造血に不可欠な新規遺伝子Ahedを発見

造血に不可欠な新規遺伝子Ahedを発見

新たな白血病治療法の開発につながる可能性

2024-6-25生命科学・医学系
医学系研究科招へい教員(血液・腫瘍内科学、研究当時:特任助教(常勤))中井 りつこ

研究成果のポイント

  • 生涯にわたって造血に不可欠な新規遺伝子を発見 これをAhedと命名し世界で初めて報告
  • 従来、哺乳動物の潜性遺伝子の異常を探索することは困難であったが、独自に作製した変異胚性幹細胞(ES細胞)を用いたスクリーニングにより、機能未知の新規遺伝子を同定することに成功
  • RNAスプライシング異常の制御を介した新たな白血病治療への応用に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学の中井りつこ招へい教員(研究当時:特任助教(常勤)、現在:大阪国際がんセンター 血液内科 特別研究員、堺市立総合医療センター 血液内科 副医長)、  大阪国際がんセンター 血液内科の横田貴史主任部長(研究当時:大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学 招へい教授)、大阪大学微生物病研究所 糖鎖免疫学グループの竹田潤二招へい教授らの研究グループは、独自に作製したマウスの変異胚性幹細胞(ES細胞)を用いて造血に関わる遺伝子を探索したところ、これまで機能未知だった新規遺伝子を発見することに成功し、この遺伝子をAttenuated haematopoietic development (Ahed) と命名し、世界で初めて報告しました。

人の遺伝子に関する情報は、近年の解析技術の進歩によって急速に蓄積されつつありますが、まだ明らかにされていない遺伝子も数多く存在します。造血に関わる遺伝子とその役割を一つ一つ明らかにすることは、基礎科学のみならず、血液がんの原因を究明し新たな治療戦略を構築する上で、極めて重要な課題です。今回、研究グループは独自の手法で新規遺伝子Ahedを発見し、造血幹細胞からこのAhed遺伝子がなくなると、胎児・成体いずれにおいても血液細胞が作られなくなることから、Ahed遺伝子が生涯にわたって造血に不可欠な遺伝子であることを明らかにしました。さらに、Ahed遺伝子の変異が急性白血病を始めとした血液がん患者で多く見られることも見出しました。

これらの研究成果は、造血幹細胞が多様な血液細胞を作る仕組みや、Ahed遺伝子の変異によって血液細胞ががん化するメカニズムの一端を明らかにしただけではなく、今後、Ahed遺伝子の機能制御を介した血液がん治療の開発が発展していく可能性を秘めています。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、6月25日(火)18時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

哺乳類の骨髄に存在する造血幹細胞は、自己複製によって生涯に渡り自分自身を枯渇することなく維持する一方で、毎日膨大な数の血液細胞を作り、必要に応じて、それらを全身にバランスよく送り出しています。多彩な遺伝子がまるでオーケストラのように時相空間的に協調しながら精緻に制御されることによって、 この複雑な造血システムを支えています。昨今、造血に関わる多くの遺伝子が血液がんの発症と関連があることもわかってきたことから、未だ役割が明らかにされていない遺伝子を一つ一つ明らかにすることは、基礎科学のみならず、血液がんの原因を究明し新たな治療戦略を構築する上で、極めて重要な課題です。

研究の内容

哺乳動物の細胞の遺伝子は2本ずつ存在(二倍体とよぶ)しており、片方の遺伝子に変化が起こっても、もう片方の遺伝子によってその変化が打ち消されるため、これまで潜性遺伝子のスクリーニングは困難でした。研究グループはこの問題を克服するため、相同染色体組換えを抑制し、DNA修復に関わるBloom遺伝子をうまく扱うことによって、多数の遺伝子を効率良く欠損(ノックアウト)する方法を開発し、1個の遺伝子が2本とも同時にノックアウトされたマウスホモ変異ES細胞株200種類からなる独自のライブラリを作製しました。ここから造血に関わる未知の分子を探索するため、この変異ES細胞株と間葉系細胞(OP9)を共培養し血液細胞に分化誘導させることによって、血球分化・成熟に関わる重要な遺伝子をスクリーニング(図1)したところ、ある遺伝子変異株において、血液細胞の産生が著しく障害されていること(図2)を見出し、この遺伝子をその特徴からAttenuated haematopoietic developmentAhed)と命名し、 今回、世界で初めて報告しました。

研究グループは、Ahed遺伝子が血液細胞、特に造血幹細胞に高発現していることを明らかにしました。Ahed遺伝子を欠損したマウス(ノックアウトマウス)を作製し解析を進めたところ、造血幹細胞からこのAhed遺伝子がなくなると、胎児・成体いずれにおいても血液細胞が作られなくなることを見出し、Ahed遺伝子が生涯にわたって造血に不可欠な遺伝子であることを証明しました。Ahed遺伝子は核内に局在する機能未知のタンパク質(Ahedタンパク質)を合成していたことから、研究グループはAhed遺伝子が核内の重要なイベントに寄与している可能性が高いと予想し、RNAシーケンスのデータを駆使して解析を進めた結果、Ahedタンパク質が遺伝子転写産物のRNAスプライシングの調節機構を介して造血に重要な役割を果たしている可能性を示しました。さらに、公開されているデーターベースを用いて検索した結果、Ahed遺伝子の変異が血液がん (特に急性白血病)で多く見られることも見出しました。

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図1. マウスホモ変異ES細胞を用いた血球分化障害を来たす新規遺伝子のスクリーニング方法

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図2. 血球分化が著しく障害されている変異ES細胞株

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

独自に作製したマウスの変異ES細胞を用いてAhedが造血に不可欠な新規遺伝子であることを解明しました。本研究成果により、造血幹細胞が骨髄で自己複製し、すべての血液細胞を作る仕組みや、それらの変異により血液細胞ががん化するメカニズムが明らかになることが期待されます。さらにその成果は、Ahedの分子機構を介した新たな血液がん治療の開発につながります。

特記事項

本研究成果は、2024年6月25日(火)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A newly identified gene Ahed plays essential roles in murine haematopoiesis”
著者名:Ritsuko Nakai1, Takafumi Yokota1,2,*, Masahiro Tokunaga3,4, Mikiro Takaishi5, Tomomasa Yokomizo6, Takao Sudo1,7, Henyun Shi1, Yoshiaki Yasumizu8,9, Daisuke Okuzaki9,10, Chikara Kokubu4,Sachiyo Tanaka4, Katsuyoshi Takaoka11, Ayako Yamanishi4, Junko Yoshida4,12, Hitomi Watanabe13, Gen Kondoh13, Kyoji Horie4,12, Naoki Hosen1,9,14, Shigetoshi Sano5, and Junji Takeda15,* (*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
2. 大阪国際がんセンター 血液内科
3. 市立吹田市民病院 血液内科
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 環境・生体機能学
5. 高知大学 医学部 皮膚科学
6. 東京女子医科大学 医学部医学科 解剖学
7. 国立病院機構 大阪医療センター 血液内科
8. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 実験免疫学
9. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
10. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
11. 大阪大学 大学院 生命機能研究科(FBS) 発生遺伝学
12. 奈良県立医科大学 生理学第二講座
13. 京都大学 医生物学研究所 再生実験動物施設
14. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫細胞治療学
15. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) 糖鎖免疫学グループ
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-49252-7

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(若手研究)[助成番号20K17379, 24790972, 26860731](基盤研究)[助成番号 21K08415]、国立研究開発法人 科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的プログラム [助成番号 JPMJSP2138]、日本血液学会、日本新薬株式会社研究助成 (造血器腫瘍領域)の一環として行われました。

参考URL

用語説明

造血

骨髄内に存在する造血幹細胞が、細胞分裂を経て、赤血球、白血球、および血小板といった成熟した血液細胞へ成長すること。

胚性幹細胞(ES細胞)

着床前の胚盤胞期胚中に存在し、将来胎児を形成する内部細胞塊から樹立された細胞株で、外胚葉、中胚葉、および内胚葉のどの胚葉系にも分化できる多分化能を有している。 また、分化抑制物質の存在下、またはフィーダー細胞との共培養により正常な核型を保持しながら、未分化のままでの増殖・培養が可能な細胞である。

RNAスプライシング

新しく作成された前駆体メッセンジャーRNA転写産物が成熟メッセンジャーRNAに変換される際に、すべてのイントロンを削除し、エクソンをつなぎ合わせる分子生物学的反応のこと。核にコードされた遺伝子の場合、スプライシングは転写中または転写直後に核内で起こる。