AI技術でボケのない高精細X線顕微鏡画像を実現

AI技術でボケのない高精細X線顕微鏡画像を実現

試料を面内回転させレンズ由来のボケを分離、再構成

2024-11-29工学系
工学研究科招へい教授松山智至

研究成果のポイント

  • 試料を面内回転させながら撮影した顕微鏡像だけを用いて、試料とボケの情報(振幅と位相)を分離して決定できる手法を開発。
  • AI技術を駆使した再構成法(物理拘束条件を持つニューラルネットワーク)を開発することで、実験誤差に対して安定な再構成に成功。
  • 本手法を用いることでボケを除去した高精細なX線顕微鏡像の再構成に成功。

概要

名古屋大学大学院工学研究科の松山 智至 教授(兼:大阪大学大学院工学研究科招へい教授)、栗本 晋之介 博士前期課程学生(研究当時)、井上 陽登 助教、理化学研究所放射光科学研究センターの矢橋 牧名 グループディレクター、香村 芳樹 チームリーダーらの研究グループは、試料を面内回転させながら撮影した顕微鏡像からボケを分離して試料情報(振幅と位相)を決定できる手法を開発しました。数式ベースのアルゴリズムでは再構成が困難でしたが、AI技術を駆使した手法(物理拘束条件を持つニューラルネットワーク)を新たに考案することで、この問題を解決しました。本手法を用いることで、レンズの作製誤差やアライメント誤差に起因するボケを容易に取り除くことができ、高精細な顕微鏡像の取得が可能となります。また、ボケの原因となる波面収差を定量的に決定できるため、結像光学系の診断にも応用できます。本手法は複雑な光学系を構築できないX線領域でも容易に実施可能です。X線領域ではレンズやミラーの作製が難しくボケの発生が避けられないため、ボケを除去した高精細なX線顕微鏡画像が得られる本手法は非常に有効です。高分解能かつ試料内部を非破壊で観察できるX線顕微鏡は、様々な領域(半導体デバイス検査や電池内部の観察など)で注目されており、本手法によってさらなる空間分解能の向上が可能となりました。

本研究成果は、2024年11月29日19時(日本時間)付 英国科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。

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図1. 本研究の概要

研究背景と内容

X線顕微鏡は、X線の持つ高い透過力を生かして試料内部を非破壊で観察可能であり、さらに短波長の光を用いるため原理的に高分解能観察にも対応できます。これらは他の顕微手法にはないユニークな特徴であるため、様々な科学分野において活用され、その性能向上が期待されています。しかし、波長の短いX線を用いるにもかかわらず、X線顕微鏡の実際の空間分解能は50~100nm程度と期待されるほどの分解能には到達できていません。

この原因は、高分解能を達成できるX線レンズ(回折レンズや反射レンズなど)の開発が作製精度の不足により困難を極めるからです。これは光の波長に比例して必要な作製精度の実現が厳しくなることが根底にあり、X線用レンズは可視光用レンズよりも1000倍作製が難しいとされています。このため最先端X線レンズの開発には多額のコストと長い作製期間が必要であり、また、コストと労力を惜しまず作製したとしてもそもそも完璧なX線レンズの作製は現代の技術力をもってしてもほとんど不可能です。

この問題を解決するためのアプローチにはいくつかあり、すでに同研究グループは、X線アダプティブオプティクスの導入を提案するなど、この分野で活発に研究開発を進

めています(2024年5月発表研究成果)。本研究では、これとは異なるアプローチである、レンズ由来のボケを試料像から分離する手法を提案しました(図1)。本手法では、試料を面内回転させながら撮影した複数の顕微鏡像を使います。ボケはレンズ由来であるため、試料を回転させてもボケの形は回転しません。このようにすると、試料とボケの相対的な関係性が変化するため、試料とボケのそれぞれの情報(振幅と位相)を分離して決定することが原理的に可能になります。

一方で、試料を面内回転すると、回転ステージの芯ブレと面ブレで、試料の位置は不規則にずれます。このような実験誤差を持つ顕微鏡像から正確にボケを分離して決定することは、通常用いられる数式ベースのアルゴリズムでは非常に困難でした。このような顕微鏡像に対しても安定して再構成できる手法として、AI技術を駆使した手法(物理拘束条件を持つニューラルネットワーク)を開発しました。本手法では、推定したい様々な情報に特化した複数の生成AI(ニューラルネットワーク)を用います。これを使って、試料の複素透過関数、レンズの透過率分布と波面収差、さらには、実験誤差(回転ステージの芯ブレと面ブレ)を推定させました。一方で、これだけの情報を正確に推定するためにはヒントが足りません。これを補うために、物理拘束条件(「推定した情報を元にコンピュータ内で仮想的な結像実験を行い、これが実際の実験結果と一致しなければならない」)を生成AIに課しました。推定した情報から実際の実験結果を再現できるほど推定精度は高いと判断できます。

同研究グループがSPring-8にて開発したX線反射レンズ(Advanced Kirkpatrick-Baezミラー)を搭載したX線顕微鏡を使って、本手法の実証実験を実施しました。意図的に導入した波面収差を持つ反射レンズに対して、試料面内回転を行い、複数の顕微鏡像をX線カメラにて記録しました(図1左下、図2左)。AIを使って再構成を行ったところ、ボケが取り除かれた高精細な試料像を得ることができました(図1右下、図2中央)。また、分離したボケは、理想的なレンズから得られるボケとは異なったいびつな形をしており(図2右)、これを詳細に解析することでレンズの作製誤差(波面収差)を診断することもできました。試料像のエッジから空間分解能を評価したところ、34nmであることが分かりました。これは矩形の形を持つ反射レンズの回折限界から予想される理想的な分解能よりも小さく、矩形レンズを回転させて得られた仮想的な円形レンズの回折限界分解能とよく一致していました。つまり、本手法は分解能を向上させる効果も併せ持つことが分かりました。これを積極的に応用することができれば、将来的にはさらなる高分解能顕微鏡の開発が可能になることが示唆されます。

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図2. 実験像からAIによって再構成された試料位相像とボケ

成果の意義

本成果により、X線顕微鏡が直面しているレンズ作製問題を解決することが可能となり、X線顕微鏡のさらなる高分解能化の可能性を拓くことができました。将来的には空間分解能10nm以下のX線顕微鏡の開発が期待されます。また、X線イメージング分野ではあまり積極的に用いられていなかったAI技術を活用することで、従来法を大きく変える新しい再構成手法を確立することができました。本実験手法や再構成手法は様々な発展性と応用性を兼ね備えており、今後のX線イメージングの進歩に貢献することが期待されます。

特記事項

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Multi-frame blind deconvolution using X-ray microscope images of an in-plane rotating sample
著者:Shinnosuke Kurimoto、 Takato Inoue(名古屋大学)、 Hitoshi Aoto、 Toshiki Ito Satsuki Ito、 Yoshiki Kohmura(理化学研究所)、 Makina Yabashi(理化学研究所)、 and Satoshi Matsuyama(名古屋大学 兼:大阪大学)
DOI: 10.1038/s41598-024-79237-x

本研究は、2021年度から始まったJST 『創発的研究支援事業(超高分解能アダプティブX線顕微鏡の実現、JPMJFR202Y)』の支援のもとで行われたものです。

用語説明

顕微鏡のボケ

レンズに作製誤差が残存していると波面収差が発生し像がボケる。波面収差は波長の1/4以下に抑える必要があり、X線領域では波長が1Å程となるため、非常に厳しい。

アダプティブオプティクス

ボケの主要因である波面収差を積極的に修正することができる光学系のこと。形状を自由に制御できる鏡(形状可変ミラー)を用いて、波面収差を打ち消すように変形させることができれば、波面収差を取り除くことができる。

https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/05/x-4.html

生成AI

様々なデータ(画像や数値列)を生成できるニューラルネットワークのこと。ニューラルネットワークは脳の神経回路の仕組みを模倣した数理モデルであって、従来型の数理モデルでは表現しづらい複雑なデータを生成することができる。

回折限界

レンズが原因のボケは、レンズの作製誤差だけではなく、レンズ自身によって光が回折することでも発生する。このようなボケは回折ボケもしくは回折限界と呼ばれる。このため、顕微鏡の空間分解能は無限に小さくできず、一般的に波長の半分程度に限界がある。