統合失調症の認知機能障害に関与する遺伝子を発見

統合失調症の認知機能障害に関与する遺伝子を発見

患者の社会機能改善につながる薬剤の開発に光

2013-6-1

リリース概要

大阪大学大学院連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授、藤田保健衛生大学の岩田仲生教授のグループは、統合失調症患者の認知機能障害に関する遺伝子解析研究で、複合脂質の代謝酵素であるDEGS2 遺伝子の多型(SNP)が、同疾患の認知機能の低下に関連することを新たに見出しました。この発見は、統合失調症の認知機能障害に関する橋本准教授の研究と、全ゲノム関連解析(GWAS:genome wide association study)を行っている岩田教授らの研究の共同の成果として見出されたものです。最近になり、精神神経疾患の全ゲノムにわたる遺伝子解析研究が急速に広がりつつあり、新たな因子を橋本准教授らが同定したことは、精神医学領域において注目される成果です。今後、統合失調症の認知機能障害に対する創薬に発展することが期待されます。

なお、本研究成果は、米国の精神医学雑誌American Journal of Psychiatryの電子版に6月1日(土)13時1分(米国東部標準時午前0時1分)に掲載される予定です。

研究の背景

統合失調症は約100人に1人が発症する精神障害です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどります。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者も多く、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症です。精神症状よりも認知機能障害が、社会機能と相関することから、認知機能障害が注目されています。しかし、陽性症状を中心とする精神症状に効果のある薬剤はあるものの、統合失調症の認知機能障害を改善する薬剤は未だなく、現在、新たな薬剤の開発が期待されている分野です。統合失調症の認知機能障害のメカニズムは解明されておらず、関連する遺伝子も見出されていないため、創薬ターゲットとなる遺伝子の発見が待ち望まれていました。

橋本准教授は、大阪大学医学部附属病院神経科・精神科において、統合失調症専門外来を行い、受診する統合失調症患者に認知機能検査、脳神経画像検査、神経生理学的検査など詳細な評価を行ってその診断と治療に従事してきました。その一方、「精神病性障害の遺伝子解析研究」として、これらの検査データである中間表現型 と遺伝子の関連を検討してきました。そこで統合失調症の認知機能障害を定量する方法として、現在の知能から病前の推定知能を差し引くことを提唱してきました( 図1 :平均を100として約16の低下)。そのGWASを行うことによって、認知機能障害の程度に関連する遺伝子を発見しました( 図2 )。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、統合失調症の認知機能障害に関与する遺伝子が同定されたことから、認知機能障害改善薬を開発するための基盤となる創薬ターゲットが発見されたといえます。将来的に統合失調症の認知機能障害改善薬が開発されれば、統合失調症患者の社会機能が改善し、多数の入院患者が退院し、家庭での役割を果たすことができるようになったり、労働に従事することができるようになることが期待されます。また、GWASという手法にて統合失調症や双極性障害の遺伝子が見つかってきていますが、統合失調症の認知機能障害という神経生物学的な側面(中間表現型)に着目したGWASはなされていませんでした。今後、統合失調症だけでなく様々な精神障害において、中間表現型を用いた研究手法が発展することが予想されます。

特記事項

本研究は、大阪大学医学部附属病院神経科・精神科にて、今までに集積してきた日本随一の精神疾患のリサーチリソース・データベース「ヒト脳表現型コンソーシアム」を活用して得られた成果です( 図3 )。臨床研究における中核的な拠点である大阪大学医学部附属病院では、トランスレーショナル・リサーチを推進していますが、神経科・精神科では、詳細な脳機能データの付随する血液サンプル(ゲノムサンプル、血漿、RNA、不死化リンパ芽球)を2000例以上集めており、これらを用いて各診療科と連携した研究が発展することが期待されます。

参考図

図1

図2

図3

参考URL

用語説明

DEGS2

delta(4)-desaturase, sphingolipid 2という酵素。ジヒドロセラミドなどを不飽和化して、分子中にリン酸や糖などを含む脂質である複合脂質の一種であるセラミドなどに転換する酵素です。

中間表現型

認知機能、脳神経画像、神経生理機能等の精神疾患に特徴的な神経生物学的表現型です。