分子サイズのデバイス開発を目指して 数ナノメートルの分子導線で高い電気伝導特性を実現!

分子サイズのデバイス開発を目指して 数ナノメートルの分子導線で高い電気伝導特性を実現!

ホッピング伝導を高効率化する新しい分子設計

2024-8-22工学系
産業科学研究所教授家 裕隆

研究成果のポイント

  • 均等の間隔でねじれた数ナノメートルスケールの分子導線の開発に成功
  • 剛直な分子構造を用いることで高い電気伝導を実現
  • 単分子エレクトロニクスや有機薄膜エレクトロニクスの高性能化に期待

概要

大阪大学産業科学研究所の家裕隆教授は、大阪大学大学院基礎工学研究科の夛田博一教授、山田亮准教授、名古屋大学大学院工学研究科の大戸達彦准教授らと共同で、ホッピング伝導向上の鍵となる物理的パラメーター“再配列エネルギー”を調節した分子設計を取り入れたπ共役分子を開発することで、数ナノメートルスケールの分子導線の単分子電気伝導特性を向上させることに成功しました(図1)。

本研究成果は、8月12日(月)(日本時間)に、アメリカ化学会誌 『Journal of the American Chemical Society』 (オンライン)に掲載されました。

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図1. 本研究で開発した数ナノメートルスケールの分子導線の概要

研究の背景

一つの分子内の電気伝導(単分子電気伝導)は、分子の長さに応じて電気伝導のメカニズムが変わることが知られています。具体的には、数ナノメートル以下(ベンゼン環を数個つなげた程度の長さ)の短い鎖長の時は、量子効果に基づくトンネル伝導になります。一方、分子の長さが数ナノメートルスケール以上になると、正孔などのキャリアが分子内に局在し、分子内の電子準位(ホッピングサイト)を飛び移りながら移動していくホッピング伝導が主要なメカニズムとなります。長距離電気伝導において重要なホッピング伝導の電気伝導を向上させるための指針を得ることが、単分子エレクトロニクスや有機エレクトロニクスの実用化に向けた重要な課題でした。しかし、ホッピング伝導を検証するために必要な、(1)数ナノメートルスケール (2)分子間相互作用を排除した完全被覆構造 (3)分子長の精密な制御、を兼ね備えた分子の有機合成が困難であるため、実験的な研究は遅れていました。

研究の内容

ホッピング伝導を決定する活性化エネルギー(Ea)は、ホッピングサイト間のエネルギー差(ΔEhs)とホッピングサイトの再配列エネルギー(λ)の和で決まります。ホッピング伝導を向上させるためには、Eaを低くすることが求められます。ΔEhsを低減させるためには、ホッピングサイト間のエネルギー準位を均質に揃えることが有効です。これまでに家教授らの研究グループでは、π共役化合物であるオリゴチオフェン6Tsegの分子構造に一定間隔で「ねじれ」を導入し、数ナノメートルスケールまで伸長させた(6Tsegnが高い電気伝導特性を示すことを見出していました(2021年1月6日プレスリリース)。しかし、オリゴチオフェンは構造がふらつきやすい結果、高いλとなることが課題として残されていました。今回、π共役化合物で構成されるホッピングサイトの分子構造に、剛直な縮環構造TBIDを取り入れることでλを低減しました。さらに、一定間隔のねじれを導入し、数ナノメートルスケールまで伸長させた(TBID)nを開発することで、λとΔEhsを同時に低減させることに成功し、ホッピング伝導の高効率化が実現しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、有機分子の分子構造が分子内のホッピング伝導に及ぼす影響を明らかにした先駆的研究であるとともに、ホッピング伝導の高効率化がエレクトロニクス応用における革新的機能発現の可能性に有効であることを示す重要な一歩といえます。本研究グループでは引き続き、ホッピング伝導の効率化に基づく新駆動原理・新デバイス構造の開拓により、単分子エレクトロニクスにおける分子ワイヤや、有機薄膜エレクトロニクスの有機半導体としての高性能化を推進します。

特記事項

本研究成果は、2024年8月12日(月)(日本時間)にアメリカ化学会誌 『Journal of the American Chemical Society』(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Periodically Twisted Molecular Wires Based on a Fused Unit for Efficient Intramolecular Hopping Transport”
著者名:Ryo Asakawa, Soichi Yokoyama, Ryo Yamada, Seiya Maeda, Tatsuhiko Ohto, Hirokazu Tada, and Yutaka Ie
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.4c07548

なお、本研究は科学研究費補助金(20H02814, 20H05841, 20KK0123, 21H01956, 21K14602, 22H00315, 23K17947, 23K17903, 24H00482, and 24KJ1619)、科学技術振興機構(JPMJMI22I1, JPMJSF23B3, JPMJPR2115, JPMJCR20R1)、三菱財団研究助成の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

単分子エレクトロニクス

1974年にAviramとRatnerは、有機単分子に電子素子としての機能を付与することができれば“単分子エレクトロニクス”が可能になると提唱。単分子エレクトロニクスでは、構造変換が自在に行える有機分子の特徴を活かせることから、ボトムアップのアプローチで素子構築が可能となる。

ホッピング伝導

局在した電荷が分子内を移動する、電荷注入型の輸送機構のこと。熱活性型の伝導であるため温度依存が観測される。電気抵抗の距離依存性は直線的になることが特徴。

再配列エネルギー

分子の電子移動に関するエネルギーであり、基底状態の構造と酸化あるいは還元された励起状態の構造とのエネルギー差のこと。一般的に、再配列エネルギーが小さいほど、電子移動が効率的になりやすく、高い電荷移動性が期待できる。

π共役分子

ベンゼンやアセチレンなど分子内でπ電子が連続的に広がり、結合している分子のことを指す。このような分子では、複数の二重結合や三重結合によって、π電子が分子全体にわたって自由に移動できる状態を形成しており、正孔や電子の輸送に有利であることからエレクトロニクス応用に適した構造である。

トンネル伝導

有機分子を金属電極で挟んだ単分子接合において、電荷が波としてすり抜けていく伝導機構のこと。電気伝導度は温度に依存しないこと、および、電気抵抗の距離依存性が指数関数的であることが特徴。