\陽イオンも陰イオンもこれ一つ!/ 電気の力で二役をこなすイオンフィルタを開発
海水の淡水化や発電技術への応用展開に期待
お読みいただく前に
世の中には様々なフィルタがあります。たとえば料理で使われるザルは、ミリメートルサイズの金属の網目を使って、網目より大きなものを濾すことができます。この網目をナノメートルにまで小さくすると水中のイオンまでろ過可能な「イオン交換膜」ができます。陰イオンをフィルタするのか、陽イオンをフィルタするのかの切り替えについて、従来のイオン交換膜では、交換膜そのものの素材を変える必要がありました。
研究成果のポイント
- 半導体加工技術によりトランジスタの構造を模した人工ナノポア膜を開発。
- 開発した人工ナノポア膜が、電気の力で陰イオンフィルタと陽イオンフィルタの二役をこなせるイオン交換膜になることを実証。
- 海水の淡水化や塩分濃度差発電への応用に期待。
概要
大阪大学 産業科学研究所の筒井真楠准教授・川合知二招へい教授、東京大学大学院工学系研究科の大宮司啓文教授・徐偉倫准教授、産業技術総合研究所の横田一道技術主幹、Instituto Italiano Di TechnologiaのDenis Garoli研究員らによる国際共同研究グループは、簡単な電圧操作でイオン透過性が自在に変えられるイオン交換膜を開発しました(図1)。
固体ナノポアは、窒化シリコンなどの硬い材料でできた薄膜中にあるナノメートルサイズの細孔です。ナノポア膜を海水などのイオンを含む水で満たすと、その表面は負に帯電します。そこに電圧を加えると、水中の陰イオン(塩化物イオン)と陽イオン(ナトリウムイオン)が静電気力を受けナノポアを流れます。一方、非常に小さなナノポアになると陰イオンは負に帯電した膜表面で静電反発されナノポアを流れなくなり、陽イオンだけが流れるようになります。つまり、イオン交換膜の機能が備わるわけです。今回、国際共同研究グループはナノポア膜に電圧を加える仕組みを新たに開発し、これにより簡単な電気制御でアニオン交換膜にもカチオン交換膜にもなる選択性自在のイオンフィルタを創製することに成功しました(図1)。本研究成果によって、ナノポア膜を用いた海水淡水化や塩分濃度差発電の性能向上が期待されます。
本研究成果は、米国化学会が発刊する「ACS Nano」に、5月28日(火)18時(日本時間)に公開されました。
図1. ナノポアイオンフィルタの動作を表した模式図。ゲート電極に加える電圧を利用して陰イオンまたは陽イオンだけが透過する膜に自在に変えることができる。
研究の背景
世の中には様々なフィルタがあります。たとえば料理で使われるザルは、ミリメートルサイズの金属の網目を使って、網目より大きなものを濾すことができます。一方、網目をナノメートルにまで小さくすると水中のイオンまでろ過可能なイオン交換膜ができます。この特別な機能を可能にしているのは網目の大きさに加え、膜に使われる素材と電気の力です。例えば負電荷を帯びた細いひも状の分子で作られるイオン交換膜では、静電気力により反発される陰イオンは膜の中の狭い隙間を通ることができず、反発力を受けない陽イオンだけが膜を透過します。こうして陰イオンだけをフィルタする膜が出来上がる、というわけです。しかし膜が薄いとイオンが漏れてうまく ろ過できないため、イオン交換膜は通常10マイクロメートル以上の分厚い膜にする必要がありました(図2)。膜が分厚いとその分イオン透過性が低くなり、液処理に要する時間が長くなるなどのデメリットが生じます。加えて性能が素材で決められるため、用途に応じて適した材料を新たに開発する必要もありました。
図2. 従来のイオン交換膜とナノポア膜の比較図。イオンをろ過するために10 μm以上の厚さが必要になる従来のイオン交換膜(左図)に対して、ナノポア膜は厚さ僅か100 nm以下でもイオン交換膜として機能する(右図)。
研究の内容
そこで今回、国際共同研究グループは、これらの課題を一挙に解決する新しい仕組みのイオンフィルタを開発しました。その機能はコンピュータの集積回路に使われるトランジスタをヒントにしたものです。トランジスタでは、ゲート電極に電圧を加えることで電気の流れを制御します。そこで同じように、ゲート電圧で膜の帯電状態を変える仕組みによってナノポアの中のイオンの流れを制御しようと考えました。そのために共同研究グループは、窒化シリコンで作られた厚さ80 nmの極薄メンブレン中に、周囲にゲート電極が埋め込まれた直径60 nmのナノポアを加工しました。そしてゲート電極に加えるゲート電圧によってナノポア内のイオン輸送がどう変化するかを調べました。すると、負のゲート電圧を大きくしていくに従い陰イオンが静電反発の効果でナノポアを通過できなくなり、陽イオンだけが透過する膜になることを発見しました。また逆に正のゲート電圧を加えると、今度は陽イオンが静電反発を受けるようになり、ナノポアの中は陰イオンの流れに転じることも確認しました。これらの結果から、簡単な電圧制御でイオンフィルタ機能が自在の極薄ナノポア膜を創製することに成功しました(図3)。
さらにこの新開発したナノポア膜を塩分濃度差発電に応用し、ゲート電圧によるイオンフィルタ機能を調整することで、発電効率が従来の素子性能に比して10倍近く向上可能であることを実証できました。
図3. ナノポアイオン交換膜の動作原理。ナノポアの周囲に埋め込んだゲート電極に負の電圧を加えると、陰イオンは静電反発を受けナノポアを通過できなくなり、陽イオンだけが透過する膜になる(左上図)。一方、正のゲート電圧を加えると陽イオンが静電反発を受け陰イオンだけが透過する膜に変わる(右上図)。下図はナノポアの上下に塩分濃度差を付与した状態で計測された起電力である。ゲート電圧を変えることでナノポア膜が陰イオン交換膜から陽イオン交換膜へと変化し、それに応じて起電力の符号反転が生じていることが分かる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
イオン交換膜は、脱塩水の製造や廃液処理などの様々な用途で応用されています。今回開発されたナノポア膜は、電気の力でイオンフィルタの機能を自在に変えられ、陽イオン交換膜だけでなく陰イオン交換膜としても使える一つの素材で二役のイオン交換膜です。そのため、従来のイオン交換膜のようにわざわざ素材を変える必要はなく用途に応じて機能を切り替えて使うことができます。また厚さが100 nmを下回る極薄の膜ですのでイオン透過性が高く、短時間で効率的に液処理をこなすこともできます。これまでのイオン交換膜より高機能な膜として海水の淡水化などの既存の用途に用いられるだけでなく、塩分濃度差発電などの新たなアプリケーションでの応用も期待されます。
特記事項
研究成果は、2024年5月28日18時(日本時間)に米国化学会が発刊する「ACS Nano」のオンライン版で公開されました。
タイトル:“Gate-all-around nanopore osmotic power generators”
著者名:Makusu Tsutsui, Wei Lun Hsu, Denis Garoli, Iat Wai Leong, Kazumichi Yokota, Hirofumi Daiguji, and Tomoji Kawai
DOI:https://doi.org/10.1021/acsnano.4c01989
参考URL
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SDGsの目標
用語説明
- イオン交換膜
イオン交換樹脂でできた膜。膜電荷と同符号のイオンは透過させず、異符号のイオンだけを透過させる機能を持つ。
- ナノポア膜
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔が空いた膜。
- 塩分濃度差発電
イオン交換膜を隔てた海水に電圧を加えてイオン交換を行うことで、海水を真水に換える手法は電気透析と呼ばれます。塩分濃度差発電は、この電気透析と逆のプロセスを用いることで、海水と淡水から直接電気を取り出す方法です。
- イオン透過性
イオンが膜を透過する性質。
- アニオン交換膜
特定の陰イオンを選択的に透過させる機能をもつ膜。
- カチオン交換膜
特定の陽イオンを選択的に透過させる機能をもつ膜。
- 極薄メンブレン
非常に薄い層状の材料で構成された膜。