神経発達障害群の染色体重複による発症の機序を解明
注意欠如・多動症などの神経発達障害の新治療法に光
本研究成果のポイント
・神経発達障害群 の原因分子を発見し、染色体重複で発症する神経発達障害の機序を解明
・注意欠如・多動症(AD/HD)や知的能力障害、自閉スペクトラム症等は特定の染色体部位の重複が原因と考えられていたが、その詳細なメカニズムは明らかではなかった
・神経発達障害の機序が明らかになり、発見した原因分子をターゲットとした新たな治療法の開発に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科解剖学講座(分子神経科学)の山下俊英教授、藤谷昌司助教(研究当時。現兵庫医科大学解剖学講座准教授)らの研究グループは、16番染色体の 16p13.11微小重複 によっておこる神経発達障害群の原因分子マイクロRNA-484(miR-484) を世界で初めて発見しました。
16p13.11部位の重複は、注意欠如・多動症(AD/HD)や知的能力障害等の原因として注目されていますが、これまでその原因となるメカニズムは明らかではありませんでした。今回、本研究グループは16p13.11重複によるmiR-484発現異常が、脳の発生制御に関わる分子である protocadherin-19(プロトカドヘリン-19) の発現に変化をきたし、胎生期の神経新生 異常が起きることを明らかにしました。
本研究成果により、神経発達障害に対する新たな治療法開発につながることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Molecular Psychiatry」に、7月5日(火)16時(日本時間)に公開されました。
研究の背景と内容
染色体のわずかな重複や欠失が様々な病気の原因となることは広く知られています。その中で、16番染色体のごく一部の16p13.11部位が重複すると、神経発達障害が発症することは知られていましたが、その原因分子は明らかではありませんでした。本研究グループでは、公共のデータベースより得られた患者情報を元に重複部位の中の8個の遺伝子に着目し、それらの遺伝子の発現・働きをマウスの脳内で明らかにしました。さらに、BACトランスジェニック法 を用いてヒトの重複部位をマウスゲノムに組み込み、観察したところ、神経新生異常と神経発達障害の症状を呈することが分かり、特定の染色体部位の重複による神経発達障害群の発症を解明できました。さらに機能解析を行い、重複部位の中の8個の遺伝子のうち、miR-484が責任遺伝子であることを突き止めました。miR-484は大脳皮質の神経細胞が生まれてくる時に発現し、神経幹細胞の神経細胞への分化を促していました。したがって染色体重複によってmiR-484が過剰に発現されると、神経幹細胞の増殖と分化のバランスが崩れて、病態が生じると考えられました。またmiR-484はpcdh19の発現を抑制することで、機能を発揮することも明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
16p13.11微小重複の病態機序が明らかになったことで、神経発達障害発症に関わる分子を同定することができました。今後は、神経発達障害の分子機序のさらなる解明と、新たな治療法創出へと発展することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2016年7月5日(火)午前8時(英国時間)〔7月5日(火)16時(日本時間)〕に英国科学誌「Molecular Psychiatry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“ A chromosome 16p13.11 microduplication causes hyperactivity through dysregulation of miR-484/protocadherin-19 signaling”
著者名:Masashi Fujitani, Suxiang Zhang, Ryosuke Fujiki, Yoshitaka Fujihara and Toshihide Yamashita
なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)、厚生労働科学研究費補助金創薬基盤推進研究の一環として行われました。
参考URL
大阪大学大学院医学系研究科解剖学講座(分子神経科学)
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/
用語説明
- 神経発達障害群
(neurodevelopmental disorders):
発達期に発症する一群の疾患である。行動の異常は、学習または実行機能の制御といった非常に限られたものから、社会的技能又は知能の全般的な障害まで多岐にわたる。自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(AD/HD)、知的能力障害等が含まれる。これらの疾病の原因は、一般的には異なるシステムの脳の異常であると考えられているが、それぞれの併存も多く、原因は不明である。
- 16p13.11微小重複
遺伝子の重複症は21トリソミー(ダウン症)等の染色体そのものの大きな重複から、染色体の極一部(数メガベース程度)のコピー数が重複する微小重複症まで様々なものがある。その中で、16p13.11領域の微小領域約1.5メガベースが重複し、症状を呈した患者を16p13.11微小重複症と呼ぶ。原因、候補遺伝子等はこれまで、全く未知であった。16p13.11領域の重複は、様々な神経発達障害群のリスクになることが報告されている。
- マイクロRNA-484(miR-484)
マイクロRNAの1つ。484番目と比較的遅く発見された。げっ歯類や霊長類等の高等生物のみで保存されている。これまで、ガンや細胞死との関わりが報告されていたが、発達期における役割は全く分かっていなかった。数百あると考えられるターゲット分子の中から、スクリーニングによって、後述のprotocadherin-19分子が同定された。
- protocadherin-19(プロトカドヘリン-19)
プロトカドヘリンは、細胞接着分子カドヘリンファミリーの1つである。プロトカドヘリン同士が結合することで、細胞間相互作用を制御する。この分子の遺伝子異常は、女性に特異的に発症する知的能力障害を発症するてんかん(PCDH19関連症候群)を発症することから、脳の発生の制御に必須であることが示唆されていた。
- 神経新生
胎児期に神経管ができ、神経上皮細胞が分裂して、神経管が太くなる。その後、神経細胞の元となる放射状グリアが産生される。放射状グリアは盛んに増殖しながら、次々と神経細胞を産み出す。脳深部で誕生した神経細胞が次から次へと脳の内側から表層部に積み上がっていくことにより、6層の神経細胞からなる層構造を構築する。従って、時期依存的に神経細胞分化が制御されている。その重度の破綻は小頭症の原因となる。最近になって、比較的弱い神経新生の異常が、成長後の自閉症様の行動異常との関わりが証明されるなど、神経新生異常と神経発達障害との関連について研究が進められている。
- BACトランスジェニック法
BACとは、Bacterial artificial chromosomeの略であり、100数十キロベースに及ぶ、巨大なゲノムを含んだプラスミドベクターを細菌内で維持できる技術。更に、この遺伝子をマウスのゲノムに挿入する技術がBACトランスジェニック法で、マウスのゲノムには1-2コピー挿入されるため、人工的に遺伝子重複を作るためには都合がよい。