イオンを流すとナノポアが加熱!

イオンを流すとナノポアが加熱!

ウイルスの検出と無害化を同時に行えるナノポアセンサ開発へ

2022-2-12工学系
産業科学研究所准教授筒井真楠

研究成果のポイント

  • ナノポアの極近傍にナノサイズの熱電対温度計を置き、ナノポアの温度を測定。
  • ナノポアにイオンを流すと、その流れの勢いに比例しナノポアが加熱されることを発見。
  • ウイルスの検出だけでなく無害化まで同時に行える新規ナノポアセンサの開発に期待。

概要

大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・川合知二招へい教授、名古屋大学未来社会創造機構の有馬彰秀特任講師・馬場嘉信教授、産業技術総合研究所の横田研究員による研究グループは、イオンの流れによってナノポアが局所的に加熱される新たな現象の発見に成功しました。

これまでのナノポアセンサでは、その動作時においてナノポアの温度は変わらないものとみなされてきました。しかし、イオンが水分子を掻き分けながらナノポアを高速で移動しているさまを想像すると、古くから知られる電子の流れによる固体のジュール発熱現象と同様に、ナノポアもイオン流によって加熱されている可能性も考えられます。

そこで当研究グループでは、ナノポアにナノサイズの温度計を取り付け、実際に発熱が起きているかを調べました。その結果、ナノポアに加える電力に比例してナノポア近傍の温度が局所的に上昇することを明らかにしました。本成果により、ウイルスの高感度検出と無害化を同時に実行する新しいナノポアセンサの開発が期待されます。

本研究成果は、American Association for the Advancement of Science (AAAS)が発刊する「Science Advances」に、2月12日(土)午前4時(日本時間)に公開されました。

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図1.イオンの流れによるナノポアの局所発熱現象を表した模式図。

研究の背景

ナノポアとは、ナノサイズの細孔のことです。イオンを含む水でナノポアを満たし、電圧を加えると、ナノポア内にはイオンの流れが生じます。このイオンの流れをイオン電流として計測すると、ナノポアに物体が入ってきた時に起きるイオンの流れの変化を電流の変化として観測することができ、さらにその時の電流変化の具合から物体の種類を識別することまでできます。この原理を例えばウイルス検出に応用すれば、ウイルスの僅かな性質の違いを判別する超高感度なウイルスセンサができますし、DNAに応用すれば、すでに実用化されているように、塩基配列を1分子レベルで読み取ることができるDNAシークエンサーになります。

このように、ナノポアセンサでは、ナノ空間におけるイオンの流れを測定することで、ウイルスやDNAなどの微小物体の物理性状を解析することができますが、これまでの常識では、このイオンの流れによってナノポアの温度は影響を受けないとみなされてきました。しかし水の中でイオンが動く様子を想像すると、イオンは周りの水分子と衝突を繰り返しながら電圧の方向に進みますので、その過程で水の温度が局所的に上昇していてもおかしくはない、とも考えられます。似たような現象は我々の身近にもあり、例えばセラミックヒータは、セラミックでできた部品に電流を流すと、電子が原子と衝突しながら流れる結果、セラミック部品が発熱する現象を利用しています。つまり固体を流れる電子で起きる発熱現象と同じことが、ナノポアを流れるイオンによっても起きている可能性があります。

そこで、本研究グループでは、実際にイオンの流れでナノポアの温度が変わるかを調べました。しかし、ナノ空間の温度を測ろうとすると、普通の温度計は当然大きすぎて使えないため、 極微の温度計を新たに作製し、さらにナノポアすぐ近くに正確に配置する必要がありました。これに対し、我々は半導体加工技術を駆使して、ナノポアの数十ナノメートル近傍に、2種類の金属ナノワイヤーでできたナノサイズの熱電対温度計を作りました。この温度計でナノポアの温度を測定したところ、イオンの流れによってナノポアの温度は上昇し、電圧を上げてイオンの流れの勢いを増大させた場合には、ナノポア近傍で水を沸騰させることすらできることを確認しました。さらにこのナノ空間における熱の振る舞いについて数値シミュレーションを行い、イオンの流れによって生じる熱は、主に水の熱伝導によってナノポア外部へと散逸することを明らかにしました。

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図2. ナノポア温度測定の仕組み。半導体加工技術を用いて、シリコンウエハ上に窒化シリコン(SiNx)メンブレンを作り、さらにその表面に白金(Pt)と金(Au)でできたナノワイヤーを形成します(上図模式図)。ナノワイヤーの先端部は互いに重なるように作ることで、ナノサイズの熱電対として機能させます。さらにこの熱電対の極近傍にナノポアを加工します(左下電子顕微鏡図)。これを用いて生理食塩水中でイオン電流を測定しながら熱電対の温度変化を記録したところ、ナノポアに加えた電力に比例してナノポア温度が上昇する傾向が観測されました(右下)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ナノポアが発熱すると他の様々な現象にも影響が現れます。例えば水の粘性は低くなり、イオンは流れやすくなります。また、ナノポアを通過する物体の動きや、電気浸透流の速度も変わります。これらはすべてナノポアセンサの性能に深く関わる現象です。本研究成果によって、どのようなナノポアの構造であればどの程度発熱するかを明らかにできたことで、今後、イオンの流れによる発熱効果まで考慮したナノポアセンサの設計開発が可能になり、その優れたセンサ感度の更なる向上が見込まれます。さらに、この発熱効果をうまく利用すれば、ウイルスがナノポアを通過する過程において、イオン電流変化からウイルスの検出・識別を行うだけでなく、そこに生じる熱によってウイルスの表面タンパク質を変性させることも可能になります(図3)。これによって、ウイルスの検出と無害化を同時に行うことができる新規ナノポアセンサの開発も可能になります。

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図3. ナノポア発熱効果を利用したウイルスの検出及び無害化。ナノポアに加える電圧によってあらかじめナノポア温度を所望の温度に昇温しておく。その上でナノポアにウイルスを通すと、イオン電流信号が得られ、その波形からウイルスの種類を識別することができる(従来のナノポアセンサ技術)。これと同時に、ウイルス表面のスパイクタンパク質はナノポアに生じる熱によって変性させることができる。これにより、ウイルスの高感度検出だけでなく、無害化まで同時に実施可能な新しいナノポア技術を生み出すことができる。

特記事項

研究成果は、2022年2月12日午前4時(日本時間)に「Science Advances」のオンライン版で公開されました。

タイトル:“Ionic heat dissipation in solid-state pores”
著者名:Makusu Tsutsui, Akihide Arima, Kazumichi Yokota, Yoshinobu Baba, and Tomoji Kawai

これまでの研究成果

AI技術とナノポアセンサで1個のインフルエンザウイルスの高精度識別に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181121_1

ナノポアセンサ×ペプチド工学でインフルエンザウイルスを1個レベルで認識する新規ナノバイオデバイスの開発に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190110_3

AI技術とナノポアセンサでウイルスの複数種識別に成功!
一回の検査で複数のウイルス、感染症の原因特定に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201110_2

水の力でもっと精密にナノ粒子をとらえる!
ナノポアデバイスの開発で高精度な解析の実現へ
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210316_2

注目のナノポアセンサ AIでノイズを制御し精密に形状を測定!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210514_1

DNA検出可能なナノポアセンサを開発!超高感度変異ウイルス検査システムへの応用に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210824_2

参考URL

筒井准教授URL (研究者総覧)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/350a1072cefba177.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 06 安全な水とトイレを世界中に

用語説明

ナノポア

ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。

熱電対温度計

2種類の異なる金属を接続し、両方の接合点に温度差を与えると金属間に電圧(熱起電力)が発生する現象(ゼーベック効果)を利用し、電気的に温度を計測する温度計。

イオン電流

電荷を持った原子・原子団(イオン)の運動によって生じる電流。本研究では、ナノポアを挟んで電圧を印加することで、イオンをナノポアに強制的に通過させる。物体がポアを通過する際、ポア内のイオンはその物体の体積によって排除されるので、瞬間的にイオンの流れが阻害され、電気的なシグナルとして検出できる。