統合失調症を判別する眼球運動特徴の発見

統合失調症を判別する眼球運動特徴の発見

統合失調症の客観的補助診断法の開発に期待

2014-11-7

リリース概要

大阪大学大学院連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授、京都大学大学院医学研究科の三浦健一郎助教のグループは、統合失調症患者の眼球運動特徴を研究し、複数の眼球運動特徴の組み合わせにより算出したスコアを用いると、統合失調症患者と健常者を88%以上判別できることを新たに見出しました。この発見は、統合失調症に関する橋本准教授の研究と、眼球運動研究を行っている三浦助教らの研究の共同の成果として見出されたものです。統合失調症の客観的な診断法は未だなく、主観的な症状により診断している現状において、客観的な診断法につながる眼球運動特徴を橋本准教授らが見出したことは、精神医学領域において注目される成果です。今後、統合失調症の補助診断法の開発にに発展することが期待されます。なお、本研究成果は、国際的な精神医学雑誌Schizophrenia Researchの電子版に11月1日(土)に掲載されました。

研究の背景

統合失調症は約100人に1人が発症する精神障害です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどります。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者も多く、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症です。精神疾患の診断は医師が症状を診ることによりなされており、客観的な検査等による診断法は未だ確立していません。よってその診断の精度は精神科医の経験に大きく左右され、他の医学分野の疾患のように患者やその家族に客観的な検査値などでわかりやすく説明することができないことが、大きな問題となっていました。よって、統合失調症の客観的な診断法の開発に必要な、高い判別率のある検査法の発見が待ち望まれていました。

橋本准教授は、大阪大学医学部附属病院神経科・精神科において、統合失調症専門外来を行い、受診する統合失調症患者に認知機能検査、脳神経画像検査、神経生理学的検査など詳細な評価を行ってその診断と治療に従事してきました。その中で、京都大学の三浦助教の協力を得て、神経生理学的検査の一つである眼球運動検査を行い、統合失調症と健常者を88%以上判別するスコアを開発しました。注視課題滑動性追跡眼球運動課題(水平パーシュート、遅いリサージュ、速いリサージュ),フリービューイング課題から65種類の眼球運動の特徴のうち、27種類が統合失調症において異常が認められました。もっとも顕著な違いは、フリービューイング課題のスキャンパス距離であり、統合失調症患者では、健常者よりも眼球の移動距離が少なく、探索眼球運動が乏しいことが示されました。これらの65種類から、スキャンパス距離(フリービューイング課題)、垂直位置ゲイン(速いリサージュ課題)、注視数(速いリサージュ)、注視時間(注視テスト)、S/N比(水平パーシュート課題)の5つの指標から作成した眼球運動スコアを用いると、統合失調症患者と健常者を88%以上で判別でき、感度が78%で特異度が94%でした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、統合失調症を高率に判別できる眼球運動特徴スコアを発見したことから、この眼球運動特徴スコアを用いることにより、統合失調症の客観的・科学的診断法を開発への道が開けたといえます。大阪大学と京都大学において、本研究成果は特許出願中であり、企業と協力して製品化への開発を進めています。将来的に統合失調症の客観的診断法が開発されれば、統合失調症患者をより正確に、そして早期に診断できるようになることが期待されます。統合失調症は他の疾患と同様に、発症してからの治療開始期間が早ければ早いほどその予後がよいことが知られていることから、患者の社会機能が改善し、多数の入院患者が退院し、家庭での役割を果たすことができるようになったり、労働に従事することができるようになることが期待されます。また、眼球運動特徴は、統合失調症の神経生物学的な側面である中間表現型の一つであると考えられていますが、中間表現型に着目した客観的診断法の開発はなされていませんでした。今後、統合失調症だけでなく様々な精神障害において、中間表現型を用いた研究手法が発展することが予想されます。

特記事項

本研究は、大阪大学医学部附属病院神経科・精神科にて、今までに集積してきた日本随一の精神疾患のリサーチリソース・データベース「ヒト脳表現型コンソーシアム」を活用して得られた成果です(下図)。臨床研究における中核的な拠点である大阪大学医学部附属病院では、トランスレーショナル・リサーチを推進していますが、神経科・精神科では、詳細な脳機能データの付随する血液サンプル(ゲノムサンプル、血漿、RNA、不死化リンパ芽球)を2000例以上集めており、これらを用いて各診療科と連携した研究が発展することが期待されます。

参考URL

大阪大学大学院連合小児発達学研究科
http://www.ugscd.osaka-u.ac.jp/

用語説明

眼球運動

対象物に視線を向けたり、対象物に向けた視線を維持するための眼の運動であり、中枢神経系の働きよって制御される。

注視課題

モニタ中央に呈示される静止した小さなターゲットを見続ける課題。

滑動性追跡眼球運動課題

モニタ上に呈示される小さな動くターゲットを眼で追跡する課題。

フリービューイング課題

眼の前に呈示される静止した絵や写真または動画を自由に見る課題。

中間表現型

精神疾患に特徴的な神経生物学的な表現型であり、認知機能、脳神経画像、神経生理機能などがあり、眼球運動もその一つです。