細胞の損傷を免疫系に知らせる脂質を発見
ゴーシェ病やパーキンソン病の治療に期待
概要
九州大学生体防御医学研究所、大阪大学微生物病研究所の山崎晶教授らの研究グループは、グルコシルセラミド と呼ばれる生体内の脂質が、ミンクル という免疫受容体に結合し、免疫系を活性化する役割があることを発見しました。細胞が損傷を受けると、それを体から取り除くために、免疫系が活性化されることが知られていましたが、そのメカニズムは分かっていませんでした。本研究グループは、細胞が損傷を受けた際に細胞内から放出される脂質に注目して解析を進めた結果、グルコシルセラミドという脂質(糖セラミド)がミンクルに結合することを発見しました。グルコシルセラミドは通常、分解酵素によって常に一定量に維持されるよう制御されています。ところが、この酵素が正常に働かないと、グルコシルセラミドが蓄積し、ゴーシェ病 やパーキンソン病 に繋がることが分かっています。これらの疾患は慢性炎症を伴うことも知られていましたが、なぜグルコシルセラミドの蓄積が炎症を引き起こすのかは不明でした。今回の発見によりそのメカニズムが明らかになり、ミンクルを阻害することで、これらの疾患の治療に繋がる可能性が示されました。今後は、ゴーシェ病やパーキンソン病の動物モデルでミンクルを阻害した場合に、どのような治療効果が得られるかを詳細に調べていくことで、治療薬開発に繋げていきます。
本研究成果は、2017年4月3日(月)午後3時(米国東部時間)に「Proc. Natl. Acad. Sci. USA誌(電子版)」に掲載されました。また、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構AMED−CRESTおよび文部科学省科学研究費補助金などの支援を受けて行われました。
図1 正常細胞では細胞内にあるグルコシルセラミドは(左)、細胞が損傷を受けると放出され、ミンクルに結合して免疫応答を活性化します(右)。この経路が異常に活性化されると、過剰な炎症が起こり、疾患を引き起こすと考えられます。
背景
免疫系は、外来からの病原体のみならず、自己の細胞が障害を受けた際にも活性化し、損傷部位を取り除くはたらきを担うことが分かっています。ところが、細胞の障害をどのようにして感知して、免疫系に知らせているのかについてはよく分かっていませんでした。2008 年に研究グループは細胞死を感知し、免疫系を活性化する受容体としてミンクルと呼ばれる活性化受容体を同定していましたが、死細胞の「何」を認識しているのかに関しては不明な部分が多くありました。
本研究の成果
研究グループは、並行研究で、ミンクルが病原体の脂質を認識する性質を持つことを見出したことから、細胞の損傷に伴って放出される何らかの脂質が重要なのではないかと考えました。そこで、死細胞を培養した培養液から脂質成分を抽出し、ミンクルに結合する活性があるかを調べました。すると、ある分画に特異的な活性があることを見出し、クロマトグラフィー、質量分析、核磁気共鳴法を駆使して、その成分がグルコシルセラミドという脂質であることを発見しました。グルコシルセラミドは通常細胞内に存在する糖脂質ですが、細胞の損傷に伴って細胞外に放出されることが分かりました。実際、グルコシルセラミドをマウスに投与すると免疫系が活性化され、その効果はミンクルを欠損させると失われることも判明しました。
グルコシルセラミドが生体内で蓄積すると、ゴーシェ病やパーキンソン病を引き起こすことも知られています。そこで研究グループは、マウスの疾患モデルを用いて研究を続けました。グルコシルセラミド蓄積を伴う炎症応答の増悪は、ミンクルを欠損させることで改善されることが分かりました。
以上の研究によって、自己組織の損傷を感知し、免疫系活性化に繋げる分子メカニズムが明らかになりました。また、グルコシルセラミドの過剰な蓄積がなぜ炎症を増悪させ、疾患の原因になるのかも解明されました。今後、ミンクル-グルコシルセラミド経路は、ゴーシェ病、パーキンソン病の新たな治療薬の標的としても期待されます。
今後の展開
治療薬開発に繋げていくためには、ゴーシェ病やパーキンソン病の動物モデルでミンクルを阻害した場合に、どのような治療効果が得られるかを詳細に調べていくことが必要です。そのために、ミンクルを効率良くブロックできる阻害抗体や低分子アンタゴニストの開発がこれからの課題です。
研究グループ
本研究は、九州大学生体防御医学研究所の馬場健史教授、和泉自泰准教授、同薬学部の宮本智文准教授を始めとした共同研究グループによって、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「病原体糖脂質を介する新たな宿主免疫賦活機構の解明と感染症治療への応用」(研究開発代表者:山崎晶)および文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「細胞死を起点とする生体制御ネットワーク」(領域代表:田中正人)の一環として行われました。
論文について
タイトル:
Intracellular metabolite beta-glucosylceramide is an endogenous Mincle ligand possessing immunostimulatory activity
研究者からひとこと
ゴーシェ病、パーキンソン病に繋がるメカニズムが明らかになったのは大きな驚きでした。治療に繋がる研究を進めていきたいと思っています。
参考URL
微生物病研究所
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- グルコシルセラミド
セラミド代謝経路の産物。セラミドにグルコースが1つ付加した構造を持つ。通常、細胞内小器官である小胞体・ゴルジ体に多いと考えられている。
- ミンクル
C型レクチン受容体に属する免疫受容体。樹状細胞やマクロファージに発現し、病原体や死細胞を認識するとこれらの細胞を活性化させ、T細胞を含む獲得免疫応答を強く賦活化することが知られている。
- ゴーシェ病
グルコシルセラミド分解酵素の変異によって、グルコシルセラミドが蓄積することによる遺伝子性疾患で、ライソゾーム病の一種。全身性の炎症、肝脾腫などの症状を伴うが、グルコシルセラミドと症状との関連は不明であった。
- パーキンソン病
原因不明の神経変性疾患。40-50歳以降に発症しやすく、手足のふるえなどの運動症状を伴う。日本では1000人に1人が発症していると言われており、高齢化に伴ってさらに増加すると予想されている。ゴーシェ病同様、グルコシルセラミドの蓄積と関連することが知られている。