精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究を開始

精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究を開始

精神科医への教育を行い、よりよい医療の実践に大きく前進

2016-5-30

本研究成果のポイント

・全国20の精神科医療施設が参加する「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究」(EGUIDE研究) を開始
・精神科領域において治療ガイドライン の効果を検証した研究は未だなく、EGUIDE研究は全く新しい試みといえる
・精神科医に対するガイドラインを用いた教育が行われ、より適切な治療が広く行われることが期待

概要

大阪大学大学院連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授、杏林大学医学部の渡邊衡一郎教授、東京女子医科大学医学部の 稲田 健講師らのグループは、全国の20の精神科医療施設が参加する「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究:Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment」(略称EGUIDE研究)を開始しました。EGUIDE研究は、精神科医に対してガイドラインの教育の講習を行い、ガイドラインの効果を検証する研究を行うものであり、本年5月に研究代表施設である大阪大学の倫理審査委員会において承認され、これから全国の分担施設へと研究を展開する予定です。

精神科領域において、治療ガイドラインの効果を検証した研究は未だなく、全く新しい試みであると言えます。今後、EGUIDE研究を推進することにより、精神科医に対するガイドラインを用いた教育が行われ、より適切な治療が広く行われることが期待されます。

研究の背景

精神科医療においては、薬物療法と心理社会学的療法がその両輪ですが、その実践については、臨床家ごとのばらつきが大きく、よりよい医療を普及させることが必要とされています。例えば、代表的な精神疾患の一つである統合失調症 においては、抗精神病薬の単剤治療を行うことが海外の各種ガイドラインで推奨されていますが、日本では諸外国と比較して突出して抗精神病薬の多剤投与が多く、薬剤数が多いことが知られています。2011年の日本精神神経学会においては、統合失調症における多剤療法の問題が取り上げられたシンポジウムが行われ、抗精神病薬の多剤併用率が65%程度であり、抗パーキンソン薬、抗不安薬/睡眠薬、気分安定薬の併用率もそれぞれが30-80%と高いことが報告されました。2014年には、向精神薬の多剤処方に対する診療報酬の減額がなされました。

日本においては、統合失調症の薬物治療ガイドラインが2015年9月に日本神経精神薬理学会より発表されました (図左) 。このガイドラインは、精神科領域において日本初のMinds法に則ったエビデンスに基づいたものであり、統合失調症においては抗精神病薬の単剤治療を行うことを明確に推奨しており、学会のホームページにて無料でダウンロードもできます(本も出版)。また、うつ病学会においても大うつ病性障害双極性障害 の治療ガイドラインを発表 (図右) しており、これらも学会のホームページにて無料でダウンロードできます。

このような状況にもかかわらず、まだこれらの治療ガイドラインが十分に普及したとはいえない現状があり、よりよい精神科医療を広めるための工夫が必要であると考えられています。しかし、精神科領域においてガイドラインの効果を検証した研究は未だなく、全く新しい試みであると言えます。

統合失調症の薬物治療ガイドライン(左)と大うつ病性障害・双極性障害の治療ガイドライン(右)

本研究が社会に与える影響(本研究の意義)

EGUIDE研究にて講習を行うこと自体によってガイドラインの普及が進み、若手の精神科医に対してより適切な治療の教育が行われ、その結果として、より適切な治療が広く行われるようになることが期待できます。また、教育効果を検証することにより、さらに効果的な講習の方法論が開発され、精神科医および精神科医療にかかわるパラメディカルスタッフへの生涯教育法の開発や、当事者やその家族への教育にもつながる可能性があります。

特記事項

本EGUIDE研究は、 下図 のように全国20施設が参加しています。うつ病ガイドラインについてはうつ病事務局である杏林大学(渡邊衡一郎教授)を中心に、統合失調症の薬物治療ガイドラインについては統合失調症事務局である東京女子医科大学(稲田健講師)を中心に、ガイドラインに基づいた講習内容を検討し、資料を作成しています。講習は、全国9カ所で行う予定となっており、よりよい精神科医療が行われるようになることが期待されます。

研究支援

この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「うつ病性障害における包括的治療ガイドラインの標準化および普及に関する研究」(研究代表者:渡邊衡一郎)と「主体的人生のための統合失調症リカバリー支援― 当事者との共同創造co-production による実践ガイドライン策定」(研究代表者:福田正人)の支援を受けています。

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学講座精神医学教室
http://www.sp-web.sakura.ne.jp/lab/index.html

「EGUIDE研究プロジェ クト」

用語説明

治療ガイドライン

患者と医療者を支援する目的で、臨床現場における意思決定の際の判断材料の一つとするために、科学的根拠(エビデンス)に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文書。

統合失調症

約100人に1人が発症する精神障害。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどる。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多いだけでなく、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症。

大うつ病性障害

約100人に3-16人が発症する精神障害。抑うつ症状、興味や喜びの減退、不眠、食欲不振、不安・焦燥、意欲低下、罪悪感、思考力の減退などが認められ、社会機能の障害を引き起こす。

双極性障害

約100人に1人が発症する精神障害。躁状態またはうつ状態を反復し、特に躁状態による問題行動やうつ状態による長期休職等により、社会生活の障害を引き起こす。