イオンの流れで温冷自在の新技術
モバイル端末の温調シートモジュールや発電技術への応用展開に期待
研究成果のポイント
- 半導体加工技術により極小のナノポアを作製。
- イオン流に伴うジュール発熱とペルチェ効果によってナノポアの温度が外部電圧で自在に制御可能であることを実証。
- スマートフォン等のモバイル端末に実装可能な温調シートモジュールになると期待。
概要
大阪大学産業科学研究所の筒井真楠 准教授・川合知二 招へい教授、東京大学大学院工学系研究科の大宮司啓文教授・徐偉倫准教授、産業技術総合研究所の横田一道研究員、Instituto Italiano Di TechnologiaのDenis Garoli研究員による国際共同研究グループは、ナノポア内のイオンの流れを利用した温冷自在の熱デバイスを開発しました(図1)。
ナノポア(ナノメートルスケールの細孔)を生理食塩水などの電解質液で満たし、電圧を加えると、ナノポアにイオンの流れが生じます。このイオンの流れを利用して、ウイルスやDNAなどを検出するためのセンサや、海水/河水の水資源で発電するデバイスの研究開発が国内外で展開されています。その中で、今回の研究ではナノポアにおけるイオンの流れと熱の関係に注目しました。まず、半導体技術を用いて様々な形状・構造のナノポアを作り、生理食塩水中でのイオンの流れを調べました。その結果、直径50 nmの極めて小さなナノポアになると、陰イオンはナノポアを流れなくなり、陽イオンだけが流れる細孔になることを突き止めました。そして、ナノスケールの温度計を用いてナノポア近傍の温度変化を測定し、この特殊なイオンの流れによってナノポア近傍の温度は室温よりも低温になることを新たに発見しました。さらに、ナノポアの上下を異なる塩濃度の生理食塩水で満たした場合には、電圧の向きによって冷却だけでなく加熱も自在に行うことができる、ナノワットの電力で動作可能な温冷器になることを実証しました。本研究成果によって、PCやモバイル端末を冷却する極薄シートモジュールや、ナノポア発電素子の性能向上の実現が期待されます。
本研究成果は、Cellの姉妹誌である「Device」に、12月6日(水)午前1時(日本時間)に公開されました。
図1. 極小ナノポアにおける陽イオンの流れによるペルチェ冷却効果を表した模式図.
研究の背景
ものを電気で冷やす便利な道具の一つとして、ペルチェ素子があります。これは、負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つホールのどちらかをより多く含む半導体を使った技術です。例えば電子を多く含む半導体に電圧を加えると、電子が一方向に動きます。この時、電子は電気だけでなく熱も運ぶため、半導体の両側には温度差が生じます。この現象はペルチェ効果と呼ばれ、静音かつ小型な冷蔵庫やクーラーとして、われわれの生活に役立てられています。
一方、生理食塩水などのイオンを含む液体中にも、半導体の電子とホールと同じように、負の電気を帯びた陰イオンと正の電気を帯びた陽イオンが存在します。そこで、電圧を加えた時に、陰イオンまたは陽イオンだけが一方向に流れる状況を作ることができれば、ペルチェ素子と同じようにして、イオンの流れで液体を冷却する技術も可能なはずだと考えました。ただ、生理食塩水には同じ程度の陽イオンと陰イオンが含まれます。このため、例えば生理食塩水で満たされたナノポアに電圧を加えると、ナノポア内には陰イオンと陽イオンの両方が流れてしまい、冷却効果は得られません。
そこで本研究チームは、陽イオンだけが流れる極めて小さなナノポアを開発しました(図2)。まず、二酸化珪素薄膜中に様々な形状・構造のナノポアを加工し、そこに生じるイオンの流れを調べました。その結果、ナノポア直径を50 nmにまで小さく作ると、二酸化珪素の表面にある負電荷の影響で、陰イオンは電気的な反発力を受けナノポアを通過しなくなり、陽イオンだけがナノポアを流れるようになることを確認しました。その上で、ナノポアのすぐ脇にナノサイズの温度計を設置し、一方向の陽イオンの流れに伴うペルチェ効果によってナノポア近傍の温度がどのように変化するかを測定しました。その結果、ナノワットレベルの僅かな電力で効率的にナノポア近傍の空間を冷却できることを明らかにしました。さらに、ナノポアの両側を塩濃度の異なる生理食塩水で満たすと、簡単な電圧制御で、冷却だけでなく昇温も可能な温冷器になることを実証することに成功しました(図3)。
図2. イオン流によるペルチェ効果の動作原理。二酸化珪素表面は水中で負電荷を帯びるため、陰イオンはナノポア壁面で電気的な反発力を受ける。この効果のため、小さなナノポアになると、陰イオンは電気的な反発によりナノポアを通れなくなる。一方、陽イオンは反発を受けないため、ナノポアを通過できる。この陽イオンの流れによって熱はナノポアの片側から反対側に運ばれ(ペルチェ効果)、ナノポア周囲の水が冷却される(左図)。右図は、ペルチェ効果による水温変化を検出するために用いたナノポアの電子顕微鏡像。直径50 nmのナノポアに接するように微小な熱電対温度計が形成されている。
図3. ナノポア温冷器。ナノポアの上下に塩濃度差を付与した状態で電圧を加えると、負の電圧下ではナノポア周囲が低塩濃度になり、ペルチェ効果による冷却現象が生じる。一方、正の電圧を負荷する場合は、ナノポア周囲が高塩濃度な状態になり、イオン流に伴うジュール発熱により昇温することができる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
イオンの流れは、電熱ヒータと同じような原理で発熱現象を伴うことは、これまでの研究ですでに知られていました。それに対し、本研究では極小のナノポアに現れる特殊なイオン流を用いることで、加熱だけでなく冷却まで可能になることを発見しました。この熱制御技術は、多孔質膜で実践すれば大面積を高効率に加熱/冷却する厚さ数十nmの薄膜デバイスになり、省スペースや軽量化が要求されるスマートフォン等のモバイル端末に実装可能な加熱/冷却用シートモジュールへの応用が期待されます。
また、発電技術への応用展開も考えられます。ペルチェ効果は、熱エネルギーを電気エネルギーに変換するゼーベック効果の逆現象です。実際に本研究の中でも、電圧の代わりに温度差を与えると熱起電力が観測され、約3 mV/Kに達するゼーベック係数が得られました。これは固体の熱電材料に比べて一桁高い値です。加えて、以前のわれわれの研究で、ナノポアは海水/河水の塩濃度差を利用した発電に応用できることも分かっています。今後、本研究の成果を基に、塩濃度差と温度差を組み合わせることで、ナノポア発電素子の大幅な性能向上が期待されます。
特記事項
研究成果は、2023年12月6日(水)午前1時(日本時間)にCellの姉妹誌である「Device」のオンライン版で公開されました。
タイトル:“Peltier cooling for thermal management in nanofluidic devices”
著者名:Makusu Tsutsui, Kazumichi Yokota, Wei Lun Hsu, Denis Garoli, Hirofumi Daiguji, and Tomoji Kawai
参考URL
これまでの研究成果
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https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181121_1
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https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190110_3
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https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201110_2
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https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210316_2
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https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210824_2
イオンを流すとナノポアが加熱!ウイルスの検出と無害化を同時に行えるナノポアセンサ開発へ
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220212_1
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https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20221013_3
用語説明
- ナノポア
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。
- ジュール発熱
電気抵抗体に電流を流すと発熱する現象。
- ペルチェ効果
熱電現象の一種。2つの異なる金属を互いに接触させ電圧を加えると、接触部分で熱の吸収・放出が生じる現象。
- 微小な熱電対温度計
2本のナノサイズの金属細線で作られた温度計。細線接合部の温度に比例した電圧が生じる。