細胞表面分子ESAMが胎生期の造血細胞の発生・増幅に寄与

細胞表面分子ESAMが胎生期の造血細胞の発生・増幅に寄与

造血幹細胞のマーカーとなるタンパクの重要な役割を発見!

2019-12-11生命科学・医学系

研究成果のポイント

・血管内皮細胞・造血幹細胞が共通して細胞表面に発現する分子ESAMが、胎生期の造血発生において重要な機能的役割を有することを発見した。
・ESAMは成体型ヘモグロビン合成に重要なタンパクであり、ESAMが欠損すると高い確率で胎生後期死亡をきたすことを明らかにした。
・造血細胞を生体外で発生・分化させる技術の発展、遺伝性貧血等の先天性造血器疾患の原因究明・治療への応用が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の横田貴史講師(血液・腫瘍内科学)、同医学部附属病院の上田智朗医員(医師)(血液・腫瘍内科)らの研究グループは、血管内皮・造血幹細胞に共通する表面マーカーESAM(Endothelial cell-selective adhesion molecule) が、マウスにおける血液細胞の発生、特に赤血球における成体型ヘモグロビン 合成に重要であることを明らかにしました。

造血幹細胞の純化を目指し、多数の造血幹細胞表面抗原が報告されてきましたが、その機能が解明されたものはごくわずかで、中でも造血細胞の発生と増幅における役割はわかっていませんでした。これまでに横田講師らの研究グループは、血管内皮関連抗原としてESAMを同定し、ESAMが種を超えた造血幹細胞表面マーカーであることを明らかにしました。

今回、横田講師らのグループは、ESAMが胎児の発育に伴って急速に発生してくる成体型造血 、特に成体型ヘモグロビン合成に重要な機能的意義を有することを解明しました。また造血幹細胞のみならず血管内皮細胞が発現しているESAMも造血の発生に寄与することがわかりました (図1) 。これにより、造血発生制御機構の理解を深め、先天性の造血器疾患、とりわけ遺伝性貧血の原因解明・治療法開発の基盤となることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌であり幹細胞研究の専門誌である「Stem Cell Reports」に、12月11日(水)1時(日本時間)に公開されました。

図1 ESAMの胎生期造血における機能
造血幹細胞上のESAMが成体型ヘモグロビン合成に重要であり、血管内皮細胞のESAMも成体型造血の発生に寄与している。

研究の背景

造血は哺乳類にとって発育と生命維持のために必須の機構です。血液細胞のもととなる造血幹細胞が、一生涯にわたり全ての種類の血液細胞を産生し、全身に供給し続けることで造血は維持されます。造血幹細胞は血管内皮細胞と共通の祖先である血管芽細胞から発生し、血管内皮細胞をはじめとする造血環境側の細胞と相互作用しながら造血の恒常性を維持しています。造血幹細胞についてはいまだに明らかになっていないことが多く、造血幹細胞を同定しようとする試みの中で、これまで造血幹細胞表面マーカーとして多数の分子が報告されてきましたが、その機能が解明されたものはごくわずかであり、特に造血発生に関する報告はほとんどありません。横田講師らのグループは、マウスの造血幹細胞の表面マーカーとしてESAMを同定し、ヒトの造血幹細胞にも発現していることを明らかにしました(Yokota T et al., Blood, 2009; Ishibashi T et al., Exp Hematol, 2016)。また、抗腫瘍剤を投与すると、赤血球や白血球などの血液細胞が一時的に減少し、その後回復することが知られていますが、ESAM欠損成獣マウスは、この抗腫瘍剤投与後の血球回復が正常に行われないことにより高い確率で死亡することを明らかにしました。このことから、ESAMは単なる表面マーカーではなく、その機能においても重要な分子と考えられました(Sudo et al., J Immunol2012; PLoS One 2016)。しかしながら、胎生期におけるESAMの役割に関しては、解明されていませんでした。

本研究の成果

研究グループは、ESAMの胎生期における機能を明らかにするため、まず、ESAM欠損マウスを解析しました。ESAM欠損成獣マウスの出生数がメンデル比から推測される数の約半数と少ないことから、胎生期に致死的イベントが発生していると考え解析したところ、ESAM欠損マウスが貧血により胎生後期に高率に死亡することが明らかになりました。胎生後期の赤血球造血は主に大動脈周囲組織由来の造血幹細胞によるいわゆる“二次造血(成体型造血)”により行われているため、ESAM欠損により二次造血の発生が障害されていると考えられました。

次に、ESAM欠損マウスの胎児の肝臓から分取したESAM欠損造血幹細胞が野生型の造血幹細胞と比較して、成体型ヘモグロビン合成能で劣っていることを明らかにしました。さらに、RNA-sequencingを用いた網羅的遺伝子解析を行うことで、ESAM欠損によりヘモグロビン合成に関連する遺伝子の発現が造血幹細胞レベルで著明に低下することがわかりました。また、ESAMを介した細胞内シグナルを入れるとヘモグロビン合成に関連する遺伝子群の発現が最も変化していました。これらの知見から、造血幹細胞上のESAMが成体型ヘモグロビン合成に重要であり、ESAMが直接・間接的にヘモグロビン合成に関与する遺伝子の発現調節を行っている可能性が示唆されました。

さらに、上記の結果に対する血管内皮細胞のESAMの影響を明らかにするため、造血幹細胞または血管内皮細胞特異的にESAMを欠損させた、条件付きESAM欠損マウスを作製しました。胎児の肝臓における血管内皮細胞のESAM発現割合と造血幹細胞数は相関関係にあり、胎児の肝臓を用いた器官培養において、血管内皮細胞のESAMが欠損することにより造血幹細胞の維持・増殖が損なわれたことから、血管内皮細胞のESAMも成体型造血の発生に寄与していることが明らかになりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回、ESAM欠損マウス、独自に作製した条件付きESAM欠損マウスを解析することにより、ESAMが胎生期の造血機構の発生、特に成体型ヘモグロビン合成に重要で、ESAM欠損により高率に胎生後期死亡をきたすことを明らかにしました。また、造血幹細胞のみならず血管内皮細胞のESAMも造血に寄与することがわかりました。

本研究成果により、造血発生の仕組み、特に赤血球造血に関する理解が深まると考えられます。再生医療や遺伝子治療を通じて、遺伝性貧血など先天性の造血器疾患の治療法開発への基盤研究となることが期待されます。

研究者のコメント(上田智朗 医員・横田貴史 講師)

造血幹細胞の特性や造血の仕組みに関しては、まだまだわかっていないことが多く、特に胎生期の造血に関してはヒトでの研究が難しいこともあり、研究が十分進んでいるとは言えません。本研究により造血発生の理解が進み、先天性の造血器疾患、特に遺伝性貧血の原因解明、治療開発へと繋がるよう、今後も研究を重ねていきたいと考えています。

特記事項

本研究成果は、2019年12月10日(火)11時(米国東部時間)〔12月11日(水)1時(日本時間)〕に米国科学誌「Stem Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Endothelial cell-selective adhesion molecule contributes to the development of definitive hematopoiesis in the fetal liver”
著者名:Tomoaki Ueda 1 , Takafumi Yokota 1 , Daisuke Okuzaki 2 , Yoshihiro Uno 3 , Tomoji Mashimo 3 , Yoshiaki Kubota 4 ,Takao Sudo 5 , Tomohiko Ishibashi 6 , Yasuhiro Shingai 1 , Yukiko Doi 1 , Takayuki Ozawa 1 , Ritsuko Nakai 1 , Akira Tanimura 1 , Michiko Ichii 1 , Sachiko Ezoe 1 , Hirohiko Shibayama 1 , Kenji Oritani 7 , and Yuzuru Kanakura 1
所属:
1. 大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
2. 大阪大学微生物病研究所 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
3. 大阪大学大学院医学系研究科 動物実験学教室
4. 慶應義塾大学医学部 解剖学教室
5. 大阪大学大学院医学系研究科 免疫細胞生物学
6. 国立循環器病研究センター研究所 血管生理学部
7. 国際医療福祉大学大学院医学研究科 血液内科

なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究の一環として行われました。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
http://www.hematology.pro/

用語説明

成体型ヘモグロビン

成体型造血により産生されたヘモグロビン。

ESAM(Endothelial cell-selective adhesion molecule)

血管内皮・造血幹細胞表面マーカーESAM(Endothelial cell-selective adhesion molecule):

免疫グロブリンスーパーファミリーに属する1回膜貫通型タンパクであり、血管内皮細胞に高発現する分子としてクローニングされ、その後活性化血小板や巨核球にも発現することが報告された。横田講師らのグループにより、マウス・ヒトの造血幹細胞に加え、ヒト急性骨髄性白血病の幹細胞にも発現していることが報告され、造血器腫瘍の治療標的としても期待されている。

成体型造血

哺乳類の胎生期造血は、卵黄嚢で一時的に起こる胚型造血(一次造血)、大動脈周囲組織由来の真の造血幹細胞による成体型造血(二次造血)に分かれる。マウスの場合、胎生7日頃に胚型造血(一次造血)が始まるが、10.5日頃から始まる成体型造血(二次造血)にまもなく置き換わり、肝臓、骨髄と場所を変えながら終生にわたり造血を担う。