\近赤外線カメラ や 有機太陽電池に応用/ 近赤外光を選択的に吸収する 無色透明な有機半導体材料を開発
研究成果のポイント
- 太陽光に含まれ視認できない光「近赤外光」を選択的に吸収する無色透明な有機分子の設計と開発に成功
- 分子軌道の対称性を精密制御することで、近赤外光の選択的な吸収を実現
- 近赤外線カメラや近赤外光エネルギーを活用した無色透明な有機太陽電池などのデバイス材料開発への応用に期待
概要
大阪大学産業科学研究所の横山創一助教、家裕隆教授らの研究グループは、近赤外光を選択的に吸収しつつ、無色透明な特性を示す有機分子の設計と開発に成功しました。
近赤外光は、太陽光に含まれている視認できない光で、高い生体透過性、物質透過性を示します。近赤外光に対して応答を示す半導体材料は、近赤外光のイメージングや無色透明な太陽電池材料といった、様々な分野への応用開発が期待されていますが、このような性質を持った分子の例は限られており、また分子を設計する指針も明確ではないという課題がありました。
今回の研究では、分子軌道の対称性に着目した分子設計指針を提案することで、近赤外光選択的な吸収特性を示す無色透明な有機分子を開発することに成功しました。また、開発した有機半導体は近赤外光に対しても選択的な応答を示すことを見出しています。
今回の成果により、医療用近赤外線カメラ、近赤外光領域で発電可能な無色透明有機太陽電池開発、近赤外光遮蔽フィルム、セキュリティインクなどへの応用が可能な材料開発が加速的に進展することが期待されます。
本研究成果は、ドイツの科学雑誌「Advanced Science」に、6月14日(金)(日本時間)に公開されました。
図1. 本研究で開発した無色透明で近赤外光選択的な吸収を示す分子と設計戦略
研究の背景
近赤外光は太陽光に含まれている視認できない光で、高い生体透過性、物質透過性を示します。また近赤外光に対して応答を示す半導体材料は、近赤外光のイメージングや無色透明な太陽電池材料といった、様々な分野への応用開発が期待されています。さらに、有機分子でこれらの性質を発現することで薄く、柔軟な性質を生かしたフレキシブルやウェラブルなデバイスの開発が可能です。しかしながら、このような性質を持った分子の例は限られていることに加えて、分子を設計する指針も明確ではないという課題がありました。したがって、近赤外光選択的に吸収を示しつつ、半導体特性を示す分子の設計指針の提唱が望まれていました。
研究の内容
研究グループでは、分子軌道の対称性に着目した新しい設計により、可視光範囲で起こりうる電子遷移を禁制、近赤外光領域の電子遷移のみを許容になるような分子軌道配置を設計しました(図1)。実際に設計したPy-FNTz-B分子は理論計算から、近赤外光域に相当するHOMO→LUMO遷移が許容に、可視域の遷移となるHOMO→LUMO+1遷移とHOMO−1→LUMO遷移の二つが現れますがいずれも禁制になることが判明しました(図1左)。さらに、この遷移の違いがでる原因をLaporteの規則を用いて説明することに成功しました。Laporteの規則とは、軌道遷移に伴って、軌道の称性が保持される場合は禁制となり、軌道対称性が逆転する場合は許容になります。つまり、隣り合う軌道配置の対称性を互いに反転させることで最長波長を選択的に吸収することが可能になることを見出しました。
実際に合成した分子の物性を調べたところ、Py-FNTz-Bは近赤外光選択的な吸収特性を示し、溶液やフィルム状態で無色透明な特性を示しました(図1右)。加えて、開発した分子をもとに、有機電界効果トランジスタを作製すると、近赤外光を照射することで電流増幅が起こり、吸収スペクトルに応じた選択的な光センシングを実現しました(図2)。このようにLaporteの規則に基づいて分子軌道の対称性をチューニングした分子を設計することで、近赤外光選択的な吸収特性と半導体特性を示す分子が開発可能になると期待されます。
図2. 開発した分子を用いた有機電界効果トランジスタと近赤外光応答挙動
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果の近赤外光選択的なセンシングは、肉眼で確認できない物質の傷などを検出できる近赤外線カメラやヘルスケアなどへの応用が期待されます。加えて、このような分子設計指針の提案は、近赤外光領域で発電可能な無色透明有機太陽電池開発や近赤外光遮蔽フィルム、セキュリティインクなどへの応用が可能な分子を創出するうえでも非常に有用なツールになると期待されます。
特記事項
本研究成果は、6月14日(金)(日本時間)にドイツ科学誌「Advanced Science」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Colorless Near-Infrared Absorbing Dyes Based on B-N Fused Donor-Acceptor-Donor π-Conjugated Molecules for Organic Phototransistors”
著者名:Soichi Yokoyama, Sakura Utsunomiya, Takuji Seo, Akinori Saeki and Yutaka Ie
DOI:https://doi.org/10.1002/advs.202405656
なお、本研究は、科学研究費補助金(20H02814, 20H05836, 20H05841, 20KK0123, 20KAKK15352, 21K14602, 23K17947, 24H00482, and 24K08553)、JST研究推進事業(JPMJMI22I1, JPMJSF23B3, JPMJCR20R1), 三菱財団研究助成(202310004)の一環として行われました。
参考URL
横山 創一助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/72b7a111b430651d.html
家 裕隆教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3cc5087df5e9219c.html
SDGsの目標
用語説明
- 電子遷移
光を吸収することによって分子内の電子が高次の分子軌道に移動する現象。
- 禁制
電子遷移のうち、量子科学的に起こるものを許容遷移、起こらない(起こりにくい)ものを禁制遷移とよぶ。許容遷移になると分子は、その光の波長を効率的に吸収することができ、逆に禁制遷移になると対応する光の波長は吸収しにくくなる。
- HOMO
電子が占有されている分子軌道のうちでエネルギーが最も高い軌道のことを指し、日本語では最高被占軌道と呼ばれる。エネルギー準位が低くなるにつれて各軌道は、HOMO−1、HOMO−2, HOMO−3・・・となる。
- LUMO
電子が占有されていない分子軌道のうちでエネルギーが最も低い軌道のことを指し、日本語では最低空軌道と呼ばれる。エネルギー準位が高くなるにつれて各軌道は、LUMO+1、LUMO+2, HOMO+3・・・となる。
- 有機電界効果トランジスタ
電界効果トランジスタ(FET)は、電圧入力で生じる電界により電流を制御する方式のトランジスタである。半導体層に有機化合物を用いたFETを有機電界効果トランジスタ(OFET)とよぶ。