3次元回路に必須の貫通電極を非破壊・非接触に分析する世界初の技術

3次元回路に必須の貫通電極を非破壊・非接触に分析する世界初の技術

阪大発のテラヘルツ波放射顕微鏡が半導体3次元集積回路開発を加速する

2021-3-25工学系
レーザー科学研究所教授斗内政吉

研究成果のポイント

  • 3次元集積回路開発に重要なシリコン貫通電極(TSV)分析技術を新たに開発した。
  • 半導体集積回路はあらゆる分野で必須で、その高密度化に3次元回路は不可欠。3次元回路の基本要素である、縦方向に電流を流す貫通電極は重要であるが、その内部の欠陥や高速応答特性を非接触・非破壊で評価する有効な技術は存在していない。
  • 今回、フェムト秒レーザー(極短光パルス)により、貫通電極近くで、テラヘルツ電磁波を発生伝搬させ、その特性により、簡単にTSVが評価できることを実証した。
  • この技術は、大阪大学が長年独自に進めてきたテラヘルツ波放射顕微鏡(LTEM)を応用したもので、新たな応用分野の開拓にも成功したものである。
  • 半導体集積回路の開発・作製には多くの資源(電力や水)が必要であるが、3次元化や集積プロセスを評価できる本技術により、その開発・作製を加速させ、省資源化に貢献することが期待される。

概要

ベルギーの研究所IMECのKristof J.P. Jacobs(クリストフ ヤコブ)博士とEric Beyne(エリック ベイネ)博士、大阪大学レーザー科学研究所の斗内政吉(とのうち まさよし)教授、村上博成(むらかみ ひろなる)准教授、芹田和則(せりた かずのり)特任助教および大阪大学大学院工学研究科の大学院生の村上史和(むらかみ ふみかず)さん(博士前期課程)は、大阪大学発の技術であるテラヘルツ波放射顕微鏡(LTEM)を用いることで、3次元回路の重要な要素であるシリコン貫通電極(TSVs)の非破壊・非接触評価に初めて成功しました。

シリコン貫通電極(TSV)は、3次元集積回路において、2次元的集積回路を立体的に連結させるために不可欠な要素ですが、作成したTSVの電気伝導特性など局所的な分析を非破壊・非接触で分析・検査する技術はありませんでした。

IMECでTSVプロセスを研究してきたJacobs博士から、その分析にテラヘルツ放射顕微鏡を適用できる可能性が提案され、日本学術振興会外国人研究者招へい事業の支援を受けて、今回、国際共同研究グループは、LTEMがTSVを非破壊・非接触で分析・検査する技術に応用できることを実証しました。これは、フェムト秒レーザーをTSVに照射し、その時に表面近くで発生する瞬時的な光電流によるテラヘルツ波を検出することで、TSV周辺での電荷の動きや電磁波の伝搬を観測するもので、金属・絶縁層・シリコン半導体の柱状構造を3次元的に分析・評価できる可能性を示しました。

今回の成果は、大阪大学が長年、独自に開発してきたテラヘルツ放射顕微鏡を応用したもので、世界で最も優れた半導体研究開発団体であるIMECとタッグを組んで成功させたものです。今後、世界的な半導体研究開発の場面で利用され、その技術が、高性能3次元半導体集積回路の開発や作製に大きく貢献し、結果的に電力や水資源の消費削減につながることが期待されます。

本研究成果は、Springer Nature出版「Nature Electronics」に、3月25日(木)1時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

半導体集積回路の微細化による集積化は限界に近づきつつあるなか、その3次元化が急務となっています。その3次元化の中で、上下の集積回路を接続するTSVは必要不可欠な部分で、非常に重要です。TSVはシリコンウェファーを貫通する金属電極で、円柱状の空間を形成したのち、その表面に絶縁層を形成し、金属電極を埋め込むもので、電極とシリコンの絶縁特性や導電特性の不良など、集積回路動作への影響は大きくなります。これまで、そのようなTSVを非破壊・非接触で分析・評価を可能にする技術はありませんでした。

研究の内容

今回、国際共同研究グループは、フェムト秒レーザーをTSV近くに照射することで発生するテラヘルツ波とその伝搬の観測から、TSVを非破壊・非接触で分析・評価できることを初めて示しました。TSVは図1に示すように縦型柱状の構造で、シリコン、絶縁層、金属で構成されています。シリコンは表面近くで、電界が自然に存在しており、光で励起された電子は内側に、正孔(正の電荷)は絶縁層に向かって走ります。この時発生する電流で、テラヘルツ波が励起され、空間中に放射されます。また一部のテラヘルツ波は、シリコン内部へと伝搬しますが、シリコンウェファーの背面で反射され、帰ってきたテラヘルツ波も空間に放射されます。ここで、内部に侵入した方のテラヘルツ波は、時間が遅れて放射されるので、その時間遅れを観測するとテラヘルツ波の伝搬の様子が観測されます。

レーザー光が、TSVに角度をもって入射するとTSVの一部で電荷が励起され、逆の影の部分では光電流が発生しません。図2は、TSVに45度傾けた方向からレーザーを入射した時の検出されるテラヘルツ波の時間的な変化を表しています。一方の角度から入射した時と、反対側から照射したときで、波形が反転している様子がわかります。このことから、予想した通りにTSVの片側のシリコン内部で光電流が流れてテラヘルツ波が発生していることがわかります。また、波形をよく見ると、約10ピコ秒(10-12秒)の時間がたつと背面で反射されてきたテラヘルツ波が観測されています。その波形は、シリコンウェファーの背面の金属層で反射されたもので、この波形は、最初の波形と反転しています。この波形から伝搬の様子を知ることができ、シリコンウェファーの厚さなどもわかります。

 以上のように、テラヘルツ波放射顕微鏡がTSVの非破壊・非接触での分析検査に有効であることを実証しました。今後は、高分解能化や、非常にパルス幅の短いフェムト秒レーザーを用いることで、局所に、かつ高速に伝搬するテラヘルツ波の観測が可能となり、一つ一つのTSV内部の分析が可能となります。

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図1. シリコン貫通電極とTSVからのテラヘルツ放射原理。表面から光が侵入できる範囲で、光電荷(負電荷と正電荷)が生成され、金属/絶縁膜/シリコン構造のシリコン表面に存在する内部電界により、それぞれ逆方向に移動する。この移動が、高速な光電流となり、テラヘルツ波が励起・放射される。

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図2. TSVにフェムト秒レーザー光を斜めから照射したときの、放射されるテラヘルツ電磁波の時間的変化をとらえた実験結果。斜めにすることで、各TSV側面の一方に光が照射され、他方は陰になる。光の当たった部分では、電子(負の電荷)は、TSVから離れる方向に移動する(図1参照)。これにより、照射する部分を逆にすると、電子の動く方向も逆になり、放射されるテラヘルツ波の振幅が、反転する。また、シリコンウェファーの裏面の金属部分からの反射テラヘルツ波も、約10ピコ秒遅れで観測され、その波形は元の波形と比べて反転していることも見て取れる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

半導体集積回路は、それなくして社会が成立しえないほど不可欠なものとなっています。今、2グラムのシリコンチップの製造には、1.6キログラムの化石燃料、72グラムの化学薬品、32キログラムの水が必要とされています。生産歩留まりを最大化することは、省エネルギーと廃棄物の最小化に不可欠ですが、微細化により生産の複雑さはますます増し、半導体ウェファー・デバイス評価技術は半導体産業にとっては重要な課題であり続けています。3次元集積回路を非破壊・非接触で分析・検査する技術は、その課題を解決するために重要なイノベーションをもたらします。今回の成果は、本研究で示したTSVの評価にとどまらず、半導体製造プロセスに非接触試験を可能にする統合計測ソリューションを提供することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年3月25日(木)1時(日本時間)にSpringer Nature出版「Nature Electronics」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Characterisation of through-silicon vias using laser terahertz emission microscopy”
著者名:Kristof J.P. Jacobs, Hironaru Murakami, Fumikazu Murakami, Kazunori Serita, Eric Beyne, Masayoshi Tonouchi
DOI http://dx.doi.org/10.1038/s41928-021-00559-z

なお、本研究でのK. Jacobs博士との共同研究は、JSPS外国人研究者招へい事業(PE18026)による支援を受け実施されました。また、京都大学 大学院 エネルギー科学研究科 川山巌准教授の協力を得て行われました。

参考URL

斗内政吉教授 研究者総覧URL
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?u=6418

SDGs目標

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用語説明

シリコン貫通電極(TSV)

シリコン半導体チップの内部を垂直に貫通する電極のことで、Through-Silicon ViaよりTSVと呼ばれる。本研究では、特に3次元集積回路におけるTSVを対象としている。シリコンウェファーに、垂直に、様々な直径・深さの穴(ビア)を掘り、そのビア内の壁に、絶縁層を均一に製膜したのち、銅メッキなどで金属電極を埋めることで、作製する。

フェムト秒レーザー

短光パルス発振のレーザーで、その光のパルス幅が、10-14から10-13秒程度で、繰返し周期が数Hzから109Hz程度で、様々なパワーのものがあり、光通信から、計測、加工など様々な場面で応用されている。代表的なものにチタンサファイヤフェムト秒レーザーがあり、パルス幅100fs(10-13秒)、繰返し80MHz程度のものが広く普及している。

テラヘルツ電磁波

周波数が1テラ(1兆)ヘルツ前後にある電磁波の総称。1テラヘルツは波長にして約0.3ミリメートルである。光と電波の中間に位置する電磁波であり、光の直進性と電波の透過性双方の性質を併せ持つ。1光子のエネルギーは、X線のそれの100万分の1相当であり、物質を被曝させることなくイメージングすることができる。がん診断、薬物検査、半導体デバイス検査、食品の品質管理、超高速通信など、多岐に渡る応用利用が期待されている。

テラヘルツ波放射顕微鏡(LTEM)

フェムト秒レーザーを物質に照射し、光で励起される電荷の移動に伴って、放射されるテラヘルツ波の強度・振幅をマッピングして、電荷の時間的移動をイメージングする顕微鏡。イメージング分解能がテラヘルツ波の波長(㎜オーダー)ではなく、光の波長(μⅿ以下)で決まることから、局所的な電荷の応答・移動を追跡できる点で、他の顕微鏡とは異なるイメージング技術。英語名のLaser Terahertz Emission Microscopeより通称はLTEMと呼ばれる。参考文献:応用物理 第84巻第12号、1101(2015).

IMEC

Interuniversity Micro Electronics Center(IMEC)(https://www.imec-int.com/en):IMECは、ナノエレクトロニクスとデジタル技術において、世界をリードする研究とイノベーションのハブとして機能している研究機関である。マイクロチップ技術におけるIMECのリーダーシップは広く知られており、さらにソフトウェアやICTに関する深い専門知識を組み合わせることで、IMECの研究活動は特徴的なものになっている。また世界トップレベルのインフラ、ローカルおよびグローバルなパートナーとのエコシステムを活用して、ヘルスケア、スマートシティ、モビリティ、物流、製造、エネルギー、教育などのアプリケーション領域において、画期的なイノベーションを生み出している機関である。IMECはベルギーのルーベンに本社を置き、オランダ、台湾、アメリカ、中国、インド、日本にオフィスを構え、フランダース地方の多くの大学にも共同研究開発チームがあり、2019年のIMECの売上高は、6億4,000万ユーロだった。