新型コロナウイルス感染症の重症化を防ぐT細胞を同定
研究成果のポイント
概要
大阪大学微生物病研究所山崎晶教授(免疫学フロンティア研究センター・感染症総合教育研究拠点兼任)らの研究グループは、新型コロナウイルスを認識するヘルパーT細胞受容体の構造を初めて明らかにしました。山崎教授らの研究グループは、回復患者で共通して増加しているT細胞クローンを同定し、このT細胞を持っている人は重症化しにくいことを見出しました。さらに、このクローンが持つT細胞受容体の結晶構造を明らかにし、認識する抗原ペプチド配列をスパイクタンパク質の中に同定しました。このT細胞は現在猛威を奮っている全ての変異株に反応できることから、本抗原部位は、今後の変異株に対して重症化を防ぐ今後のブースター抗原として有用であることが示されました。本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」オンライン版に10月14日(木)23時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
新型コロナウイルスを始めとする病原体の排除には、抗体による液性免疫とT細胞を中心とする細胞性免疫の双方が必要であり、ワクチンはT細胞を効率よく活性化することも重要です。ところが、ウイルスに直接結合して阻害する中和抗体に比べて、T細胞応答の解析は遅れていました。どのような受容体を持つT細胞クローンがウイルス排除に有用なのか?また、ウイルス抗原のどの部分が有効な細胞性免疫を誘導できるのか?といった点は不明でした。
研究の内容
山崎教授らの研究グループはまず、20人の回復患者から採取した末梢血を様々な新型コロナウイルス抗原で刺激し、活性化したT細胞だけを集めました。この細胞を、一細胞レベルでT細胞受容体(TCR)の配列とmRNAの発現を同時に測定できる技術(一細胞TCR&RNAシークエンス)を用いて解析しました。mRNA発現データをもとにT細胞サブセットを分類したところ、抗体産生に必須なT細胞集団である濾胞ヘルパーT細胞(Tfh細胞)は、#8のクラスター(四角で囲った領域)に集まることがわかりました(図1)。
図1. mRNAの発現によるT細胞の分類。Tfh細胞は紫色で表示された細胞集団。
この中には1735個のTfh細胞が検出され、そのTCR配列も同定されました。これらの配列をpublicデータベースを用いて解析したところ、未感染者に比べて、感染回復患者で増加しているクローンが同定されました。これらのクローンのTCRを細胞株に発現させてTCRが結合する抗原を探索したところ、スパイクタンパク質であることがわかりました。その中でも、最近の変異株(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ株)でも保存されている領域をエピトープとして認識することが判明しました(図2)。
図2. 感染者で増加しているT細胞クローンのTCRが認識するスパイクタンパク質のアミノ酸配列(赤字)。
このうち最も増殖していたクロノタイプのTCRの結晶構造を決定し、その構造解析から、抗原認識に必須の領域がわかりました(図3)。
図3. 重症化を防ぐT細胞受容体の構造と認識する抗原部位
この情報を元に、機能的なTCR配列をコホートデータベースで解析したところ、このクローンは重症患者では変動しないにも関わらず、軽症で回復した患者内で有意に増殖していたことが分かりました(図4)。以上から、これらのT細胞クローンを持っている人は重症化しづらいと考えられ、重症度予測に役立つと期待されます。また、このT細胞が認識するSタンパク質の領域は変異株にも有効なブースターワクチン抗原として有用である可能性が示されました。
図4. 今回同定されたクロノタイプのデータ解析。流行前健常者に比べ、軽症者(Non-ICU)では増殖しているが、重傷者(ICU)では軽症者と同レベルであった。
新型コロナウイルスは新興感染症でありそのタンパク質を認識するのは人類にとって初めてであるにもかかわらず、このクロノタイプが幅広い個人間で共有されている理由の1つとして、交差反応する抗原の存在、つまりすでにヒトの間に存在するウイルスや細菌を抗原として認識することが予想されます。そこで、このエピトープに似た配列を探索したところ、類似の季節性コロナウイルスには存在しませんでしたが、1種類の口腔常在細菌、2種類の腸管常在細菌が交差反応する抗原を持っていることが判明しました。実際、これらの抗原は新型コロナウイルスに反応するT細胞を活性化できることも示されました。この常在細菌が、新型コロナウイルスに対する応答の個人差を規定する一因である可能性が示され、その保有率は地域差の説明や今後の重症度予測に寄与することが期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
T細胞に抗原を提示するHLAには個人差があり、このことが普遍的なワクチン抗原のデザインを難しくしています。ところが、今回同定したSタンパク質内のエピトープS864-882は、日本人のみならず、多くの人種の様々なHLAに提示され得ることが明らかとなり、HLAハプロタイプを選ばない「promiscuous(universal)エピトープ」であることもわかりました。今後のブースター抗原としての活用が期待されます。
特記事項
本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」オンライン版に10月14日(木)23時(日本時間)に公開されました。
タイトル:“Identification of conserved SARS-CoV-2 spike epitopes that expand public cTfh clonotypes in mild COVID-19 patients”
著者名:Xiuyuan Lu, Yuki Hosono, Masamichi Nagae, Shigenari Ishizuka, Eri Ishikawa, Daisuke Motooka, Yuki Ozaki, Nicolas Sax , Yuichi Maeda , Yasuhiro Kato , Takayoshi Morita , Ryo Shinnakasu , Takeshi Inoue , Taishi Onodera , Takayuki Matsumura , Masaharu Shinkai, Takashi Sato, Shota Nakamura, Shunsuke Mori, Teru Kanda, Emi E. Nakayama, Tatsuo Shioda , Tomohiro Kurosaki , Kiyoshi Takeda , Atsushi Kumanogoh, Hisashi Arase, Hironori Nakagami, Kazuo Yamashita, Yoshimasa Takahashi, Sho Yamasaki
DOI:https://www.rupress.org/jem/article-lookup/doi/10.1084/jem.20211327
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業・創薬基盤推進研究事業・新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業・新型コロナウイルス(COVID-19)感染症に対するワクチン開発の支援を受け、大阪大学、国立感染症研究所、東京品川病院、KOTAIバイオテクノロジーズ社、の共同研究チームによって実施されました。
参考URL
微生物病研究所免疫制御分野
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/7
用語説明
- T細胞
免疫応答の司令塔的役割を担うリンパ球。病原体由来の抗原を特異的に認識し、抗体産生を誘導するヘルパーT細胞、ウイルス感染細胞やがん細胞を直接排除する細胞障害性活性を持つキラーT細胞に大きく分かれる。
- クローン
T細胞は遺伝子再構成によって1つ1つ異なるT細胞抗原受容体を発現している。単一の受容体ペアを発現するT細胞をクローンと呼び、感染に伴ってこれらのクローンは増殖し、効果的な免疫応答を担う。
- T細胞受容体
T Cell Receptor(TCR) 。T細胞の表面に存在し、ウイルスや細菌のタンパク質などを抗原として認識する。T細胞受容体が抗原を認識することが起点となって細胞内にシグナルが伝達され免疫系が活性化する
- 濾胞ヘルパーT細胞(Tfh細胞)
ヘルパーT細胞の中でも、T細胞の集合場所からB細胞が集まる濾胞に移動してB細胞の働きを調節できるように変化したサブセット
- エピトープ
抗原受容体が認識するペプチド配列。T細胞はMHCに提示されるエピトープを認識する。
- クロノタイプ
T細胞クローン間ではすべてのT細胞が同じ抗原を認識するT細胞受容体を持つ。このT細胞受容体の「型」をクロノタイプという。