ナノピラー・ナノスリット技術でマイクロRNAをミリ秒スケールで抽出

ナノピラー・ナノスリット技術でマイクロRNAをミリ秒スケールで抽出

1細胞解析やナノポアシーケンサーへの応用が期待

2017-3-8

本研究のポイント

ナノピラーナノスリット を組み合わせて用いることで、新しい核酸の超高速分離原理を実証した。
・超高速(20ミリ秒)かつ極微量サンプル(1pL)からのマイクロRNA抽出技術を確立した。
・1細胞解析やナノポアシーケンサー へ応用可能な核酸前処理技術となり得る。

概要

名古屋大学大学院工学研究科(研究科長:新美智秀)化学・生物工学専攻馬場嘉信(ばばよしのぶ)教授、加地範匡(かじのりただ)准教授らの研究グループは、大阪大学産業科学研究所川合知二(かわいともじ)特任教授、九州大学先導物質化学研究所柳田剛(やなぎだたけし)教授、北海道大学大学院工学研究院応用化学部門渡慶次学(とけしまなぶ)教授のグループらと共に、ナノピラー・ナノスリット技術を用いて、細胞内に含まれる核酸成分から、新しいバイオマーカーとして期待されているマイクロRNA(miRNA)のみを20ミリ秒以内という超高速で抽出することに成功しました。

miRNAは、22塩基程度の長さを有する、タンパク質に翻訳されないノンコーディングRNA のひとつであり、他の遺伝子の発現を調節する重要な役割を担っています。特に最近では、このmiRNAとがんの発症に高い相関性が見られることが示唆されており、がん診断のための新しいバイオマーカーとして注目を集めています。

これまでにもmiRNAは、シリカビーズ などを用いた固相抽出法により抽出されていましたが、数十μL以上のサンプル量と人の手による操作が必要であり、現在開発されている1分子レベルでDNAやRNAの塩基配列を解読できるナノポアシーケンサーへの前処理操作として適用するには、サンプル量や連続操作の問題などが立ちはだかっていました。

今回開発したナノバイオデバイスは、半導体分野で用いられる超微細加工技術を使い、ナノピラーが生み出す2次元ナノ空間の核酸分離原理に、3次元方向にナノスリットを併せて作製することで異なった核酸分離原理を付与し、これらの相乗効果により従来では数十秒かかっていたmiRNAの分離・抽出工程を100ミリ秒以内に行うことを実現し、がんのバイオマーカーとして知られるlet-7をわずか20ミリ秒で抽出することに成功しました。

このナノバイオデバイスでは、数pL(10 -12 L)程度のサンプル量からmiRNAを抽出することができるため、1細胞から目的のmiRNAを抽出し、さらに1分子レベルで核酸の塩基配列解読可能なナノポアシーケンサーをはじめとした機器へ一体化することで、本格的な1細胞解析を可能にする技術となることが期待されます。

今回の研究成果は、2017年3月8日(英国時間午前10時)発行の、英国の国際学術誌『Scientific Reports』誌(電子版)に掲載されました。また本研究は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラムにより、日本学術振興会を通して助成されたものです。

背景

1分子のDNAやRNAから塩基配列を読み取る次々世代シーケンサーの能力を余すことなく発揮するには、高速でひとつの細胞から核酸成分を抽出し、目的の核酸成分を抽出するための前処理デバイスが必要です。

これまで、次々世代シーケンサーのためのサンプル調製は、マイクロチューブ・ピペットを用いて人の手で行われてきましたが、この過程がDNA・RNA解析の大きな律速段階となっていました。次々世代シーケンサーの能力を活かすには、次々世代シーケンサーの読み取り速度(例えばナノポアシーケンサーであれば、1塩基/1ミリ秒)以上の速度で前処理ができるデバイスの開発が強く望まれていました。

研究の内容と成果の意義

これまでナノピラーだけ、もしくはナノスリットだけを用いて行ったDNA分離には数十秒の時間を要していましたが、今回の研究ではこれらを組み合わせて用いることで、数十ミリ秒という1000倍近い大幅な分離の高速化を達成しました。また、希少なサンプルなどを扱う際にはサンプルロスは許容されないため、今回の研究ではサンプルを分離・抽出する前に濃縮する技術も開発しました。これにより、たったひとつの細胞が有する極微量の核酸であっても、事前に濃縮や増幅することなく、高速に分離・抽出することが可能になると期待されます。

開発した手法は、全てマイクロ流路内で行われるため、次々世代シーケンサーのひとつであるナノポアシーケンサーのような半導体微細加工技術を用いて作製されるデバイスへの統合・一体化が容易に可能です。

今後は、基礎生物学分野といった学術領域だけにとどまらず、臨床診断分野といった様々な分野の基盤技術となることが期待されます。

論文名

“A millisecond micro-RNA separation technique by a hybrid structure of nanopillars and nanoslits”
(ナノピラーとナノスリットのハイブリッド構造によるマイクロ RNA のミリ秒分離技術)
Qiong Wu, Noritada Kaji, Takao Yasui, Sakon Rahong, Takeshi Yanagida, Masaki Kanai, Kazuki Nagashima, Manabu Tokeshi, Tomoji Kawai, and Yoshinobu Baba
Scientific Reports, 2017, in press
(Nature Publishing Group)

図・表

図1 (A)ナノピラー・ナノスリットを搭載したナノバイオデバイスの写真。(B)ナノピラー・ナノスリット構造部分の模式図。(C)様々な長さのDNA混合物とマイクロRNAの分離結果。(D)細胞から抽出した核酸からのマイクロRNAの分離・抽出結果。

参考URL

用語説明

ナノピラー

直径数百ナノメートルの大きさを有する柱状構造。これらを多数、マイクロ流路内に並べて配置することで、分子ふるい効果や分子の非平衡状態を作り出すことができます。

ナノスリット

マイクロ流路内に設けられた深さ数百ナノメートルのスリット状構造。DNAやRNA分子の慣性半径よりも小さく設計することで、エントロピートラッピングとよばれる高分子物理化学的な閉じ込め効果を得ることができます。

ナノポアシーケンサー

ナノメートルサイズの細孔の中にDNAを通すことで、DNAの塩基配列を読む装置。現在、分子内にナノメートルサイズの細孔を有する膜タンパク質を用いた方式と、半導体の微細加工技術を用いてシリコン基板上にナノメートルサイズの細孔を作製して用いた方式の2種類が提案されています。

シリカビーズ

非晶質二酸化ケイ素から成る粒子で、カオトロピック試薬存在下、核酸と結合することが知られています。