。これとサンプルを直接相互作用させてイメージングを行うことで (図1) 、従来難しかった0.5ミリメートル未満のサイズのDCISの鮮明なテラヘルツイメージングに初めて成功しました (図2) 。フランスチームが観測に適合した特殊な試料を準備することで成功した、国際共同研究の大きな成果です。

また、テラヘルツ波の強度分布がDCISとIDCで異なることを観測し、それらの定量的な識別が可能であることを示唆しました。

これらは、従来のテラヘルツ波による癌測定と比較して、1,000倍近く精度よく癌組織をイメージングできていることになります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、病理診断において、乳癌を含めた様々な早期癌を染色せずに迅速に診断できるようになり、オンサイト診断の実現に期待できます。癌によっては治療を必要としない悪性度の低い癌も存在するとされており、それらを含めた定量的な癌診断の手法が確立することで、癌のグレードを判定する上でも役立つ可能性があり、機械学習と組み合わせることで、病理医の診断を強力にサポートすることが期待できます。また、非線形光学結晶と試料を接触させる測定手法をとっているためセンサー部のコンパクト化が可能となり、フレキシブルなテラヘルツ医用診断デバイス開発も期待されます。例えば、ファイバー光学系とMEMS 技術を組み合わせることで、ハンドヘルド型のテラヘルツ診断デバイスやテラヘルツ内視鏡への応用にも期待ができます。

特記事項

本研究成果は、2020年10月22日(木)に英国科学誌「Journal of Physics: Photonics」(オンライン)に掲載されます。

DOI https://doi.org/10.1088/2515-7647/abbcda
タイトル:"Terahertz near-field microscopy of ductal carcinoma in situ (DCIS) of the breast"
著者名:Kosuke Okada, Kazunori Serita, Quentin Cassar, Hironaru Murakami, Gaëtan MacGrogan, Jean-Paul Guillet, Patrick Mounaix, and Masayoshi Tonouchi

なお、本研究の一部は、科学研究費補助金(JP17H01269、JP18H01499、JP20H00247、JP20K20536)などの支援にて実施されました。

研究者のコメント

芹田和則特任助教

これまでにない高分解能のテラヘルツイメージングシステムの開発には、多くの試行錯誤を伴い、ようやく成功しました。また、テラヘルツ波と癌サンプルを効率よく相互作用させることが重要であり、非線形光学結晶への癌サンプル固定を精度よく行う必要がありました。これには、フランスの研究グループからの高品質なサンプル提供があり、今回の成果につなげることができました。

参考URL

レーザー科学研究所 斗内研究室HP
https://www.ile.osaka-u.ac.jp/research/thp/index.html

用語説明

テラヘルツ波

周波数が1テラ(1兆)ヘルツ前後にある電磁波の総称。1テラヘルツは波長にして約0.3ミリメートルである。光と電波の中間に位置する電磁波であり、光の直進性と電波の透過性双方の性質を併せ持つ。また、水に対しては可視光の約6桁以上の強い吸収特性を示す。1光子のエネルギーは、X線のそれの100万分の1相当であり、物質を被曝させることなくイメージングすることができる。その他にも薬物検査、半導体デバイス検査、食品の品質管理、超高速通信など、多岐に渡る応用利用が期待されている。

非線形光学結晶

レーザー光などの非常に強い光が入射すると、その分極応答が入射する光の振幅に比例せずに、2乗、3乗などに比例した非線形な応答を示す結晶。本研究における、光からテラヘルツ波への波長変換は、代表的な非線形応答である。

回折限界

光を集光できる最小領域で、光の波長程度に制約される。レントゲンで知られるX線の場合、数百分の1ナノメートル程度、光学顕微鏡で使われる可視光の場合、380ナノメートル~750ナノメートル程度、テラヘルツ波の場合、30マイクロメートル~3ミリメートル程度となる。ナノメートル(=10 -9 メートル)は10億分の1メートル。マイクロメートル(=10 -6 メートル)は100万分の1メートル。

非浸潤性乳管癌(DCIS)

(Ductal carcinoma in situ):

初期の乳癌。乳管内で癌細胞が増殖してその中に留まっている状態をいう。そのまま放置すると場合によっては、浸潤性の癌となり他の組織に転移するため早期発見が重要とされる。

浸潤性乳管癌(IDC)

(Invasive ductal carcinoma):

非浸潤性乳管癌が、乳管を超えて周囲の組織に浸潤したもので、乳癌が進行した状態にある。

機械学習

コンピュータが、大量のデータを使って繰り返し学習を行い、そこに含まれる特徴的なパターンを見つけ出すデータ解析手法の総称。これにより得られた結果を、新しいデータに取り入れていくことで将来を予測したり、未知のデータを判別したりすることができるようになる。

MEMS

Micro Electro Mechanical Systems(=メムス、微小電気機械システム)の略。微小な機械部品や電子回路を1つの基板上に組み込み、様々な機能を持たせたデバイスのことを指す。