レーザー研独自技術LTEMが非破壊・非接触で量子井戸構造半導体の光応答を読み解く

レーザー研独自技術LTEMが非破壊・非接触で量子井戸構造半導体の光応答を読み解く

ナノスケールでGaNの厚さ分布を観測する新技術

2021-5-14工学系
レーザー科学研究所教授斗内政吉

研究成果のポイント

  • ワイドバンドギャップGaNとInGaNで構成する多重量子井戸構造半導体の光に対する複雑な高速応答を解明した。
  • InGaN/GaN多重量子井戸構造は、大きな歪と強い電界が内在し、内部に埋め込まれたアクティブ層の高速光応答を総合的に評価することは困難であった。
  • 光励起に伴う1)内部電界遮蔽、2)歪緩和音響フォノン発生、3)量子井戸内電荷振動によるテラヘルツ電磁波放射を観測することで、非破壊・非接触で埋め込まれた量子井戸内の複雑な高速光応答の観測が可能になった。
  • 表面保護層のGaNを厚さ分布10nmの精度で広く計測可能になった。
  • この技術は、大阪大学レーザー科学研究所が長年独自に進めてきたテラヘルツ波放射顕微鏡(LTEM)を応用したもので、新たな応用分野の開拓にも成功したものである。

概要

大阪大学大学院工学研究科のAbdul Mannan(アブドゥル マナン)さん(博士後期課程)、大阪大学レーザー科学研究所のBagsican Filchito Renee(バクシカン フィルチト レニ)特任研究員、山原滉太(やまはら こうた)さん(当時:大阪大学大学院工学研究科博士前期課程修了)、村上博成(むらかみ ひろなる)准教授、斗内政吉(とのうち まさよし)教授および京都大学大学院 エネルギー科学研究科 川山巌(かわやま いわお)准教授、独国・ブラウンシュヴァイク工科大学、ビーレフェルト大学の国際共同研究チームは、ワイドバンドギャップGaNとInGaNで構成する多重量子井戸構造半導体の光に対する複雑な応答を自由空間の放射されるテラヘルツ電磁波を用いて解明しました。またその超格子を保護するGaNキャップ層の厚さ分布をナノスケールの精度でイメージングできることを証明しました。これによりInGaN/GaN多重量子井戸構造を用いた光デバイス開発の加速が期待されます。

今回、フェムト秒レーザーを用いてInGaN/GaN多重量子井戸構造内に光電荷を生成すると、1)内部電界が遮蔽される時、2)歪が緩和されるときに音響フォノンが生成され格子振動の衝撃波となって、表面に到達した時、3)多重量子井戸がナノキャパシターの役割を果たして、井戸内で電荷が振動する時にテラヘルツ電磁波が励起され、自由空間から観測することで、複雑な超高速ダイナミクスの同時観測に成功しました。また、フォノンの伝搬時間を計測することで、デバイス作製に必要な保護膜(実験では180nm厚さのGaNキャップ層)の厚さのばらつきを10nmの精度で広くイメージングできることを証明しました。これにより、ワイドバンドギャップ半導体多重量子井戸構造を利用した光デバイスの開発に貢献することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Advanced Optical Materials」に、5月4日(火)に公開されました。

DOI https://doi.org/10.1002/adom.202100258

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図1. 歪緩和で温厚フォノン衝撃波が伝搬し、表面でテラヘルツ波に変換され外部に放射される。

研究の背景

ワイドバンドギャップ半導体InGaN/GaN多重量子井戸は、青色発光デバイスなどへの応用で広く研究されています。結晶内部で大きな歪による強い分極電界を内在し、光への応答が複雑であることがわかっています。また、表面には保護膜が形成されるため、その内部に埋め込まれたデバイスの物性を作製後に外部から観測することは困難です。

斗内教授らの研究グループでは、フェムト秒レーザーを、InGaN/GaN多重量子井戸構造を内部に有する試料表面から照射することで、InGaN 量子井戸層に電荷(電子と正孔)を励起することで誘起される様々な超高速現象を、テラヘルツ電磁波放射としてとらえ、その電磁波の解析により、複雑なダイナミクスを解明しました。その実験の手法を図2(左)に示します。InGaN/GaN多重量子井戸構造では、相互の強い歪に強い電界が内在しています。光が量子井戸に到達すると光電荷が生成されます。生成すると、1)内部電界が遮蔽される時、2)歪が緩和されるときに音響フォノンが生成され格子振動の衝撃波となって、表面に到達した時、3)多重量子井戸がナノキャパシターの役割を果たして、井戸内で電荷が振動する時にテラヘルツ電磁波が励起され、自由空間に放射されます。その電磁波の波形の例を図2(右)に示しています。この波形は、量子井戸構造や励起に使う光の波長に大きく依存し、それらのテラヘルツ電磁波の波形を計測することで、上記の複雑な超高速ダイナミクスが解明されました。

さらに電界遮蔽と音響フォノンによるテラヘルツ波放射の時間差を計測すると、表面に利用しているGaNの厚さが計測できます。図の例では、GaNキャップ層の音響フォノンの伝搬に約18ピコ秒要しています。この時間から厚さを算定すると、約180nmの層に対して、2次元的な厚さ分布を広い範囲で10nmの精度でイメージングが可能となります。

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図2. InGaN/GaN構造の光励起によるテラヘルツ放射の様子(左)とその波形(右)。時間とともに様々に変化するテラヘルツ波放射が確認される。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、大阪大学レーザー科学研究所が長年、独自に開発してきたテラヘルツ放射顕微鏡を応用したもので、内部に埋もれたワイドギャップ半導体デバイスの高速電荷ダイナミクスを時空間で分析できることを証明しており、様々なデバイス開発における性能向上研究に貢献することが期待されます。また、保護層の厚さを広範囲で10nm精度で分析できることは、デバイス実用化レベルでの工程管理応用も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年5月4日(火)に米国科学誌「Advanced Optical Materials」(オンライン)に掲載されました。
DOI https://doi.org/10.1002/adom.202100258
タイトル:“Ultrafast terahertz nano-seismology of GaInN/GaN multiple quantum wells”
著者名:Abdul Mannan, Filchito Renee G. Bagsican, Kota Yamahara, Iwao Kawayama, Hironaru Murakami, Heiko Bremers, Uwe Rossow, Andreas Hangleiter, Dmitry Turchinovich and Masayoshi Tonouchi (Advanced Optical Materials 2021, 2100258.)

なお、本研究は、科学研究費補助金(JP18KK0140、JP18K18861、JP19K15047)、JSPS Core-to-Core Program, and Program for Promoting International Joint Research、およびEU FET Open Project EXTREME-IR, (Grant Number 964735)の支援にて実施されました。

参考URL

斗内政吉教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fb47c8560ec00fa7.html

SDGs目標

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用語説明

InGaN/GaN多重量子井戸構造

本件では、エネルギーバンドギャップとして2.6と3.4eVのInGaNとGaNを厚さ数nmずつ交互に10層ずつ積層し、その上に厚さ180nmのGaN保護層で覆ったサンプルを使用している。作製には低真空有機金属気相成長法を用いた。

歪緩和音響フォノン発生

InGaNとGaNは格子定数が異なり、その界面には大きな歪が存在していると同時に両者には相反する方向に強い電界(InGaN量子井戸内には3MV/cm程度)が内在している。その状態で、光励起により自由電荷を生成すると、その電界による電荷の移動が発生し、電荷は閉じ込められているので内部電界が変化する。その内部電界の変化により、内在していた応力が緩和され音響フォノンが発生する。その音響フォノンは、衝撃波となって、その場所から表面と裏面に向かって伝搬していく。

テラヘルツ電磁波

周波数が1テラ(1兆)ヘルツ前後にある電磁波の総称。1テラヘルツは波長にして約0.3ミリメートルである。光と電波の中間に位置する電磁波であり、光の直進性と電波の透過性双方の性質を併せ持つ。1光子のエネルギーは、X線のそれの100万分の1相当であり、物質を被曝させることなくイメージングすることができる。がん診断、薬物検査、半導体デバイス検査、食品の品質管理、超高速通信など、多岐に渡る応用利用が期待されている。

テラヘルツ派放射顕微鏡(LTEM)

フェムト秒レーザーを物質に照射し、光で励起される電荷の移動に伴って、放射されるテラヘルツ波の強度・振幅をマッピングして、電荷の時間的移動をイメージングする顕微鏡。イメージング分解能がテラヘルツ波の波長(㎜オーダー)ではなく、光の波長(μⅿ以下)で決まることから、局所的な電荷の応答・移動を追跡できる点で、他の顕微鏡とは異なるイメージング技術。英語名のLaser Terahertz Emission Microscopeより通称はLTEMと呼ばれる。参考文献:応用物理 第84巻第12号、1101(2015).

フェムト秒レーザー

極短光パルス発振のレーザーで、その光のパルス幅が、10-14から10-13秒程度で、繰返し周期が数Hzから109Hz程度で、様々なパワーのものがあり、光通信から、計測、加工など様々な場面で応用されている。代表的なものにチタンサファイヤフェムト秒レーザーがあり、パルス幅100fs(10-13秒)、繰返し80MHz程度のものが広く普及している。