注目のナノポアセンサ AIでノイズを制御し精密に形状を測定!

変異ウイルス検査システムへの応用に期待

2021-5-14工学系

研究成果のポイント

  • ナノポアセンサで観測される電流ノイズを除去する深層学習アルゴリズムを開発。
  • 1個のナノ粒子がナノポアを通過する際に生じるイオン電流信号に当該手法を適用することで、ノイズに埋もれた細かな電流変化も判別可能に。
  • 本成果により、僅かな違いを持つ新型コロナウイルスの変異株を1粒子レベルで高精度に判別できる新しいセンサ技術の実現も可能に。

概要

大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・鷹合孝之特任研究員・川合知二招聘教授・鷲尾隆教授による研究グループは、水中におけるナノサイズの物体の動きを精確に測定する固体ナノポアデバイスと深層学習アルゴリズムの開発に成功しました。

固体ナノポア法は、半導体技術で作製するナノサイズの細孔(ナノポア)を通るイオン電流を計測することで、そこを通過する水中の微小な物体の動きを検知し、その種類を識別するセンサです(図1)。特に、現在のコロナ禍においては、表面タンパクや粒子形状に僅かな違いを持つウイルスの変異株を1粒子レベルで検出できる超高感度なセンサとしての応用が期待されています。一方、このセンサでは、高感度であるあまり、イオン電流に含まれるノイズも顕著に観測されてしまうことが課題でした(図2中央)。このため、これまでのナノポア計測では、イオン電流信号の波形を解析するために、アナログ回路や数値解析によるノイズ除去が行われてきました。しかし、これらの方法では、イオン電流波形の鈍化が生じるため、粒子形状や表面性状の違いを電流信号の波形から精確に読み取ることが困難でした(図2左)。

そこで、本研究グループでは、イオン電流の信号波形を極力鈍化させずにノイズを除去できる深層学習アルゴリズムを開発しました(図2右)。このアルゴリズムでは、二つのイオン電流信号を比較し、それらに共通する特徴を見分けます。すると、固体ナノポアセンサはノイズまで精確に測定するため、アルゴリズムは、イオン電流波形に共通して含まれるノイズの特徴を精確に学習することを明らかにしました。そしてこの方法によって、ナノ粒子に由来するイオン電流変化とうまく区別して、データからノイズだけを除去することが可能になりました。本研究では、当該手法を用いて、従来のナノポア計測では判別が難しい微弱な電流応答を観測可能にし、これによってナノポアを通過するウイルスサイズのナノ粒子(直径約200 nm)の動きが、より精確に測定可能になることを実証しました。本技術は、今後コロナウイルスの検出や、表面タンパクや粒子形状に僅かな違いを持つ変異株の識別にも大きな効果をもたらすことが期待されます。

本研究成果は、Wileyが発刊する「Small Methods」に、5月14日(金)15時(日本時間)に公開されました。

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図1. ナノポアセンサによる1粒子検出

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図2. 深層学習によるイオン電流ノイズ除去。 生データには顕著な電流ノイズが含まれます(中央)。従来のアナログ回路や数値解析を用いたデータ処理では、ノイズが除去できるものの、信号波形も歪んでしまい、本来電流波形から得られるはずの、粒子の細かな情報が失われてしまいます(左)。それに対し、本研究で開発した深層学習アルゴリズムは、信号と区別してノイズを学習するため、信号波形を過度に歪ませることなくノイズ除去が行えることから、イオン電流波形から粒子に関するより詳細な情報が得られます。

研究の背景

固体ナノポア法は、半導体技術で作製するナノサイズの細孔(ナノポア)を通るイオン電流を計測することで、そこを通過する水中の微小な物体を検出でき、さらに観測されるイオン電流信号の波形から、その物体の種類まで同定可能なセンサです。特に、現在のコロナ禍では、表面タンパクや粒子形状に僅かな違いを持つウイルスの変異株を1粒子レベルで検出できる超高感度なセンサとしての応用が期待されています。しかし従来の固体ナノポア法では、高感度であるために顕著な電流ノイズが観測され(図2中央)、電流信号の波形を細かく調べることが困難でした。また、イオン電流のノイズを低減させるために、アナログ回路や数値解析によるデータ処理も行われてきましたが、これらの手法では、ノイズが低減できる一方、電流波形が鈍化するという副作用があるため、物体の性状を反映する微弱な電流応答を精確に見分けることが難しくなる、という大きな課題がありました(図2左)。

そこで、当研究グループでは、固体ナノポア法で得られるイオン電流信号の波形を極力鈍化させずにノイズ除去を行うことができる深層学習アルゴリズムを開発しました(図2右)。一般的な方法では、粒子の詳細な情報を含む信号とノイズを区別することなくデータ処理を行うため、ノイズと同時に信号波形も歪んでしまいます。それに対し、今回開発したアルゴリズムでは、二つの信号波形を比較し、それらに共通する特徴を見分けます。ナノポアセンサはノイズまで精確に測定しますので、アルゴリズムは両者に共通するノイズの特徴を、信号とうまく区別して捉え、学習できることが分かりました。そしてこの効果により、信号波形を大きく歪ませることなく、ノイズを除去できるようになりました。本研究では、実際にノイズ除去を行い、従来のデータ処理では見つけることができない、ナノポアを通過するナノ粒子の細かな動きを反映した微弱な電流応答を判別することに成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

固体ナノポア法は、ナノサイズの物体を1粒子レベルで検出・識別できる超高感度なナノセンサです。本研究成果は、その高い感度を劣化させることなくイオン電流ノイズの除去を可能にし、信号波形による、より高精度な1粒子識別を可能にするものです。これによって、新型コロナウイルスの検出だけでなく、表面タンパクや粒子形状に僅かな違いを持つウイルスの変異株まで1粒子レベルで高精度に判別できる新たなウイルス検査システムが実現できるようになると期待されます。

特記事項

研究成果は、2021年5月14日(金)15時(日本時間)に「Small Methods」のオンライン版で公開されました。

タイトル:“Deep learning-enhanced nanopore sensing of single-nanoparticle translocation dynamics”
著者名:Makusu Tsutsui, Takayuki Takaai, Kazumichi Yokota, Tomoji Kawai, and Takashi Washio
DOI:https://doi.org/10.1002/smtd.202100191

本研究は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」研究総括:雨宮慶幸(高輝度光科学研究センター 理事長)の研究課題「機械学習と最先端計測技術の融合深化による新たな計測・解析手法の展開」研究代表者:鷲尾隆(大阪大学産業科学研究所 教授)と科学研究費助成事業の支援を受けて行いました。

これまでの研究成果

AI技術とナノポアセンサで1個のインフルエンザウイルスの高精度識別に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181121_1

ナノポアセンサ×ペプチド工学でインフルエンザウイルスを1個レベルで認識する新規ナノバイオデバイスの開発に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190110_3

AI技術とナノポアセンサでウイルスの複数種識別に成功!
一回の検査で複数のウイルス、感染症の原因特定に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201110_2

水の力でもっと精密にナノ粒子をとらえる!
ナノポアデバイスの開発で高精度な解析の実現へ
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210316_2

参考URL

筒井准教授URL (研究者総覧)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/350a1072cefba177.html

SDGs目標

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用語説明

ナノポア

ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。

深層学習アルゴリズム

AIを構成するアルゴリズムとして広く用いられている機械学習。ニューラルネットワークを多層に結合して学習能力を高めている。「ディープラーニング」とも呼ばれる。

イオン電流

電荷を持った原子・原子団(イオン)の運動によって生じる電流。本研究では、ナノポアを挟んで電圧を印加することで、イオンをナノポアに強制的に通過させる。ウイルスがナノポアを通過する際、ナノポア内のイオンはウイルスの体積によって排除されるので、瞬間的にイオンの流れが阻害され、電気的なシグナルとして検出できる。