前立腺がんの再発・転移を高精度で検出する最先端画像診断 阪大病院で臨床研究を開始
ポイント
・前立腺がんの特異的抗体を用いたPET診断に関する臨床研究を国内で初めて開始。初回の検査を実施し、従来よりも高精度で再発・転移巣を検出することを確認。
・今後、前立腺がんにおける正確な転移・再発診断につながるだけでなく、将来的には患者さんにとって、最適な治療を提供するための高精度の評価手法になることが期待される。
概要
大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)は、本年9月より前立腺がんの高精度画像診断であるF-18PSMA-1007 PET 臨床研究
を国内で初めて開始しました。9月3日に初回のPSMA-PET検査が問題なく実施され、CTや骨シンチ といった従来の画像診断では同定できなかった再発・転移巣が検出できることが分かりました。PET検査薬は加速器(サイクロトロン)と標識合成装置(医療機器)を用いて院内で製造されますが、PSMA-PET検査薬の標識合成装置は海外製のみとなっていました。
今回、阪大病院において、住友重機械工業との共同研究により、F-18 PSMA-1007標識合成装置の国産化ならびに安定した製造に成功しました。今後、同装置の医療機器としての承認を目指した治験の実施が必要になりますが、将来的には国内やアジア地域での幅広い臨床利用が期待されます。
今後の展開
またPSMAは前立腺がんの治療ターゲットとしても有効であり、治療用核種で標識することで、進行がんにおいても大きな治療効果が得られることが示されています。現在、欧州を中心にβ線放出核種であるルテチウム(Lu-177)標識PSMA製剤の治験が開始されています。大阪大学では、産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(JST)において、β線よりもがん治療効果の高いα線核医学治療 の社会実装を目指しており、α線核種アスタチン(At-211)を用いたPSMA製剤の開発を行っています。今後、臨床研究で症例数を積み重ねて、どういったケースでF-18 PSMA-1007 PETが従来の画像診断よりも有用性が高いかを評価するとともに、将来的にはどのような患者さんでPSMA治療が有効となり得るかといった治療前評価ツールとしても研究を展開したいと考えています。
F-18 PSMA-1007 PET臨床研究の概要
【試験名】前立腺特異的膜抗原(PSMA)を標的としたPET診断能の評価
【目的】前立腺がん患者において、F-18 PSMA-1007 PET/CT検査を行い、従来の転移評価検査であるCTや骨シンチグラフィーと比較することで、PSMA-PETによる診断能を評価し、詳細な病態解明を行う
【対象】成人男性で前立腺がんと診断され、全身の転移検索を行う患者、または治療後に再発や転移が疑われる患者等
・目標症例数:50例
・実施期間:2019年9月1日~2022年3月31日
・研究責任医師:渡部直史(阪大病院 核医学診療科)
本研究は阪大病院 倫理審査委員会の承認を得て、実施されています。また研究の詳細はUMIN臨床試験登録情報に掲載されています(試験ID:UMIN000037697)。
本研究成果が社会に与える影響(本研究の意義)
前立腺がんは最新の統計 1) で国内における男性のがん罹患率第2位となっており、増加傾向です。これまで、前立腺がんの再発・転移検索は主にCTや骨シンチで実施されていましたが、病変の検出感度が十分でないという課題がありました。今回、本研究を実施することで、前立腺がんにおける正確な転移・再発診断につながるだけでなく、将来的には患者さんにとって、最適な治療を提供するための高精度の評価手法になることが期待されます。
1)2016年全国がん登録データ(厚生労働省)
特記事項
本研究は、科学技術振興機構(JST)産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の一環として、大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器科(植村講師、野々村教授)の協力を得て、阪大病院 核医学診療科(加藤診療科長、下瀬川副診療科長)において、実施されます。またF-18 PSMA-1007注射液は阪大病院短寿命放射性薬剤製造施設において、院内製剤として製造されます(担当:仲薬剤師)。
参考URL
大阪大学 医学部付属病院核医学診療科HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/tracer/index-jp.htm
用語説明
- 骨シンチ
骨シンチグラフィーの略。骨転移などの骨の異常を調べる検査として広く普及している。骨に集まる放射性医薬品を投与して、ガンマカメラという装置で全身の撮影を行う。
- F-18 PSMA-1007
PSMAは前立腺特異的膜抗原(Prostate Specific Membrane Antigen)の略であり、前立腺がんの原発巣や転移・再発巣において、高発現していることが知られている。F-18 PSMA-1007は独ハイデルベルク大学で開発され、PSMAに結合するように調整されたPET薬剤として有効性・安全性が既に確立されている。PET検査の際には、サイクロトロンで製造したPET用核種F-18(半減期:110分)をPSMA-1007に標識して、静脈内注射した後に撮影を行う。
- α線核医学治療
短い飛程で高い治療効果を示すアルファ線放出核種で標識された薬剤を全身に投与することで、全身のがん病変の治療を行う。全身治療であることから、進行がんにおいても有用性が示されている。